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プロローグ・1 日常的な悪夢

【――調子はどうだ、ビザール・シアン・ドゥ・シャッス】

 酷く嘲り交じりの声が聞こえて、ビザールは目を開いた。

 真っ暗な空間の中、据えられた椅子にひとりで腰かけている。目の前はただ暗く、誰がいるかも、何があるかも解らない。床や天井すら存在していないのではないかと思える心許なさだった。

 ――いつもの夢だ。そう理解して、ビザールはよいせと、尻の感触で解る古い椅子に腰掛け直す。子供の頃から座っていたその椅子は、彼の体にはすっかり小さくなっていた。この辺り、気を遣ってくれないものかと、ビザールは笑顔のまま闇に眼を向ける。やはり其処には、何がいるか解らないが――声は聞こえる。はっきりと。

【実に、実に退屈だ。話し相手になってくれ】

 闇の中から問いかけてくる声に、ビザールは言葉を返さない。正体が解らぬまま声をかけてくるものは、魔の者と相場は決まっている。言葉は呪文と同じ、答えたら絡みつかれてしまう、故に決して返事を返してはならない。ドリスからも教わった、祓魔としては当然の仕草だった。

【長い付き合いじゃあないか、そろそろ答えてくれても良い気がするが】

 しかし、嘲りの声は途切れない。闇の中に何かが居るのは解るのだが、ちっとも像を結ばない。

【まだ飽きないのか、生きていることに。あれだけ面倒事に巻き込まれている癖、物好きなことだ】

 呆れた風にも聞こえる声。多分、恐らく、向こう側の声の主は、本気で言っているのだろう。もしかしたら慈悲なのかもしれない。この腹に神の紋を刻まれてから、断続的に見ていた夢であるけれど、最近とみに多くなった。……やはりそろそろ、限界なのだろうか。

【既に砕いたおんなの言葉に、どこまで縛られるつもりだ?】

 僅かな不安を読み取ったかのように、鋭い言葉が魂に刺し込まれる。声音はやはり揶揄交じりだったけれど、寧ろ聞き分けのない子供を宥めるようにすら聞こえた。

 ビザールは自慢の舌をぴくりとも動かさず、ただ待つ。迂闊に話しかければ、きっと自分の体も心も魂も、粉々に砕かれてしまうと知っている故に。

【……やれやれ、仕方ない。もう少しだけ待ってやる】

 残念そうに、声が少し遠くなる。僅かな安堵を許さないように、言葉ははっきりと耳に届いた。

【お前のその大きな腹が、全部虚ろな洞になるまで。俺はまた、一眠りでもしていてやろう――】

 笑い声が聞こえて、それも遠くなる。最後まで声の持ち主の姿が見えなかったことに安堵しながら、ビザールの意識はゆるゆると覚醒していく。

『――ま。おはようございます、坊ちゃま』

 小さなノックの音と共に、忠実なるメイドのくぐもった声がして、漸くビザールは瞼を開けた。

 いつも通りの、古ぼけた自分の部屋だ。鎧戸の外は暗い。南方国から帰った頃には既に、ネージには冬の帳が降りていた。毎日分厚い雲が空を覆い、金陽を碌に通さない。

「……今暫し、ご辛抱下さい。どれだけ保つかは、解りませんが」

 珍しく、口の端に自嘲の笑みを浮かべて小さく呟き、ビザールは丸い体をむくりと起こしてドリスに返事をした。

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