2話目
水奈月と共に小友家に到着後、そのまま自分が借りている部屋…正確には家の裏手にある離れの蔵に向かった。
蔵の鍵を開け中に入ると、艶やかな黒髪を指先で弄びながらソファに腰掛ける、人形の様に整った顔立ちの女性と、長い青みがかった髪をハーフアップにした困り顔の女性が、物珍しそうに辺りを見回している姿が目にはいった。
「鍵はかかってた筈なんだけど…どうやって入った?」
「家主は私だからね〜、合鍵くらい持ってるよ。そんな事より…随分と珍しい組み合わせじゃない?今日はどの様な御用件で?」
そう言いつつこの家の家主である黒髪の女性…小友さつきはソファに腰掛けたまま、俺と俺の後ろに交互に視線をむける。
「公園でアル君を見かけたから一緒に来たのよ。さっちゃんのお姉さんに面白そうな話を聞いたからね。水樹ちゃんも同じじゃない?」
さつきに話しかけられた水奈月は返事をしながら、辺りを見回していた女性に問いかける。
「私もむつきちゃんに聞いて来たんです。持ち主が必ず失踪すると云われている謎の絵画を手に入れたから居候君に送ったって。そんな面白そ…コホンッ…不思議な物の安全性の確認をするのは超心理学者として当然です。あわよくば超常現象的な何かが起こってそれに巻き込まれたり不思議な現象を体験、解明、研究、検証ができるかもしれない貴重なチャンス…ふふふっ…見逃せません。」
何が当然なのかまったく理解できなかったが、そう早口で話す彼女は既に恍惚の笑みを浮かべ何処か遠くを見る様な目で自分の世界に入り込んでしまった様子だ。
「ああ、アルヴィーンは初めて見るっけ?心霊現象とかを研究してる超心理学者で、超がつくほどのオカルト好き、木皿木水樹。…お姉ちゃんの友達なの。」
「むつきさんの友人って変人しか居ないの?」
自分の世界に旅立ってしまった水樹と後ろに立ったままの水奈月に目線を向けながら聞くと、さつきは「あんたも大概変わってると思うけどね」と呆れた様に肩をすくめる。
「そんな事より…お姉ちゃんから送られてきたアレ、何なの?」
「この前知り合いに押し付けられたんだってさ。持ち主が次々と失踪してるって言う曰く付きの絵画で、タイトルは黄色い花畑。…気味が悪いからお前にやるって、むつきさんから貰ったんだ。」
「あれがそうなのね!早速開けてみましょう。」
俺の説明を聞くまでもなく、既に中身を知っているのだろう水奈月は、我が物顔で部屋の隅まで行き、輸送用に梱包されたキャンバスを手早く開けてイーゼルに立てかけた。
ちなみに水樹は未だに自分の世界にいるようだ。
「黄色い花畑ってタイトルの割に、全く黄色くないじゃん。それどころか花1つ描かれてないじゃん。」
「そうよ。だから未完の絵画って呼ばれてるのよ。」
「ふーん?」
キャンバスを覗き込む2人の後ろから顔を出し未完の絵画に目をやると、広い丘の上に建つ古い洋館とその隣に佇む黄色いローブの人影が後ろを向いている姿が描かれている。…たしかにさつきの言う通り、花はひとつも描かれていないが、一応黄色い絵の具は使われている。
「たしかに花畑は無いけど、洋館の隣りに立ってる人が黄色だから…その人の事が黄色い花畑って事なんじゃないか?」
「え?どこ?」
「ほら、洋館の右側。」
俺が示した辺りを真剣な顔で覗き込んだ2人はしばらくキャンバスを眺めた後、揃って不思議そうな顔をしながらこちらに振り返った。
「ごめんなさい、私には見えないわ。」
「何処にも人なんて描かれてないよ?」
そんな筈は無いと、2人に向けていた目線をキャンバスに戻し、今度は指で示そうと手を伸ばして気がつく。
「えっ?」
洋館の隣には確かに人が描かれていた。しかしソレは後ろを向いていた筈だ。
だが目の前に見える人物は、黄色いローブの隙間から真っ白に塗り潰された顔をこちらに向け手を伸ばしている。
本能的に手を引こうとするが、金縛りにあっているかの如く動けず声も出ない。まるで自分の体が自分の物では無い様な感覚に囚われる。
黄色いローブの人物から目が離せないまま、なんとか動こうともがいていると耳元で声がした。
「………………。」
それはこの世のどの言語でも無い音の羅列ではあったが、確かに言葉なのだと理解してしまう。
そして次の瞬間。
誰かに背中を押される感覚と共に、俺は真っ黒な闇に呑み込まれたのだ。