三の段 ぜにまに忍び寄る手……
「あーっ! ぜにまさんお帰り! ととと、わっ!」
ぜにまに向かってかけよる着物の少女。
少女の名は福内お波。ぜにまがOHーEDOに来て初めて会った人物だ。
しかし走った勢いで小石につまずき転びそうになる。
これぜにま、体で受け止める。
「おっとっと。急に走ると危ないでござるよ、お波」
「えへへっ! あっ、ぜにまさんその包みはなぁに?」
「これはお波たちへのお土産でござる。今日はEDO中の美味しい食べ物屋を回ったでござるからな。お波も楽しみにするでござる」
「やったー! ありがとうぜにまさん! あっ……あなたは……」
するとお波はぜにまの隣にいるゑいかに気づく。
ゑいかはニコッと笑う。
「はじめましてお嬢さん。あなたがKABUKI勝負で、ぜにま姐さんを応援していた子だね?」
「わたし、福内お波といいます。あの……悪い人なんて言ってごめんなさい! ぜにまさんから、病気のお姉さんのためだって聞きました……」
申し訳なさそうに頭を下げるお波に、ゑいかポンと手をのせる。
「気にしなくていいでごぜゐます。実際悪いことをやろうとしていたから。でも、ぜにま姐さんが目を覚ましくれたからもう大丈夫! お波はよく出来た子だね」
ゑいかは優しくお波の頭を撫でる。
お波は嬉しそうに顔を上げ、パッとその明るさが戻った。
「もしよろしければ、ウチで何か食べていってください! あそこにわたしたちのお店があるんです」
お波が指差す先にはこじんまりとした水茶屋があった。
茶屋の入口には『一ぷく』と書かれた旗が立ち、軒には赤い長座椅子。
「拙者、今は福内姉妹の水茶屋で居候させてもらっているでござるよ」
水茶屋には日本橋通りの町人たちが足を運び、ごった返している。
店内では姉のお舟が忙しそうに働いている。
お盆を持った着物姿。途中でぜにまたちに気付き、ぺこりと頭を下げてこちらにかけよってくる。
「ぜにま様、お波にお土産ありがとうございます。近松ゑいか様もわざわざ足を運んでいただて、是非ゆっくりしていってください」
「どうもはじめましてお舟さん。水茶屋『一ぷく』の評判は私の耳にも入ってるでごぜゐます。OHーEDO一番の小町がいるってこともね!」
「あら、ありがとうございます。あの、私……お茶! とお茶菓子! お運びしますね!」
恥ずかしそうにお盆で口元隠して、お舟は小走りするのであった。
「むっ! お舟はEDO小町であったか。どうりで贈り物をする男衆が多いわけでござる」
「もう、仕事中なのにいっぱい来るんだから!」
お舟は腰に手を当て、口を尖らせる。
「めんこい姉を持つのも大変でごぜゐますね」
ゑいかはその姿に笑う。
「お待たせしました、お二人とも。ぜひ長椅子に腰を落ち着けてください。特性みたらし団子をお持ちしましたので、よろしければどうぞ」
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三人はお舟に誘導されて長椅子に腰かけ、出されたお茶をずずすといただく。
心落ち着く一息。
「拙者『一ぷく』のお団子が大好物でござる! これなら何本でもいけるでござる!」
ぜにまは別腹と言わんばかりに出されたみたらし団子を数本まとめてがぶがぶ食べる。
「姐さん、あんだけ食べたのにまだ食べるのですか……。あたしはもうお腹いっぱいで」
「ゑいかさん! ぜにまさんってお侍さんなのに食べ物に弱いんだよ!」
「そうでごぜゐますな。武士は食わねど高楊枝、けど姐さんはその精神、何処かに置いてきちまったようです」
「むぅ……ゑいかまでひどいのう」
アッハッハっと笑う三人。
そこにツンとした酒の匂いがぜにまたちの鼻を刺激する。
