109.注意
日が高く昇る。
照りつける陽光。きらめく水面。上がり行く気温。
天幕の陰で休んでいた僕達にディーノさんの声が掛かる。
『おい。そろそろだぞ』
僕は先程聞いた話を思い出しながら、その声に立ち上がる。
休憩している間に、『黎明』の仕事の内容は聞いていた。
――そう。ユニィから。
やっぱり僕だけ聞き逃していたみたいだね――ってそんな話はその辺に埋めておいて。
真面目な話。
『黎明』がギルドに登録している依頼種別は、人員の輸送業務全般らしい。
その中でも、今は聖国と周辺遺跡間の乗合竜車を営んでいるそうだ。
実は老舗で昔は――とか何とか。ユニィは他にも聞いたらしいけど――僕はそんなの聞かなくても良いよね?
――ただ一つ。
聞いた話の中で注意点があるとしたら――
『お。落ち目の器用貧乏君じゃねぇか』
僕の思考を邪魔する無粋な声。
その声に目を向けると、そこには大柄の脚竜族がいた。
そう――これだ。
『あ? 中途半端なのはお前も同じだろ? この『フロンティア』の緑犬が』
『まぁそう喚くなよ。俺はこれでも3回進化だぜ? ――能力のある奴が、将来性のある側に付くのは当然だろ? お前達も――おっと』
ディーノさんが尻尾を地面に叩き付ける。
その仕草を見て、その脚竜族は後ろに飛び退いた。
ディーノさんに絡んでいた脚竜族。飛び退くその体には緑色のラインが見えた。
――なるほど。大きい口を叩くだけはあるね。
数少ない属性色進化の中でもさらに珍しい複合属性クラス。
青と黄の複合属性を持つ『グリーンラプトル』だ。
当然、僕も実物を見るのは初めてだった。
『つまんねぇ事言ってんじゃねぇよ』
――ディーノさんの言い分も分かる。
繰り返しになるが、ディーノさんの『ハイラプトル』は決して「器用貧乏」ではない。
むしろ「万能」と称すべきクラスなのだ。
だから――『オリジン』の話は無くとも、もっと評価されても良いはずなのだ。
『そう――』
「ディーノ! また喧嘩してるの!? あれほど仕事中は大人しくしなさいって言ったのに。――ごめんね。ボレアス」
ディーノさんに同調しようとした僕の言葉を遮ったのは、あろうことかディーノさんの契約者である茶髪お嬢だった。
えーっ。ディーノさんは悪くないのに。
そう思ったけど、お嬢は大柄な脚竜族――ボレアスだっけ――を連れて向こうの方に行ってしまった。
ディーノさんをチラと見ると、まだ向こうの方を睨んでいる。
――僕は改めてフォローすることにした。
『『ハイラプトル』は凄いんだよ。万能なんだよ。可能性の塊なんだよ!』
何言ってんだこいつ――って顔をされた。
――あれ? そういう話じゃないの?
――――――
広場の周囲には、いつの間にか他の竜車が3台止まっていた。
どの竜車も『黎明』の竜車より大きい。
1台は白一色に塗られた竜車。レリーフには丸まった猫が描かれている。
1台は不自然なほど綺麗に磨かれた竜車。レリーフに描かれているのは――山? 島? 何かそんなものだ。
そしてもう一台。レリーフにツルハシが描かれた、ひと際大きい竜車のそば。
そこには先程の脚竜族。ボレアスがいた。
――えーと。
『どこのユニオンかしら』
サギリが竜車を見ながら、誰にともなくそう呟く。
「そうだよね。『ホワイトキャット』はギルドで見たのと同じレリーフだし間違いないけど――あとの二つはどこだろう?」
『さっきディーノさんが言ってたけど、あのボレアスとかいう脚竜族は『フロンティア』所属みたいだよ?』
僕達も何とも考えずにその問いに答える。
『ふーん』
サギリの返事も気の無い返事だ。
――どちらかというと、これからの『戦い』に興味があるんだろう。
正直に言って、僕もさっきから気になってるからね。
――待つこと数分。
その場の空気が――変わった。
僕は遺跡の入口に目を向ける。
そこには――遺跡から出てくる3人の冒険者の姿があった。




