103.黒
昨晩のシステム障害に捕まって、遅くなってしまいました。
「突然声を掛けてごめんなさい。見掛けない若い人だったからつい」
僕達に声を掛けて来たのは、長い黒髪にヒラヒラした服を着たメリ何とかっていう女の人だった。
何でも、『ユートピア』とかいう中堅ユニオンの代表らしい。
「まだ決まってないんだったら、うちに見学に来ない? 雰囲気を見てからの方が決めやすいから」
黒髪――お姉さんが微笑みながら提案してくれた。
うーん。
見学ぐらいなら行ってみても良いかな?
そう思いながら、ユニィをまっすぐに見る。
横は見ない――ただまっすぐ見る。
ユニィは僕の横を見て――少し変な顔をした後、頷きを返してくれた。
「そうですね。ここで出会ったのも何かの縁。少しお話を聞かせて貰っても良いですか?」
「ええ。もちろん」
ユニィの返答に黒髪お姉さんが笑顔で頷く。
――何だか面倒見の良さそうな人だ。
「ここじゃあ何だから、うちの事務所で話しましょう。事務所は近くにあって、ここから近いから」
「お邪魔じゃないですか?」
お姉さんの言葉に、ユニィが遠慮を見せる。
感情も伝わってくるけど、感謝と謝罪のような感情が混ざったよくわからない感情だ。
「大丈夫よ。他のメンバーは今は出払っているから、説明した後は見学まで少し待ってもらうけれど。――そうね。その間は、お菓子でも食べながら待っていて貰おうかしら」
『ねぇ。ユニィ――お姉さんがここまで言ってくれているんだから、事務所に行って話そうよ』
僕は真顔でユニィを見る。まっすぐ見る。
横からの圧力が凄い。それでも――まっすぐ見る。
「――分かりました。見学も兼ねてお伺いします。――サギリもそれで良いよね?」
――僕の横で空気の流れを感じる。
この流れは――首を縦に振っているね!
「もう。そんなに不機嫌にならないの。見学してみたら気に入るかもしれないでしょ?」
――縦じゃなくて横だったみたい。
だけど――
もう一度、空気の流れを感じた。
さっきとは違う流れだし、今度こそ縦かな?
――と思った瞬間。
『痛っ! 何すんだよサギリ!』
尻尾でバシバシ叩かれた。
その痛さに思わず横を――横を向いてしまう。
――いつも通り。いや――いつも以上に機嫌が悪そうだった。
それでも、ひと通りバシバシやって気が済んだんだと思う。
『――分かったわよ』
ようやく、肯定の言葉を返してくれた。
「――意見はまとまったのかしら?」
お姉さんが確認してくるけど――もう大丈夫。
「はい」
――ふぅ。これでもう見学の邪魔をするような障害はないね。
移動しようと立ち上がったところで、ユニィがお姉さんに尋ねる。
「ところで――事務所はどちらにあるんでしょうか?」
「ギルドの隣のブロック――9-7よ」
『――9-7?』
聞きなれない数字に思わず声を上げてしまう。
――と、ユニィが小声で教えてくれた。
「聖国の地図は見たでしょ? 大通りで囲まれた縦10横10のブロックに地図の左上から順番を付けて呼んでいるみたいなの。9-7だったら上から9、左から7のブロックだよ。それで、ギルドがあるのは9-6だから――9-7は隣のブロックになるの」
――なるほど。
道がきれいに肉網状になっているから、そういう数え方ができるんだね。納得納得。
疑問も解けたところで、改めてお姉さんに連れられてギルドの出入口へと向かう。
――と。
ギルドの入口から誰かが入ってきた。
あれ――この人どこかで――
その人物は近づいて来た僕達の方を見ると、軽い調子で声を上げた。
「やあメリレルア、今日も黒いね。――ああ君達。その女について行くのはやめた方が良いよ」
「あら。あなただって十分黒いでしょう? トロア」
――あ。
その人は――先日踏み潰しそうになった青黒髪の怪しいお兄さんだった。