水茶屋『一ぷく』の入口に男、白髪白髭、赤い顔。どうやら酷く酔っているようだ。
「うい〜〜い。ひっく。お舟! お波! 一家の大黒柱、福内とん兵衛が帰ってきたぞー! ひっく」
「お父さん! 今までどこほっつき歩いてたの! 心配したんだから!」
現れたこの男、名を福内とん兵衛という。こう見えて姉妹の父親であった。
お舟は千鳥足の父を支える。
「てやんでぇ、ちくしょっー! 博打で一発当てようと思ったのによぉ! あいつインチキしやがって! ひっく……ん?」
飲んだくれとん兵衛、入口にいるぜにまを見つける。
「なんだぁおめぇ!? KABUKIに出てた侍じゃねぇか!」
「はじめましてでござる。拙者、ぜにまと申す」
ぜにまはとん兵衛とは初対面、椅子を立ち、礼儀正しく頭を下げる。
「ぜにまだがねぎまだか知らねぇが、ひっく、オレぁおめーみたいな侍が大嫌いでよぉ! この家からさっさと出てけ! ほら早く、出てけったら出てけ!」
とん兵衛、ぜにまに悪絡み。
「お父さんったら! ぜにま様すみません。もう、他のお侍様なら今すぐ切り捨て御免よ。早く中に入って寝てください。布団敷くから。あとのことは頼んだよ、お波」
「うぃ〜い、ひっく」
お舟はぐだぐだの父親を水茶屋の奥に連れていくのだった。
「ありゃあ、二人の父親とは思えませんな」
身も蓋もないゑいかの言葉。
「……昔はおとーさん、ああじゃなかったんだ。おかーさんが辻斬りにあって、それでおとーさん、お侍さんの仕業だと思ってる。それからお酒ばっかり。最近はおうちにも帰ってこない……」
長椅子で足をぶらつかせながら、お波が淡々と語る。
「そうでござったのか。それはお波、辛いでござろう……」
ぜにまはお波の身の上に同情する。しかしお波は頭を横に振り、顔を上げるといつもの明るい笑顔。
「ううん、わたしにはお姉ちゃんがいるから! うちは貧乏だけど、2人で茶屋の仕事やるの、わたしとっても楽しいんだ!」
「それは立派でごぜゐますな。今度うちの文楽座においでなよ! 特別席で私の人形浄瑠璃を見せるでごぜゐます!」
ゑいかはお波を励まそうとニカッと笑う。
お波も「うん!」と返事する。
日は落ち、夕暮れの中、ぜにまは2人の姿を微笑ましく見ていた。
◆◇◆◇◆
その晩。
OHーEDOの夜空に雨が降る
福内姉妹の家で床につくぜにま。
枕元には横向きに置かれたぜにまの愛刀『膝丸』。
長屋住民寝静まり、聞こえるのは静かな雨音のみ。
EDO中が闇に包まれる中、水茶屋の通りの前に浮かび上がるは携帯行燈の光。
悪事企む男衆。
ほっかむりを頭に被り、手にした行灯の中の蝋燭をふっと吹き消す。
一人の男がススススと、水茶屋『一ぷく』の入口の戸を開ける。
抜き足、差し足、忍び足。
4、5人の男たちは息を潜めて小屋の中に入り、奥で寝ているぜにまを取り囲む。
そのまま、早業手さばき、ぜにまを縄でぐるぐる縛る。
「……んぐっ!」
ぜにま覚醒。
しかし時既に遅し。口に手拭い猿ぐつわ。
男たちは抵抗出来ないぜにまを持ち上げ、一人の男が背負った大きな籠に入れる。
そして何事も無かった様に小屋を去る。
「んぐぐぐぐっー!」
残るは布団の温もりと、ぜにまの愛刀『膝丸』のみ。
ぜにまは一体どうなってしまうのか……?
『福内鬼外』……本名「平賀源内」。この名前は浄瑠璃作者の時のペンネーム。エレキテルを修理したことで有名な発明家だが、戯作や浄瑠璃作者など様々な分野に精通している。「土曜の丑の日」にウナギを食べるという風習も源内発祥の説がある。夏の売上が不審なウナギ屋に相談された源内が考えたキャッチコピーだったとか。
今作では福内姉妹の元ネタ。