二の段 すーぱーあゐどる!? 花魁道中生ライブ!
ゑいか、ぜにまを連れて日本橋巡り。
通りの屋台で足止めて、EDOっ子たちと立ち食い立ち食い。
江戸前魚の天ぷら屋。
屋台で揚げるはエビ、穴子、コハダに貝柱。
竹串さして、天ツユつけて、一かぶり。
甘いツユと油が口に広がりパリパリリ。口の中は美味しさの大河となる。ぜにまその美味しさに絶句。
今度は立ち食いかけそば、柚子皮ちょちょいと入れて、鰹のダシをつるつるる。
爽やかな香りが鼻に抜けて喉越したまらない。
次行くは屋台寿司。
EDOの寿司はにぎりのように大きい。
寿司ネタはアナゴや玉子、クルマエビ。脂が多いトロより赤身人気。
さっと酢飯を口に放りいれる。
魚介と米が口の中で踊り出す。ぜにまこれにも絶句。
「坊主だまして還俗させて、コハダのすしでも売らせたい」
「それはどういう歌でござるか?」
ゑいかが得意げに歌う。
「坊主にゃ美男が多い。人気のコハダ寿司を、イケメン坊主に握らせれば、寿司が売れるって歌ですよ。男性寿司職人アイドルとか、姐さん興味あります?」
「むむ、拙者そういうのはうとくてのう……」
「ふふっ、冗談でごぜゐます。そういえば、OHーEDOには花魁という『すーぱーあゐどる』が巷で話題ですよ」
「むむ? おいらん?」
「高い教養と美貌も持ち合わせた才色兼備! 国も傾くいい女、ってな感じでEDOっ子たちから大人気なんです」
「ゑいかも好きなのでござるか?」
「はい! 特に最近は花魁ブーム。人気の花魁は浮世絵、川柳、洒落本なもどたくさん出ていて、私の一押しは……」
ゑいかは懐から一枚の花魁の浮世絵を出す。
「飛ぶ鳥落とすおぼろ太夫! 今一番のEDO町娘の憧れ! おぼろ太夫のメイクはみんなマネしているでごぜゐます」
ゑいかは顔ほころばせ、おぼろ太夫への憧れを語る。
その姿は実に楽しそうだ。
「いやはや、拙者も一目花魁とやらを見たいものでござるなぁ」
二人は楽しそうに会話する。
するとそこに優雅な和楽器の音が聞こえてくる。
日本橋には何やら群衆が出来ていた。
「まさか……これは!」
ゑいかが目を見開く。
群衆が道を開け、中から現れるは白肌口紅、花魁姿。
「きゃー! ぜにま姐さん、噂をすればあれがおぼろ太夫ですよ!」
「むっ!」
花魁は豪華絢爛、満艦飾のうちかけ衣装、金糸銀糸で彩られ、1mもある俎板帯を前に垂らす。
頭に十八のかんざし伊達兵庫、まるで後光がさした髪型。
耳につけた逆さ吊るしのてるてる坊主はあくせさりー。
黒塗りの高下駄、外八文字歩き、妖艶な動き。
「見て! おぼろ太夫よ!」「こいつはすげぇ!」「浮世絵よりも何百倍も綺麗だぁ……」
群衆もおぼろ太夫に見惚れる。
おぼろ太夫はカツーンカツーンと高下駄鳴らして歩く。
彼女の周りには傘を持つ男や、提灯を持つ男、先頭で露払いする男など様々な取り巻きが囲んでおり、後ろからは演奏する和楽器バンドが続く。
「あれはがEDO中を練り歩く花魁道中生ライブってやつです!」
「これは派手でござるなぁ」
EDO町人たちはおぼろ太夫を一目見ようと押しつ押されつ人だかり。
その奥の方で指を加え、遠くから見ているツギハギだらけの着物の少年少女たち。
「そこの子どもたちこっちへ来るでありんす」
おぼろ太夫は子供たちを見つければ手招きする。
呼ばれた子供たちは嬉しそうにおぼろ太夫に近付く。
「おぼろ太夫、握手して!」「わたしもわたしも!」「ぼくはサインが欲しい!」
しかし駆け寄る子供たちの前に通せんぼ。
露払いのちょんまげ男、手に持った錫杖で子供を止める。。
「コラぁ! 汚いガキども! そんな格好でおぼろ太夫に近づくんじゃねぇ! 貧乏人の癖しやがって」
「うっ」
子どもたちは錫杖を腹に押し付けらて声が漏れる。
それを止めるはおぼろ太夫。
「……やめてくんなまし。ほら、子ども達、大丈夫でありんす」
「わーい!」「やったー!」
子ども達は男の錫杖をくぐり、おぼろ太夫を取り囲む。
おぼろ太夫は着物が汚れるのもお構いなしに膝をつき、子どもたちを抱きしめる。紅の口に笑みを湛えて。
「皆、怖かったでありんすか?」
「おぼろ太夫様、おやめくだされ! お着物が汚れます! そんな貧乏人ごときの為に」
露払いの男の一言。
おぼろ太夫、男の言葉に立ち上がる。
「……わっちは貧乏人が好きでありんすぇ」
その手で子ども達を優しく抱き寄せる。
「わっちが花魁として人気なのは、着物が綺麗だからでありんすか? 着物なんていくらでも買える。でもその着物が買えるのは、わっちのことを好きでいてくれる皆がいるからでありんす。その中に貧乏人は含まれていないでありんすかぇ? お金が無くても、少ない銭でも、わっちのことを応援してくれる。そういう人こそ、わっちは好こうと心に決めているでありんす」
おぼろ太夫の言葉。
