六の段 姉妹の想い、ゑいかとの約束
KABUKI勝負から数時間後。
ここはOHーEDOスパイラル城下町。
勝負が終わり、EDOっ子たちは元の生活に戻っていた。
傷ついたぜにまの姿は小石川養成所にあった。大江戸一の病院である。
病室の中で椅子に座るぜにま。目の前には青い着物を着た女医。
名を胡蝶という。
「肩の傷は浅いけど無理に動かしてはいけませんよ。傷口が開いてしまいますからね」
胡蝶がカルテを見ながらぜにまの怪我の状態を説明する。
凛としたその横顔は美しい。
「感謝するでござる。おや胡蝶先生、その腕……」
「あら、珍しいですね。二人同じような義手とは」
胡蝶の左腕はぜにまと同じように義手になっていた。
そんな胡蝶にぜにまはなんだか親近感が湧くもので、口が回る。
「しかし拙者、まさかこんなことに巻き込まれるとは思わなかった。鞍馬から出てまだOHーEDOについたばかりだというのに」
「これまた奇遇ですね。実は私の出身も上方なんですよ。山に囲まれた田舎ですけど」
「ひょえ~~。なんだか先生とは初めて会った気がしないでござるな」
ぜにまは続く偶然に、素っ頓狂な声を出す。これが胡蝶には面白く思えた。
口元を隠して笑う胡蝶。
「ふふふっ。人の運命とは分からぬものですね。それならば同郷のよしみ、これを特別に差し上げます」
胡蝶は懐から小物を取り出し、ぜにまの手に渡す。
「これは一体?」
「印籠です。中には貴重な薬が入っております」
ぜにまは印籠に刻まれた蝶の紋様に心を奪われる。
「……美しいでござる……」
「気付け薬としてお使いください。結構役に立ちますよ」
「感謝する。大事に使わせていただこう。それと一つ、このあたりに花は映えているだろうか? お見舞いに持って行こうと思うてな」
「お見舞いですか? それでしたら外に咲いてる花ならありますが」
胡蝶は椅子から立ち上がり、窓を開ける。部屋の中に春風が吹き、見れば養成所の外には一面の紫色の蓮華草が咲く。
「これを持っていくとしよう」
ぜにまも身を乗り出して花を眺める。
「それなら良かったです。ねぇ、ぜにまさん。これからもOHーEDOで頑張ってください。あなたのこと、いつでも応援してますから」
「こちらこそ。お世話になったでござる」
胡蝶はその整った顔でにっこりと笑う。
ぜにまは頭を下げ、病室を後にするのであった。
ーーーーーーーー
『近松ゑいか』と書かれた扉。
ぜにまは同じく病院にいるゑいかの見舞いをしに来ていた。
病室の扉に手をかけた時、中から老齢の男が出てくる。
髪は白髪だが、老いの弱さを一切感じさせない険しい顔立ち。
金糸雀色の立派な着物姿。
「そなたは……対戦相手の方か。この度は不出来な娘の命を助けていただき感謝する」
男は浅く頭を下げる。
「むっ……」
「それでは失礼」
男はぜにまの返事も待たず、手短に会釈を済ませると足早に去っていく。
「……あれは父上殿だろうか」
ぜにまは知らなかったが、その男、ゑいかの父『十代目近松門左衛門』であった。
病室に入るぜにま。
部屋には布団から上半身だけ起こし、窓の外を見上げるゑいかがいた。
「……体は無事なようで、良かったでござるな」
ゑいかからの返事は無い。
その姿は魂が抜けているよう。
「胡蝶先生の薬は良く効くで候。拙者の体もすぐ治してくれた」
ぜにまはおどけて腕を振り回してみるが、ゑいかは変わらず窓の外を見たまま。
日はすでに落ち、オレンジ色の夕日が部屋を照らす。
仕方ないので、ぜにまは摘んできた蓮華草の花を飾る。
小さくはあるが、甘い花の香りが鼻をくすぐる。
「……父とあたしは、血が繋がっていません」
「む?」
するとゑいかが、外を見たままおもむろに話し始める。
「お侍様には助けられました。だから、事情を話そうと思うのです。……私には双子のゐどりという姉がいて、私たちはこのOHーEDOの『貧民街』で生まれました」
ぜにまは黙って聞く。
