表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
最終幕 『土蜘蛛』退治!KABUKI大江戸すぱゐらるの段
51/52

六の段 KABUKI大江戸すぱゐらる

ーーーーーーーー


『ギャアオォォォーーーン!』


 カラクリ大蜘蛛が神輿花火の猛攻についに悲鳴を上げる。

 きさらが投げた自分の足に串刺しにされたまま、その場で地団駄を始める。


「皆! 一旦後ろに引くでありんす!」


 てててが指示する中、大蜘蛛は大暴れ。自らの子蜘蛛事踏みつぶしていく。

 そして辺りは蜘蛛の地団駄による砂ぼこりで見えなくなってしまった。


 ――ギッコンガッコン


 音が聞こえた。それは先程、カラクリ蜘蛛が熱線を吐くために、口を開けた音。

 茶色い砂嵐の中で、赤い光が一点に集中してるのが見える。


「きさら!」


「うむ!」


 ぜにまは回転跳躍、きさらの手の上に飛び乗る。そしてきさらは力一杯、カラクリ大蜘蛛に向かってぜにまを投げ飛ばした。


 ぜにまは土蜘蛛の顔面向かって一直線に飛翔。


「みんな〜! ぜにま姐さんを援護するでこぜゐます! た〜ま〜や〜!」


 ――ヒュ〜…………ドン! ドン! ドン!


 ゑいかたちも援護。

 尺玉連発、大型花火。空中のぜにまに群がろうと飛び上がる子蜘蛛を撃ち落とす。


「へへっ! どうだい!」「まるでぜにまが花咲か爺さんみてぇだ!」「あんた、それを言うならコノハナサクヤ様だろ!」


 ぜにま、お鐘から貰った『安産祈願』のお札を、飛びながら起用に口で刀に貼り付ける。


「はああーーーっ!」


 そのままカラクリ蜘蛛の額に着地。巨大な目の周りらの柔らかい装甲に刃を突き立れば、強引に引き裂いていく。

 引き裂かれた部分からは白い血液がドロリと溢れ出て、人一人が入れるぐらいの穴がぽっかりと空く。


 ぜにまはその穴に臆せず飛び込んでいく。


ーーーーーーーー


 大蜘蛛の中。

 暗い道をぜにまは歩いていた。


 地面があることがすでに不思議だが、地面には点々とついた白い血の跡が残っている。

 ぜにまはその跡を追って、夜のような闇をひたすらに歩く。


 土蜘蛛本体を目指して。


 すると何処からか断末魔が聞こえてくる。


『お願い殺さないでーっ!』


『切らないで……お願い……!』


『どうかこの子の命だけは……!』


『いやあああああ!』


 しかしぜにまは黙って歩く。


『……穢らわしい源氏……』


『……日の本の罪深き人間……』


 今度は怨念が籠った声が、ぜにまを罵っていく。


「生まれに罪があるというのか!? 拙者は誰でもない! 侍ぜにまだ! 土蜘蛛! お主はいつまでそうやって隠れている! 姿を見せるでござる!」


 ――ヒュンッ!


 ぜにまの叫びに反応して、光り輝く物体がぜにまの胸に目掛けて飛んでくる。

 ぜにま動けず。


 ――ガキンッ!


 刀の刃がぜにまの胸に刺さる。

 しかし刃は、お舟から貰った藤のお守りに刀は突き刺さり、それは弾かれた。


「危なかった……」


 衝撃で首の紐が切れ、地面に落ちた藤のお守り。

 刀で破れた紫色の袋からは銭が覗く。


「銭を入れてくれたのか、お舟」


 何故お舟が銭を中に入れていたかは分からない。しかしおかげで助かった。

 ぜにまは破れてしまったお守りをまた懐に入れ、刃が飛んできた方向を見据える。


 そこに、闇に蠢くもの。得体の知れない物体。視界の先にその存在をひしと感じる。


 目を闇に凝らせば、前に現れるはうずくまる女の姿。異様に長い黒の髪を前に垂らして泣いている。

 ぜにまはその女から邪気を感じ、果敢に刀を抜く。


「現れたか土蜘蛛よ……! いざ退治してくれん!」


 しかし女が顔を上げると、その顔はなんと鬼の顔ではないか。


 ――シャーッ!


