110.悪寒
日が高く昇る。
照りつける陽光。きらめく水面。更に上がり行く気温。
そして――無音の広場と無言のお嬢。
『戦い』の結果?
――そんなものは敢えて聞くまでもない。
初めに座席が埋まったのは、綺麗に磨かれた竜車。
大人数のパーティーは迷うこと無く大型の竜車に乗り込む。
白い竜車には、白っぽい格好の人が乗っていた。
座席が埋まった竜車は定刻を待たず出発する。
定刻間近にして、この場に居るのは僕達と――天幕の下。商人らしき人達だけ。
当然のように、ディーノさんの引く竜車にはまだ誰も乗っていない。
「――そろそろ出るよ」
お嬢の声が出発時刻を告げる。
『――いいの?』
ディーノさんに聞いてみたけど、首を横に振るだけだった。
――仕方がないのかな。
そう思っていた時――突然悪寒を感じた。
咄嗟に振り向く僕。
同時に響く茶髪お嬢の声。
「それじゃあ――って、ユニィちゃんどうしたのっ!?」
視線の先には――地面に蹲るユニィが居た。
『ユニィ?』『ユニィちゃん!?』
僕の声にサギリの声が重なる。
どうやら、サギリも同じ悪寒を感じたようだ。
――全身に感じるユニィの悪寒を。
僕達が駆け寄ると、ユニィが顔を上げた。
「――大丈夫。少し――一瞬だけ立ち眩みがしただけ。ただそれだけだから」
『それだけな訳ないでしょ!?』
思わず口が出る。
何言ってるのユニィ。
今の悪寒――そんなレベルじゃなかったよね?
僕の言葉にサギリとお嬢も同調する。
『貴女――一番大切なものって何だったのかしら? ここで無理することなの?』
「――そうね。出発は取りやめて、少し休んでから戻りましょ」
「そんな――いえ。分かりました」
ユニィが一瞬反論しようとしたけど、周りを――僕達の表情を見て承諾する。
真面目なのも良いけど――時には休まないとね。
――――――
『本当に大丈夫なのかしら?』
「うん、ごめんね。もう平気だよ」
サギリがユニィに声を掛けている。
僕達は1時間出発を遅らせることにして、天幕の下で休息を取っていた。
まだ30分程だけど、ユニィもすっかり調子を取り戻したみたい。
残りの30分。
念のためこのまま休憩することにしたけれど――ちょっと暇なので、同じく天幕の下にいた商人さんらしき人達と雑談を楽しんだ。
ちなみにその人達はやっぱり商人さんだったみたい。冒険者向けの消耗品等を主に販売しているそうだ。
それで。商人さん達も暇だったらしく、この遺跡についても色々と教えてくれた。
まず、聖国の周囲にはここも合わせて3つの遺跡があるらしい。
青の遺跡、黄の遺跡、土の遺跡。
この辺りの冒険者の間では、それぞれ青色、黄色、土色と呼ばれているそうだ。
これらの遺跡は、ずいぶん前に調査も終わっていて訪れるものも少ない場所だったらしいんだけど――事情が変わったのが2、3年程前。
その頃から、遺跡の中に属性色に応じた魔物が現れるようになったそうだ。
「でも一番恐ろしいのは俺達人族だな」とは商人さんの一人の言葉。
結局――被害を抑えるためではなく、魔物の遺骸から採取できる属性素材を目当てに多くの冒険者が集まって来たらしい。
特に、最近は大魔討伐の影響なのか、聖国内に冒険者が増えているそうで――自然、遺跡を訪れる冒険者も、それを当て込んだ乗合竜車の数も増えているそうだ。
――商人さん達は、そこまで話して最後は笑っていたけど――その目は何故か怖かった。
――あれ?
商人さん達との雑談も終わり、出発の準備を整えていた僕達の耳に。
微かなざわめきが聞こえてきたのはそんな時だった。
「――ろ!」
ざわめきの発生源を見る。
この音は――遺跡の入口から聞こえてくるようだ。
「出口だ! 気をしっかり持て!」
ざわめきはやがて意味を成す言葉に変わる。
――同時。
一人の犬獣人のおじさんが、ぐったりした若い男の人を背負って現れた。
「誰か――誰か魔毒用の中和薬を持っていないか?」




