111.とっておき
遺跡から出てきた犬おじさん。
真っ先にそこに声を掛けたのは、茶髪お嬢だった。
「いったい何があったの!?」
「ああ。遺跡の罠が――毒矢の罠が突然作動したんだ! 毒消しも使ってはみたんだが、どう見ても効果がない。うちの術者の見立てじゃあ――魔毒に違いないと」
そこで言葉を区切り、おじさんがこちらを向く。
「それで誰か――中和剤を持ってないのか!?」
おじさんの声に、商人さん達が首を振った。
「そんな希少な薬を持ってるのは薬師ぐらいだろ。ここでそんなものを探すぐらいなら、聖国まで戻った方が早いんじゃないか?」
そう答えた商人さんが、そのままお嬢の方に視線を向ける。
「そうだね。――早く乗りなよ。すぐに出すから」
お嬢が頷くと同時。ディーノさんが手早く出発の準備を始めていた。
「ごめんねユニィちゃん。緊急案件だから――今日の見学はおしまい。――また今度。ね」
少し寂しそうな顔だ。
そんなお嬢にユニィが口を開きかけた。
――だけど。それよりも先に声が掛けられる。
『ちょっと待って。急ぐんでしょ? だったら私が引くわ』
サギリが横から身を乗り出してきた。
確かに、サギリならばディーノさんよりも速く走れるかもしれない。
だけど――
『心配すんなよ。とっておきがあるからな』
ディーノさんは自信ありげに言い切った。
お嬢も頷いているし、大丈夫――かな?
――それにしても。
『ハイラプトル』のとっておきって――多分あれだよね?
僕がそんなことを考えている間に、出発準備が整ったみたいだ。
毒の人は座席に寝かされたまま、ロープみたいなものでぐるぐるに縛り付けられている。
――えーと。あんなので大丈夫なのかな?
少し気になるけど――問題ないんだろう。多分。
御者台に飛び乗ったお嬢が、ディーノさんに出発の合図を告げた。
「それじゃあ聖国行き「特別便」。行くよ――ディーノっ!」
掛け声と同時。
ディーノさんの纏う雰囲気が変わる。
その瞳が金色に見えた――その刹那。
「ぬおっ!」
犬おじさんの間の抜けた声だけを残し、竜車が急に発進する。
咄嗟に目で追ったけど――既に竜車は後ろ姿しか見えない。
『何よあれ――』
サギリの呟きが聞こえるけど――それも仕方がない。
ここに来る時とは比べ物にならない速度と――そしてそこに至る加速力。
『スイフトラプトル』の『加速』スキルを遥かに凌駕するそれに、驚かない訳がない。
『『ハイラプトル』のとっておき――だよ』
『オリジン』より連なるその系譜。
万能とも器用貧乏とも呼ばれる『ハイラプトル』の特性スキルは――『調和』だ。
この『調和』スキル。
周囲との連携を高める反面いかなる能力も平準化され、個性が埋没してしまうスキル――と、そう一般には思われている。
だけど――真実はそれだけではない。
この『調和』スキルには秘密の――『ハイラプトル』だけが知る、裏の術があるのだ。
――『ブレイク』。
自らの意思で調和を破棄し、その能力を一時的に偏析させる術。
この術を使えば、一時的に特化型のクラスを大きく超える能力を発揮できるんだけど――反動で3日ぐらい動けなくなってしまうという諸刃の術だ。
多分――ディーノさんが使ったのもこの術だと思う。
『とっておき? 何それ? 聞いたことないんだけど』
サギリが睨んできたけど、僕に言われても困る。
反論しようと口を開きかけたところで、ユニィがぽつりと呟いた。
「あの――ね。私――考えたんだけど。サーチとポケットでお母さんにメモを送って、中和剤を入手してもらえば良かったんじゃ?」
――聞こえなかったことにした。
ねぇ。僕達も早く帰ろ?
――――――
後で聞いた話だけど。
この時の毒の人は、中和剤による治療が間に合って助かったらしい。
薬師ギルドに到着した時には何故か既に中和剤が用意されていたとか、毒が回復した代わりに全身骨折したとかの話も聞こえたけど。
――気のせいだよね。多分。
次回で本エピソードは完了です。