 瞬時に女は口から千条の糸を吐く。


「いやあーーーっ!」


 ぜにま袈裟切り。

 だが刀を振るっても、押し寄せる糸は止めどなく押し寄せ、体を絡まれてしまう。


「くっ!」


 刀を持った手だけ出した状態で全身を繭の如く、ぐるぐる巻きにされる。

 糸は不思議な力でぜにまの五体を尋常でない力で締め上げるではないか。


「ぐがあっ!」


 体中が潰され始める。

 ぜにまは胸がしめつけられて呼吸が出来ない。このままではいけない。

 ぜにまは意識が飛びそうになる中、必死に抵抗する。


「うっ……はああ……!」


 ――シャーッ!


 しかし鬼女、口だけでなく手からも糸を出し、それを交差して更に一層締め上げる。


「ぐああっ……!」


 ぜにまは今度は口からは大量の血が溢れ、目の前が霞んでいく。


『……お前たちが憎い……お前たちが……』


 土蜘蛛は女の姿で、低い男の声を出して話しかける。それは怒りと憎悪に満ちた声。


「お主は……源氏に殺された人々の、恨みの魂なのだな……」


『……我の苦しみを味わえ……』


「うがああああっ!」


 さらに土蜘蛛の糸の力は増す。

 ぜにまの全身の骨が折れる音。締め上げられながらぜにまは思い出していた。生きて帰ると約束したお舟の顔。


(絶対に生きて帰ってきてください、ぜにま様!)


「おふ……ね……」


 お舟の哀しそうな表情が脳裏に映る。思い出す表情はそれだけではない。

 OH-EDOスパイラルに着いて、ぜにまはたくさんのお舟の表情を見てきた。


 困った顔、泣いた顔、怒る顔、照れる顔、元気の無い時もあれば、どことなく機嫌の良さそうな顔もあった。

 走馬灯のようにぜにまはお舟の表情が思い出された。


 しかしやはり一番は、笑顔の時のお舟だ。いつでもぜにまを支えてくれた、お舟のあの優しい笑顔。

 あの笑顔をもう一度見たい。


「おふ……ね……」


 すでにぜにまの意識は遠いていた。精神力だけで気を保つ中、しかし最後に、心の臓が潰れる音が響く。

 ぜにまの目からは、ついに命の光が消えようとしていた。


 


 















 













 


 ――ピシャンッ



 突如、雷がぜにまの刀に落ちる。


 一体何が起きたのか。最後の命の灯を燃やし、ぜにまは自分の持つ刀を見る。


 膝丸の剣先の上。そこに何かがいた。


 胡座(あぐら)をかいて座る、人の形をした光。

 頭は鹿の角のように伸び、雷の如く発光している。


 光の人間はゆっくりとぜにまの方を振り向く。


 ぜにまは向けられたものが顔なのかどうかすら理解できない。しかし向かい合った瞬間、ぜにまの全身から汗が吹き出し、体のありとあらゆるものが縮み込むのを感じた。

 それは畏れ、であった。


 その刻ぜにまには、時間さえも止まっているように感じられた。

 ぜにまの記憶はそこから朧気おぼろげである。


 覚えているのは光の人間が、ぜにまの刀から体に宿り全てを解き放ったこと。

 ぜにまの髪、血、目、吐く息すらも強い輝きを放ち、体にまとわりついた土蜘蛛の糸を瞬時に焼いて蒸発させる。

 光の左腕も出現する。


 周囲の空気は振動し、ぜにまの肌には激しい音を立てて電撃が波打つ。

 

 突如出現した光の人間、それを目の当たりにした女姿の土蜘蛛。

 怒りあらわに勢いつけて両腕を伸ばし、鋭い爪でぜにまを襲う。


 しかし光のぜにまが掌をかざせばーー


 ――ピシャンッ


 雷号突っ張り。

 女の腕ごと消し飛ばす。


『ウガアアアアアアア……ッ!』


 腕を消された土蜘蛛。

 たじろぎ闇に隠れると、人の姿を突き破りついに元の姿を表す。


 鬼の顔、虎の胴体、長いクモの足。

 異形の姿に成り代わり、土蜘蛛は暴れ始め、ぜにまに向かって突進していく。


 だが雷の如くのぜにまは怯みもしない。

 ぜにまを中心として円状に雷が落ちる。

 

