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始まりの1ページ

 真っ暗な森の中。


 小さなかごの中に入れられた一人の赤ん坊が助けを呼ぶように大声で泣いていた。


 その隣では、そのボロボロの女性がぐったりと木にもたれかかっている。


 切れ切れの服から見える素肌からは固まりかけている血が覗き、そのことからも女性が事切れてから少しの時間しか経っていないことが窺える。


 その女性がなくなったことが悲しいのか、赤ん坊はただひたすらに泣いていた。


「……なんて、ひどい」


 たまたまそこを通りがかった男が嘆くようにそう言った。


「……おぉ、よしよし。大丈夫だからなぁ」


 その男の腕に抱かれているもう一人の赤ん坊が、共鳴するように泣き始めた。


「大丈夫だ。大丈夫だぞ」


 男がそう言って、優しく腕の中の赤ん坊の頭を撫でるが効果は全くない。


「ふむ、困ったな」


 男は泣き止まない赤ん坊達を見比べると。


「……よし」


 腕の赤ん坊を小さなかごの中、赤ん坊に寄り添わせるように置いた。


 するとなぜだろう。


 二人の赤ん坊は互いを見て、ピタリと泣くのを止めた。


「少し待っててくれ」


 男はそう言うと、ゆっくりと木にもたれかかる女性へと歩を進めた。


 そしてその前でゆっくりと片膝を地面につけると、俯く女性の顔を見上げるように覗いた。


「……本当に申し訳ない」


 この第一声は謝罪の言葉だった。


「あなたを助けられず、本当に申し訳ない」


 今度は何に対する謝罪なのかを説明した上で謝った。


 普通であれば、この女性が亡くなったことなど、この男には何の関係もない。


 それなのに、男は悔しそうに唇をぐっと噛んでいた。


「この子がまだ元気に泣いていて、なおかつあなたから流れる血を見るに、まだここに来てからそこまで時間が経っていないのだろう?」


 ほんの数時間、数分早くここを通っていれば、赤ん坊だけでなく女性も助けられたかもしれない。


 それを男は悔いていた。


 まるで知らない赤の他人のことを旧知の友のように悲しんだ。


 だがそれでも、赤の他人の死をここまで悲しむことはない。


 どうしてこの男がこんなにも悲しむのか。


 その理由は次にあった。


「……今から私が言うこと、そして行うことはおそらく、貴方にとって許しがたい行為なのかもしれない」


 男はチラリと赤ん坊二人を見た。


 二人の赤ん坊はお互いをジッと見つめ合って、少したりともお互いから目を離すことはない。


(……これが、お前が言っていたことなのだな)


 男の目に映ったそれが、男にほんの僅かな自信と笑みを与えた。


 改めて女性に振り返ると、女性の冷たくなった手を温めるように握った。


「貴方はボロボロなのに、この子には傷一つついていない。それはきっと、この子が自分よりも大切だったから。私も同じ親として、その気持ちは痛いほどわかる」


 しかしだからこそ、それとは違うこともわかる。


「この子を自分の手で育てたかっただろう。生きる力も、楽しさも、苦しさも、大変さも、すべて。貴方が教えるべきで、貴方自身も教えたかっただろう。自分の人生がこの子の人生の基盤となって、素晴らしいものにしたかっただろう」


 その夢半ば、いや、その一歩手前というところで力尽きてしまった自分を恨みたくなる。


 しかし、そんな自分よりも今度は目の前の男を恨んでしまうかもしれない。


 ……いいや。自分を恨むより、私程度を恨んでくれた方がいい、男はそう思った。




「私にその役を、貴方の代わりを務めさせてはいただけないだろうか」




 男の目は光を失った目をしっかりと見据えていた。


「貴方がこの子に教えたかったものをすべて教えよう。貴方がこの子に伝えたかった想いをすべて伝えよう。夢も愛情も。貴方が捧げるはずだった愛には劣るかもしれないだろうが、それでも私の愛をこの子に注ぐとしよう」


 ――だから。


 男はどこまでも許しを請うように両膝と両手、そして頭を下げた。


 地面に顔がついてしまっても、気にする素振りすら見せなかった。


 それどころか、頭の()()が私の行為の邪魔をするのなら、抜いてしまおうとすら思った。


 ちっぽけなプライドなど、ない方がマシだった。


「私にこの子を育てる権利を与えてくれないだろうか」


 その言葉の意味がどういうことなのか。


 それを説明する前に、女性の服から一枚の紙がひらりと男の前に落ちた。


 その紙に書かれている文字を読み、男は泣きそうになりながらその紙を両手で拾った。


「ありがとうございます……!」


 男は喜んでいるのか、泣いているのかわからない声で礼を言った。


 そして、紙を大事に折りたたんだ男はゆっくりと立ち上がると、赤ん坊二人を一緒に抱えた。


「行こうか、グウェン」


 息子の名を呼ぶ。


 そして――。


「コルシェ」


 紙に書かれたこの子の大切な名前を呼ぶ。




 これが、人間と魔族、そして魔王と勇者を繋ぐ物語の序章である。




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