112.お人好し
――くそっ。身体中が痛ぇ。
まるで身体が自分の物ではないような――そんな痛みに顔が歪む。
何度味わっても、この痛みには慣れそうもない。
できることならば、二度と味わいたくないというのが本音だ。
――まぁ。あの状況じゃしょうがなかったけどな。
傍らで事務仕事をこなすレインの横顔を盗み見る。
このお人好しが、他人を見捨てられるわけがないからな。
俺は一つ溜め息を吐くと、首を振って頭を切り替えた。
それよりも――だ。
俺が動けなくなると、一路線分の竜車が足りなくなる。
決して乗車率が高いとは言えないんだが、それでも――なぁ。
再びその横顔を盗み見る。
――ああ。
やっぱり、何とも思ってなさそうだな。
もう少し自分の為に動いても良さそうなものなのに。
俺はまた一つ溜め息を吐いた。
『昨日のあいつらも、もう来ないだろうしな』
「そんなことないよ」
おっと。つい口に出してしまった。
けどな――
『いやいや。来ないだろ』
青の遺跡からの復路。
あんなガラ空きを見てもまだウチに来るとか――ちょっと頭おかしいだろ?
少なくとも俺ならもう来ない。
「そうかなぁ?」
レインが呟く。
今日はやけにこだわるな。
あいつらに何かあるのか?
俺はレインを見つめる。今度はそれと分かるように。
「だってほら」
窓の外を見たレインの言葉に合わせて――事務所の扉がぎいっと開いた。
――なんだよこいつら。
頭おかしいんじゃねぇのか?
――――――
『お手伝いに行かないと、全身がギュウギュウガチガチで大変なんだよ!』
今朝のリーフェの言葉だ。
突然言い出した上に、やっぱり何を言ってるのかは分からないけど――焦りの感情だけは伝わってきた。
落ち着かせてから改めて聞くと、どうも『ディーノさんが体調不良だからお手伝いに行かないと』ということが言いたかったみたい。
何でそんなこと分かるの? ――って思ったけど、私もあの後の事が気になったから。
だから今。
私達は『黎明』の事務所を訪れている。
「本当に――いいの?」
「はい」
念を押すレインさんの言葉に頷きを返す。
結局――リーフェの懸念は正しかった。
詳しくは教えてもらえなかったけど――ディーノさんは体調を崩してたし、今日から1週間程青の遺跡行きの路線はお休みする予定だったそうだ。
だけどそれも「仕方ないよね」って笑い飛ばしてた。
――だから。
「それじゃ、この書類をギルドに出して頂戴」
手渡された紙に目を落とす。
「所属ユニオン登録票」。そのユニオンと代表者の欄には、それぞれ『黎明』、レインと書かれている。
――そう。私達は少しの間――ううん。きっと聖国にいる間はずっと。
この『黎明』で働くことにしたんだ。
その話を始めた時、サギリが真っ先に賛成してくれたのは、少し意外だったけど。
――ふと、ギルド受付のお兄さんの言葉を思い出した。
――「『ユニオン』とは同種の特徴や思想を持ったポーター同士の集まりです」
きっと――自然とそうなるんだね。
部屋の隅に集まっているリーフェ達を見て。
そう思った。
――――――
私は目の前でぐったりする男竜を見つめる。
穴が開くほどに――見つめる。
どれだけ見つめても――何の変哲もない、ただの『ハイラプトル』。
リーフェが言うようなとっておきがあるようには見えない。
ただ昨日。目の前で見た光景だけが――その存在を確かなものと告げている。
――あれ程の強化術があれば。
ハヤテの――『クロノス』の領域に近づくことができるかもしれない。
リーフェは『秘密』だとか、『あれはそういうものじゃないよ』だとか言ってたけど。
――私は。
自分の目で見定めるまでは納得できそうにない。
ただ――それだけ。
だから――隣でニヨニヨするのは止めてよね。
まったく。
少し長くなりましたが、第四章の導入はここまでです。ようやく章タイトルまで繋がりました。




