一の段 義賊! 『黙阿弥ててて』登場!
「てぇへんだ! てぇへんだ! 盗賊が出たぞっー!」
「屋根の上だ! 逃すんじゃねえ!」
草木も眠る丑三つ時|(午前2時)。
ちょんまげ頭、羽織姿の同心|(注:江戸時代の警察)が手下の岡っ引きを連れて、『御用』の二文字が書かれた提灯ぶら下げ駆け回る。
屋根の上に怪しい人影あり。盗賊が一人。
全身黒のタイツ着て、緑の唐草模様の羽織り、口元だけ開いた狐のお面で顔隠し、手には千両箱を抱える。
「御用だ! 御用だ! 今日こそ神妙にお縄につきやがれ!」
同心と岡っ引きは盗賊を捕まえようとあとを追いかける。
――シュタタッ! シュタッ!
駆ける、翔けるは盗賊小僧。
屋根から屋根に飛び移り、目指す先にはOHーEDO城が。
「馬鹿めっ、あの先は堀だ。これ以上は逃げられまい!」
「旦那、やりましたね!」
同心たちは盗賊の行き先を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。
満月映るEDO城お堀、お堀の鯉も眠るのか、水面に波一つ立ちはしない。
しかし盗賊迷いなし、お堀に向かってダイブする。
「なんだってぇ〜!」
同心、走りながらびっくり仰天、大声上げて叫ぶ。
盗賊は手に持った和傘をバサっと開くと、風のり滑空。お堀を超えて、見事向こう側へ華麗に着地。
「ちくしょう! あんな隠し技使いやがって!」
同心はお堀直前で止まるがーー
「うわああ! 旦那! 足が止まらねぇ! ぶつかるぶつかる!」
後ろから走る手下の岡っ引き。
「うおっ! 止まれっー!」
「止まらねぇーっ!」
ドボンッと二人、水に落ちる音。
盗賊は同心たちの姿をみるや、カーッカッカッカッと高笑い。
軽くジャンプして屋根登り、満月見上げて見得をする。
「ほんに今夜は満月か、越後屋の蔵から百両を、奪えばEDOの貧民に、落ちた夜鷹は厄落とし、こいつぁ春から縁起が良いわえ!」
「ゴボゴボッ……! 待ちやがれ! 黙阿弥ててて〜!」
同心たちは情けなくお堀の水でもがく。
その声虚しく、盗賊はOHーEDOスパイラルの闇夜に消えていったのだった。
◆◇◆◇◆(幕)◆◇◆◇◆
盗賊出現の次の日。
この物語の主人公、ぽにーてーるな女侍ぜにまの姿は日本橋にあった。
「……武蔵という名の坊主ですか? うーん。心当たりは無いですねぇ」
隣には前回の対戦相手、近松ゑいか。
銀髪ショート、黄色い松模様のミニスカ着物。
ぷらいべーとなスタイルで歌舞伎の時よりもシティガールなめんこい姿。
「坊主といっても武人の如く腕が立ち、岩のような大柄の男でな。拙者に剣術を教えてくれたのも師でござる」
ぜにまは腕組みをし空を見上げる。今日もOHーEDOは日本晴れ。
しかし自分の師は何処にか。
「108の人助けも師の言いつけ。しかし最後に見失って以来行方知れず。師を探す目的もあり、このOHーEDOに訪れたという訳で候」
聞いてたゑいか、景気よく指をパチンと鳴らす。
「分かりました! ぜにま姐さんのお師匠探し、あたしにも手伝わせてください! うちの文楽座の者たちに伝えておくでごぜゐます!」
「かたじけないでござる。それにしても……日本橋は人通りが多いでござるな」
ぜにまは小動物のように首を動かし辺りをキョロキョロ見回す。
通りを行くは人、人、人。
「そりゃあなんと言っても日本橋! 越後谷呉服店に、ふとんに寿司屋、人と物が集まる五街道の起点でごぜゐます!」
巨大な木造日本橋、その横幅は数十メートルもある。
橋には町人や飛脚、棒手振りと呼ばれるカゴ付き棒を肩に担いだ行商人が行き交う。
ぜにまたちは二人並んでゆったりと歩いていた。
するとそこへーー
「てえへんだ! てえへんだ! 号外でぇ〜い! 天下の大泥棒! 義賊・黙阿弥ててて! 今度は越後屋から百両盗み、貧民街にばら撒いた!」
紙束抱えた、瓦版売りが脇を走り抜ける。
ピラリと1枚、瓦版|(注:今の新聞)が足元に落ちる。拾って手に持ち、興味深く眺めるぜにま。
紙には狐のお面を被り、ドテラ姿の盗賊の浮世絵が描かれている。
「ほう……義賊とな」
「ぜにま姐さん。その紙に書かれたやつ。そいつこそ姐さんの次の対戦相手となる男です」
ゑいかは瓦版の男を睨むようにピッと指差す。
「なぬ?」
「KABUKI十八番勝負、二回戦。姐さんと当たる相手。盗賊・黙阿弥ててて。一回戦では対戦相手を何処かに盗んだらしく不戦勝で勝った汚い輩です!」
ゑいかは前回傷ついた、包帯で巻かれた肩をさする。
「私に手裏剣を投げたのもそいつの仕業でしょう。ててては忍びの技も使えるとか」
「忍びか……。手強い相手になりそうでござる」
「巷では義賊なんて呼ばれてますが要は単なる泥棒、犯罪者ですよ。でも私に勝った姐さんがそんなやつに負けるわけありません!」
ゑいかを腕を組んで少し自慢げに話す。