 雷轟電撃。 

 体当たりしてくる土蜘蛛の脚を、瞬時で両腕に抱えれば、放り投げるは光のぜにま。雷上手投げ。

 投げられた衝撃で土蜘蛛の体に新たな雷がいくつも落ちる。


 土蜘蛛は地面を転がりながら、今度は口から大量の子蜘蛛を吐き出す。

 子蜘蛛はうねりながらもぜにまを四方八方から襲っていく。


 ぜにま、雷の如く上昇。


 今度は空中で膝を降りたて、蹲踞(そんきょ)の構え。


 電光雷轟。

 一瞬にして稲妻が走り、かみり響く。


 光のぜにまはジグザグに光速移動、襲いくる子蜘蛛を移動の衝撃で打ち消していく。

 そのまま土蜘蛛本体までをも貫く。


『ウガアアアアアアア!』


 白い血を全身から吹き出し、悲鳴を上げる土蜘蛛。


 しかし土蜘蛛は空いた穴を子蜘蛛で瞬時に塞げば、今度は体を膨らませる。

 そして爆発するほどに膨れ上がり、一気にその力を解放して首を伸ばす。


 ぜにまに襲いくる鬼の口。



 光のぜにま、さらに空高く飛翔。

 腰を落として居合の構え。








『その女 いかづちと成りて 邪を断つ

 雷光一閃 神鳴りおこし』







 

◆◇◆◇◆





「はっ、ここは……?」


 目を開ければ、きさらの顔が見える。

 ぜにまはきさらの腕に抱きかかえられていた。


「ようやく起きたか」


 自分が気を失っていたことに気付くぜにま。

 きさらはぜにまを地面に下ろして指させば、先には崩れ落ちたカラクリ大蜘蛛の姿が。


「土蜘蛛を倒したのか……? うっ……!」


 頭痛が襲う。

 ぜにまは自分に何があったかは思い出せなかった。

 しかし朧気ながら自分の体が光に包まれていた記憶がうっすらと蘇る。あれは一体なんだったのだろうか。


「姐さんが蜘蛛の中に入った後、すぐ雷が落ちてきたんでごぜゐます。その後、大蜘蛛は倒れるように崩れました。きっと今は衝撃で忘れてしまってますけど、姐さんが本体をやっつけたんですよ!」


 ゑいか解説。


「雷が……そうか!」


 ぜにまは思い出した。自分が突如現れた、光の人間によって助けられたことを。


「あれはきっと……タケミカヅチかもしれないでござるな……」


「うん? ぜにま姐さん、何か言いました?」


「いや、独り言でござる」


 ぜにまは善草寺で教わったタケミカヅチに、心の中で感謝した。


「ぜにまさーん!」「ぜにま様!」


 そこに駆けつけるはお舟とお波。二人がぜにまの手を握る。


「お舟たち! 拙者、無事に帰ってこれたでござる!」


「よかったー!」


「元気そうで何よりです!」


 お舟の笑顔を見てホッとするぜにま。

 ふと先程気になったことを思い出す。


「そういえばお舟、なぜ藤のお守りに銭を入れたのか?」


「えっ? もう開けてしまわれたのですか? あれは……ぜにま様の事だから、きっとお腹を空かせる時もあると思って。いざと言う時のお駄賃です」


「むむむ、拙者お駄賃に助けられたでござるか……」


 ぜにまの心境複雑。


「この蜘蛛はどうする」


 話し合うぜにまたちに平きさらが声をかける。


 崩れたカラクリ大蜘蛛の残骸の前に、倒れているものがいた。

 鬼の顔。土蜘蛛本体だ。その大きさは大人20人分ぐらいもある。脇腹にぜにまによって切られた傷が有り、白い血を流している。


「化物だぁ!」「こいつが全部やったのか?」「全員で殺っちまおう!」


 槍や刀を持った町人たちが土蜘蛛を取り囲む。

 今すぐにでも土蜘蛛の命を奪おうとしている。


「いや……。拙者、もう争いはしたくないでござる」


「今なんて言ったぜにま?」「でもこいつのせいで……!」「そうだそうだ!」


 ぜにまの発言に町人たちが反論する。

 ぜにまは今この場で集まっていた大江戸の人々に振り向いて、大きな声で話し始める。


「土蜘蛛の中に入って分かった。この土蜘蛛も、拙者たちと同じ元は人間であった。人との繋がりを断ち切られ、無下に死んでいった魂の哀しみが、憎しみへと変わり土蜘蛛となったのだ。今ここで土蜘蛛を殺しても、それで解決だと拙者は思えない。恨みはまた他の、別の恨みへとなり替わるだけ」


 ぜにまは聴衆に問いかける。


「拙者はOHーEDOスパイラルに来て、そして大事な人と出会い、繋がりが出来た。繋がりはによって拙者は何度も命を救われてきたでござる。だから皆、一人一人で考えて欲しい。拙者は土蜘蛛にほこらを作ってやりたい。これ以上、戦いをしたくはないでござる」


