105.動揺
――その報せにも。
私達聖域の騎士は、感情を表に出したりはしない。
しかし――騎士ではない者たちはどうだろうか?
――一月前に旅立った第一次先遣隊。その全員が行方不明。
その報せは。
想定していた中でも、最も悪い部類の報せだった。
全員が行方不明――それ即ち。
何らの情報すら得ることができなかったということを意味しているからだ。
この報せを受けた時。
その場の反応は二つに分かれた。
事実を受け止め淡々と次の策に移るもの。
その事実に動揺を隠せないもの。
前者は主に我々聖域の騎士。
そして、大魔との戦いに向けて集った者達は大半が後者であった。
しかし――それは致し方ないことでもある。
如何な猛者とて、特殊な訓練を経ずして精神を鍛えることは難しい。
それを成し遂げるのは、一部の達人と呼ばれる者達や、一軍を率いる将ぐらいであろう。
――だからこそ。
私は隣へと視線を移す。
そこにあるのは――さも当然といった表情で立つ、年端も行かない少女の姿。
――だからこそ。その姿に驚きを覚えるのだ。
――――――
その事実に。
僕は動揺を隠せない。
「ねぇリーフェ。まだ――気にしてるの?」
ギルドへと向かう道すがら。
掛けられたユニィの声が――僕の耳には白々しく響く。
『――当たり前だよ』
失意の中――僕は今朝の出来事を思い出していた。
――――――
『ああ――まさか。まさかこんなことが起こるなんて!』
天を仰ぐ僕。
――期待していたのだ。
そう。この一か月近く。
待って待って。期待だけを大きく大きく――膨らませて。
この日。この時。
それを待ち望んでいた――はずなのだ!
僕の心を満たすもの。
それは悲しみ?
――否。それすらも感じることはできず。ただただ――想定外の事柄に動揺しているだけだ。
なぜこんなことに?
何が――何が悪かったんだろう?
僕は目の前の皿を見る。
そこに置かれているのは――蒸かした芋。
――そう。フォリアの町でラズ兄ちゃんに貰った深山芋だ。
僕は、こちらに背を向けているアリアさんに問いかけた。
『ねぇ。何で――何で甘くないの?』
芋っていったら甘いんじゃないの?
ねぇ。もしかして――蒸かし方間違えちゃったの?
なんか少し、ねばぁってするし――間違えたんだよね? ね?
だけど――僕の問いかけにも、アリアさんは口を閉ざしたまま。
こちらを振り向きさえもしない。――僕の言葉は聞こえてないから当然だけど。
そんな時――横から声が掛かった。
「――ねぇリーフェ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど――」
アリアさんの代わりに、そばに居たユニィが教えてくれるみたいだ。
「あのね。調理法を調べた時に分かったんだけど――深山芋ってね。――甘くないみたいなの」
え? 何言ってるのユニィ? 冗談でしょ?
お芋は甘い。これ常識だよね?
何でそんなに真剣な顔をしているの?
まさか――本当――――なの?
――――――
『はぁ』
僕はユニィの後をトボトボと俯き加減で進む。
今日ばかりは――サギリも僕を睨んだりはしない。
時々尻尾で背中を押されている気がするけど――多分気のせいだ。
全員で。僕の歩調に合わせて――ゆっくりと進む。
ゆっくりと。ゆっくりと。
そして――
「あれ?」
俯いていた僕の顔を上げさせたのは――ユニィの驚きの声だった。
僕はゆっくりと顔を上げて前を見る。
――いつの間にかギルドの近くまで到着していたようだ。
そして同時に――
『昨日の二人――だね』
ユニィが声を上げた理由を悟る。
そうだね。今思い返すと――昨日も散々だった。
特に二人揃ってからは、ずっと口論を続けてて――
折角のお菓子の話も流れちゃったからね。
――そういえば、昨日貰えるはずだったお菓子は何だったんだろう。
気になる。気になる。
――いつの間にか。
深山芋のことは気にならなくなっていた。
『うーん。どうしよう』
多分、今近づくとまた昨日みたいに捕まってしまう。
――そう思ってしばらくその場で立ちすくんでいると、背後から声がした。
「あの二人――まーたやってるのね。まったく」
振り向くと――薄茶色の髪をしたユニィと同い年ぐらいの女の子が、腰に手を当てながらあの二人を睨んでいる。
――もしかして、あの二人の知り合い?
僕がそんな事を考えている間に、サギリがその茶髪の女の子に話しかけていた。
相変わらず行動が早い。
『ねぇ。あの二人――あなたの知り合いかしら? 何とかして欲しいんだけど。今すぐに』
サギリに突然話しかけられた女の子は、少し目を大きくした後――頭を下げた。
「もしかして――あの二人の被害者ですか? 一体何があった――のでしょうか?」
僕たちは、昨日の出来事を女の子に説明した。
僕も身振りを交えて、擬音語をいっぱい使って説明した。
特にお菓子のところはしっかり強調しておいた。
念には念を。2回繰り返しておいた。
――その甲斐があったのかもしれない。
僕達が説明を終える頃には――
「あの二人の事は、私に任せてください!」
女の子はそう意気込んでいた。




