1話目
夏の暑さも和らぐ頃、まだ沈みきっていない太陽を横目にしながら帰路を急ぐ。
「やばいな…このままじゃ約束の時間に間に合わないし…しょうがない、近道するか。」
急いで出てきた所為か、乱れた髪もそのままに俺…アルヴィーン・メルツは目の前の広い公園を突っ切る為、月名森林公園と書かれたアーチをくぐった。
巨大な池を中心に石畳みの遊歩道が周囲を螺旋状に囲む様に敷かれているこの公園は、この街1番の広さを誇る森林公園だ。
普段は職場である月名美術館から現在お世話になっている小友家の別荘まで、この公園を迂回して30分程かかるルートを通っている。
だがこの公園を挟む様に建てられた美術館と別荘までの距離は、遊歩道を無視して真っ直ぐに突っ切れば15分程で帰宅できるのだ。
普段から公園を通れば大幅な時間短縮も出来るし、途中の急な坂道も無いので楽ではあるのだが…いかんせん、通りたくない理由がある為にわざわざ遠回りしている。
今日は会いませんようにと、心の中で願いながら遊歩道を横切って行く。
しかし池を通り過ぎたあたりで、正面から大きく手を振りつつ駆け寄って来る人物がいた。…通りたく無い理由に会ってしまった。
「…はぁ……。」
「あらでっかいため息ねぇ〜。そんなに私に会いたくなかったのかしら?」
少し癖のある長い髪を後ろに払いながら、目の前に立った自分より頭ひとつ高い長身の女性…の姿をした男は訝しげに顔を覗き込んできた。
「出来る事なら。」
「まぁ酷い。」
酷いと言いつつも、全くそうは思っていない顔をしながら当たり前の様に隣に並んで歩き出した男を横目で睨みつつも先を急ぐ。
声をかけて来た男の名は水奈月高秀と言う。中性的な顔立ちを良い事に女装を趣味とする自称放浪者で、この公園に住んでいるなんとも怪しい人物だ。
「水無月さんはなんでついて来るんですか?」
「そんな他人行儀にしないで、気軽にミナさんって呼んでって前から言ってるじゃない。アル君は今からお家に帰る所でしょう?私も小友ちゃんちに用事があるのよ〜。」
「…水奈月さんの用事ってなんです?」
水奈月の言葉を半分スルーして質問を投げかけると、つれないわねぇと言いながらも此方に顔を向けて悪戯っぽく微笑んだ。
「手に入れたんでしょ?未完の絵画。」
「何処からそれを?」
「乙女の秘密よ。見せてもらうまでは帰らないんだから。」
どうやら目的は同じらしく追い返せない事を悟った俺は、本日二度目のため息をつきつつ帰路を急ぐ事にした。