その言葉に群衆も心を動かされ、自然と拍手が起こる。
「いよっ!」「流石おぼろ太夫!」「人間が出来てるねぇ!」
「すっ……すみませんでした……」
露払いの男はたじろき、頭を深く下げるのであった。
「いいでありんす。皆の前で恥をかかせてしまったこと、許してほしいでありんす」
「おぼろ太夫ってとってもやさしいんだね!」「死んじゃったおいらのおっ母みたいだ!」「へへへ、今日はぼく誕生日!」
歯の抜けた口で無邪気に笑う子供たち。
「ほらほらみんな、サインをあげるでありんす」
おぼろ太夫は子供たちに自分のサイン入り浮世絵を渡してあげる。
すると太夫、群衆の中から何かを見つける。
立ち上がり、髪細工をシャナリシャナリと揺らして見つけた方に向かっていく。
その先にはいたのは、なんとぜにまではないか。
「主さん、KABUKI勝負の御方でありんしょ? 前回はまっことに良きKABUKIでありんした」
おぼろ太夫はぜにまの前に立ち、高下駄上から目線、妖艶な表情でぜにまに問う。
「それはありがたき言葉でござる」
有名人のおぼろ太夫がKABUKI勝負のぜにまに声をかける、それだけで群衆とゑいかたちからは驚きの声。
「わっち、お侍さんの『天下の徳政令』の使い方、気になるでありんす。野暮でなければわっちに教えておくんなし」
「拙者、まだ明確には決めてはおらぬ。されどOHーEDOの善なるために使おうと思っているで候」
ぜにまの言葉に美しい切長の目をキッと細め、袖で口隠し疑惑の顔をするおぼろ太夫。
「善なるためでありんすか。そんなもの犬も食わない、わっちには与太郎の話に思えるでありんす」
先程までの雰囲気とうってかわって、厳しい口調。
「人それぞれ価値観や幸せは違う。それを全て、善という言葉でくくるでありんすか? 人の為と書いて『偽』と書く。自己満足な侍の、名誉の為に聴こえなし。そんな嘘くさいもんのために戦うんなら、わっち心底残念でありんす」
「一度決めたこの思い、変える気は無いでござる。若輩ものゆえ気を悪くしたなら謝るで候」
ぜにま両手を合わし、頭を下げる。
「……頭を上げてください主さん。わっちこそ、好かないことを言ってしまったでありんす。どちらにせよ次の試合、楽しみにしているでありんす。それではおさらばえ」
言い終わると太夫は優雅な動きで高下駄を返し、その場から去っていった。
「花魁ってのはなかなか迫力があるもんだなぁ」「物言う姿も美しいもんだ!」
「なかなか芯の通った人でござるな、おぼろ太夫は」
ぜにまは腕組み、隣にいるゑいかに話す。
ゑいかは今のやり取りを真剣な表情で見ていた。
「そうですね。……姐さん、良ければ見せたいものがあるでごぜゐます」
「見せたいもの?」
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神田川の堀り。
ゑいかはOHーEDO城が良く見える、人の少ない通りにぜにまを連れてきた。
二人でOHーEDO城を見上げる。
「あれがEDOの中心。将軍様のOHーEDO城でごぜゐます。そしてその上にあるゼンマイネジ巻きーー」
ゑいかは城のてっぺんを指差す。
本来天守閣がある場所には、何百メートルもある巨大なゼンマイネジ巻きが少しずつゆっくりと回転している。
「あれがOHーEDO全体の動力源。この町の地名にもなったEDOの象徴。『OHーEDOスパイラル』。その実体は、地下にある国営の住み込みゼンマイ工場でごぜゐます」
「……ほう」
「OHーEDO城の地下では巨大なネジ巻きを血と汗流して巻いている人たちがいます」
「それがもしや貧民街の者たち、というわけか」
ゑいかは黙ってうなずく。
「私の姉も今もあそこに。ゼンマイ回したカラクリで、EDOのインフラは整備され、便利な生活が送れています。しかし貧民街の劣悪な環境と過酷な労働は、その働く人々を死においやる。私は姉をあそこから救い出したい」
「……分かったでござる」
ゑいかはぜにまの方を見る。
「おぼろ太夫の言っていることも分かります。だけど私は、ぜにま姐さんを信じます。次のKABUKI勝負十八番、応援させてください……!」
「心得た! 拙者、勝ってみせるでござる。武士に二言はない!」
ぜにまは自分の胸をドンッと叩く。
「ゴヘェッ! ちょっと強く叩き過ぎたでござる……」
「何やってるんですかもう……あはははは!」
笑う二人。
――ゴーンゴーンゴーン……
そこにOHーEDOの時刻を告げる時の鐘の音。
「ちょうど暮れ八つ(午後3時)の鐘でござる。おやつは拙者、良いところを知ってるでござるよ」
『花魁』……吉原遊廓の遊女。絶世の美女であり、教養と気品を兼ね備えた女性が特に花魁と呼ばれた。江戸歌舞伎でも花魁を題材にしたものは多い。『壇浦兜軍記』の阿古屋や『籠釣瓶花街酔醒』の八つ橋、他にも『助六』の揚巻などが有名である。