「親も分からず、みすぼらしく、いつもお腹を空かせてました。時には心無い大人たちから殴られることも」
「ほう……」
「それでも私は楽しかった。姉がそばにいてくれたから。姉は、私のために拾った布切れで人形を作ってくれました。ボロでしたが私にとっては初めての『ともだち』。そして、たまたま通りかかった十代目近松門左衛門様が、私の人形遣いとしての才能を見出し養子にしたのです」
ゑいかのシーツを握る手に力が入る。
「しかし門左衛門様が養子に取ったのは私だけでした……。伝統ある近松の技術は、本来ならば一子相伝。名前を受け継ぐことが出来るのは一人のみ。私だけが裕福な環境に行き、姉は今も『貧民街』に住んでいます。幕府御用達のゼンマイ工場で働きながら」
「ゼンマイ工場……? EDOにはそんなものが」
ぜにま初耳。
窓から強い風が吹く。
銀髪なびかせ、ゑいかの声には徐々に怒りがこもる。
「『貧民街』に住む者は、幕府のゼンマイ工場で過酷な労働をしなければなりません。そこから抜け出すには、金か能力が認められたものしか出られない。姉は労働で体を壊し、声が出せなくなりました。私はそんな姉を救おうと何度もお役人様に直訴した。しかし幕府は何一つ取り合ってくれませんでした……」
ゑいかの声は震えていた。それは姉に対する自責の念。
ぜにまは一呼吸し、ゆっくりと話す。
「だからお主は、KABUKI十八番勝負に出たのでござるな」
「……はい。私は、自分だけが良い暮らしをするのが許せなかった……! だから、将軍様からKABUKI勝負の話を聞いた時、心から喜びました。天下の徳政令を使えば、無能な役人たちの腹をかっさばくことが出来る。姉さんのような人たちを救えると! しかし……私にはどうやら才能が無かったようでごぜゐます……!」
涙が落ちる音。それは悔しみの涙。
ぜにまは腰の自分の刀を見る。
鞘についた鈴に、ぜにまの顔が反射する。そこに映るは侍か。
ぜにまは口を開く。
「実は拙者……108の人助けを生業としている。もし良かったらゑいかよ、拙者の100人目の人助け人にならないでござるか?」
「それは一体……?」
ゑいかはぜにまの方を振り返る。
ぜにまは自分の刀を手に持って前に掲げる。刀に誓う、ぜにまの想い。
「拙者がお主の代わりにKABUKI十八番勝負に挑む。そして、その天下の徳政令とやらでEDOで苦しんでいる民を助けるでござるよ」
「……それは本当に、本当ですか!?」
「本当に本当でござる。もちろん、お役人をハラキリするような物騒な事はしないでござるがな」
「わ、私……何て言ったらいいか。ぜにまさん、いや、ぜにま姐さんと呼ばせてください! 是非お願いします! 私、姉の為なら何でもします! 何でも……」
ぜにまの手を握り、涙して顔をうずめるゑいか。
――ピシッ!
すると病室の襖を開ける音。
立つはゑいかそっくりの人物。
ぜにまが試合前にみた銀髪の女。
ゑいかの姉、ゐどりであった。
「ゐどり姉さん! こんなところまでわざわざ……うわっ!」
「……ッ!」
ゑいかにかけより、抱きしめる姉ゐどり。
ゐどりは泣いていた。
声無き声で泣く姿に、ゑいかも姉を抱きしめる。同じく大粒の涙を流して。
「姉さん、ごめんなさい。ごめんなさい、私……」
姉のことをずっと心配していた妹の姿。
その気持ちは姉も同じであった。
「逢うに逢われぬその時はこの世ばかりの約束か。でも生きてて欲しいと願うのが、人の心でござろうか」
夕暮れに、やはり野に咲く蓮華花、見事見事な姉妹の想ひ。
(……第二幕へ続く)
『義経千本桜』……竹田出雲・並木千柳・三好松洛の合作。浄瑠璃や歌舞伎の人気作品で、「菅原伝授手習鑑」「仮名手本忠臣蔵」と並んで三大名作の一つ。あらすじは源頼朝に追われる源義経の都落ちにからめて、生き延びた三人の平家による歴史ロマン超大作。有名なのは源九郎狐。
ぜにまのKABUKI「善常千本桜」はこれをもじったもの。