「てやんでぃ! おめぇーさん、ててての悪口とは聞き捨てならねぇなぁ!」
「おや」
するとそこにたまたま通りかかったちょんまげ町人がからんでくる。
「黙阿弥ててては鍵開け変装逃走のプロ、盗む標的は汚い手段で銭儲け、私腹を肥やす金持ちだけだ! さらに盗んだ金は、貧民街のやつらに気前良く配ってるらしい。まさにOHーEDOのヒーロー! 正義を為す義賊よ!」
言われてもないのに大げさな身振り手振りで語り出すちょんまげ男。
ゑいかはこれにイラっとする。
「ふんっ、あたしはそうは思いません。結局やってることは単なる盗み。他人様の金を盗むなんて不届き千万! 銭を配るのだってただの人気取りに決まってます。その才能をもっと他の良いことに使えなかったのかねぇでごぜゐます」
いやみったらしく文句言うゑいか。
「使ってるじゃねぇか! 良いことに!」
「なぁにぃ!?」「やるかぁ!?」「やってやろーでごぜゐます!」
二人言い争い。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気。
「火事と喧嘩はEDOの花、と聞くが本当に喧嘩っぱやいのでござるなEDOっ子は……。おや? くんくん。この美味しそうな匂いは……?」
どこからか甘くて香ばしい匂いが漂ってくる。
「かば焼き〜、うなぎの蒲焼き〜」
遠くに見えるはのれんに『うなぎ』の字、移動式の屋台。
「ゑいか! ゑいか! 拙者、あれが食べたいでござる!」
ぜにまはちょんちょんとゑいかの着物を引っ張る。
「ちょっと姐さん待ってくだせぇ! ああっ!」
ぜにまはお構いなしにゑいかを強引に連れて行く。
「てやんでぃ! 俺との喧嘩はどうすんだい!?」
取り残された男、日本橋にポツンと一人。
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串に刺さったうなぎに味噌をちょんと塗り、やきたて蒲焼き、ほおばるぜにま。
「むむむ……これは……」
旨いのである。
「鰻の蒲焼きなら、ここの屋台が1番美味しいんでごぜゐますよ!」
ぜにま、うなぎの美味しさにうっとり。
「こんな美味しいものがこの世にあったとは……。EDOに来る道中、拙者草とか藁ぐらいしか食べてこなかったからのう」
「草、藁……まるで牛みたいですね……。ぜにま姐さんの詫びしい道中が垣間見えたでごぜゐます……。それならば!」
胸をどんと叩いてゑいか、大袈裟に見得をする。
「この近松ゑいか! OHーEDO中の旨いもん、ああっぜにま姐さんに、食わせてみせてごらんゐ〜れ〜ま〜す!」
「それは楽しみでござる!」
「なんだKABUKI勝負のぜにまじゃないか!」
「む?」
ぜにま達が楽しそうに会話していると二人の周りにはガヤガヤと人だかりが出来ていた。
「これが本物のぜにまかぁ〜、近くで見るとちっこいもんだな」「近松屋! この前の人形浄瑠璃、粋だったぜ!」「お姉ちゃんたち! わたしの浮世絵にサインしてー!」
どうやらEDOの町人たちが、二人をこの目に入れようと集まってきていたのだ。
「拙者たちの活躍、皆見てくれたのか。少し気恥ずかしいでござる」
「そうですね姐さん! みんなーありがとう! いぇ~い!」
ゑいかはピースする。
食べていた蒲焼き屋台の店主も人だかりを見て嬉しそうにニンマリと笑う。
「姉ちゃんたち、今じゃあOHーEDOきっての有名人よぉ! 絵草子や浮世絵にもなってる! 宣伝にもなったし今日は奢りだ!」
「それは粋な計らいですな! でも……」
ゑいかは屋台に銭を置く。
「お代は払わせてもらうでごぜゐます。EDO一番のうなぎの蒲焼き、文なしで食っちゃあ罪になる!」
「そうでござるな。美味しかったでござるよ、店主殿」
ぜにまも袖から銭を出す。
「そりゃ鼻が高いねぇ!」
OHーEDO貨幣は金・銀・銭の三貨制。
金貨を作るところを金座、銀貨を作るところを銀座といった。
金貨である小判は一両でおよそ10万円ほどの価値。銭貨は一文で約25円ほどであった。
(注:本物の江戸時代では時期により貨幣の価格が変動していたので、この数字という訳ではない)
ゑいか達は16文を払って席を立つ。
「それじゃあ姐さん、早速次に行きますよ! ゆっくりしている時間はありません!」
「待つでござるゑいか。そんなに急ぐと、胃の中の蒲焼きが暴れるで候〜」
『河竹黙阿弥』……幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎作者。様々なジャンルの作品を作り、黙阿弥調と呼ばれる耳聞こえの良い七五調のセリフが特徴的。特に盗賊が主人公の「白浪物」が有名。代表作には弁天小僧が出てくる『青砥稿花紅彩画』(通称・白波五人男)や『三人吉三廓初買』など。
この作品では義賊として黙阿弥てててが登場。