 ぜにまの提案に黙って聞いていた人々は一斉にざわつき始める。真面目に考えるものもいれば、怒る反応をするものもいる。


 その中で、一歩前に出る男。

 十代目近松門左衛門だ。


「私はぜにま殿の意見に賛成です。確かに、EDOに大きな被害が出た。しかし今日、私はEDOを助けようと各々の力で立ち上がる、多くの人間たちもこの目で見ました。それで分かったのです。大切なのは個人の心なのだと。一人一人の心が集まって、大きな力となる。それで出来たのがOH-EDOスパイラルという町なのだと。時代が変わる中、私はこのOHーEDOにお互いがいがみ合うような窮屈な町になって欲しくない。近くの人間同士、助け合える町でありたい。だから私も、憎しみでこの事件を終わらせず、助け合いの心をもって、皆で祠を作ることに賛成です」


 ――ザッ


 門左衛門に続いて、手を繋いで二人、前に出るはゑいかとゐどり。


「勿論、親子三人、花見ができる祠でごぜゐます!」


 ――ザッ


「わっちも賛成でありんす」


「ててて!」


「私たちも!」「賛成!」「「わぉん!」」


 黙阿弥ててて、福内姉妹と続いて前に出ると、OHーEDO町人たちも少しずつ前に出て賛成を表明しはじめる。

 気づけば祠を作るのに賛成なものが半数を超えていた。


「てやんでぃ! そんなの認められっか!」


 しかし皆の中で一人、腕を組んで座り込むちょんまげ頭の町人。


「OHーEDOは壊されて、多くの人が死んじまった! そんのバケモンのせいで! 何が祠だ! おめぇらは被害にあったやつらのこと何とも思わねぇのか! 祠なんて不謹慎でぃ!」


 男は眉間に皺を寄せ、鼻をすすりながらに叫ぶ。


「むっ」


 ぜにまがその男に話しかけようとすると、お舟が前に出る。


「ここは私に任せてください」


 お舟は男の前に行き、しゃがみ込む。


「あなたの意見、おっしゃる通りだと思います。勿論私たちだって今回被害にあった方のことを想ってます」


「ふんっ!」


 男は聞く耳持たず。お舟は話続ける。


「だから祠を立てるよりもまず先にOHーEDOの復興をしましょう。ひと段落ついてから、祠は私たちだけで作ります」


 黙ったままの男。

 お舟はじっと男の目を見て話す。


「でもこれは……軽率な意味で行なうわけではありません。この事件の原因である土蜘蛛や、犠牲にあった方、両方を歴史から忘れないためです。それでもダメでしょうか?」


 男は顔を伏せる。

 そして口を開けばーー


「……てやんでぃ! 作ることは認めてやる! だけど俺は手伝わないからな!」


 男、お舟の説得についに折れる。


「ええ! ありがとうございます!」


 お舟は頭を深く下げ、またぜにまのところへ戻るのだった。


「お舟……なかなかすごいでござるな」


「そんなことないですよ。色んな人がいて、色んな考えがある。だからといって相手を否定する必要はないと思うんです。お互い分かり合えずとも、折り合いをつけ、各々が納得出来ればそれでいいなと思うんです。ぜにま様と一緒にいて、そう考えるようになりました」


「拙者もお舟を見習わなければな」


『ウグァ……!』


「うわああ!」「蜘蛛が動いたぞ!」


 土蜘蛛が突如声を上げる。

 しかしその声は弱々しく、傷口から白い血を垂れ流すのみ。


 ぜにま達も土蜘蛛のところへ急いで駆け寄る。


 そしてぜにまとお舟、二人は土蜘蛛の目の前に移動して膝をつく。刀を地面にさせば、ぜにまの右手にお舟が自分の左手を添えるように合わせる。


「荒ぶる魂よ、今はこの刀をもってあなたを奉り、かしこみかしこみ申す。どうか恨みから解き放たれ、怒りを鎮めた給へ」


 ぜにまたちは土蜘蛛へ祈りの言葉を捧げる。


 するとどうしたことか。

 土蜘蛛はピンク色に光り始めるではないか。


 そしてパアァっと勢いよくはじければ、ピンクの光は桜の花びらの如く、空に舞い散る。


「なっ、なんでいこりゃあ!?」「まるで桜だぁ!」「きれいな桜が降ってくるぞ!」「こいつはすげぇ!」


『アハハ!』『アハハ!』『アハハ!』


 何処かからか、そこにはいないはずの子供の声が聞こえて来る。


「おい今の聞こえたか?」「ああ、子供の声……」


 それは恨みの連鎖から解き放たれた、土蜘蛛の魂の解放。


『……ありがとう……』


 感謝の声と共に、ピンクの光はぜにまたちに降り注ぐ。


「ぜにまさん、みてー! 桜みたいだよー!」「わん!」「わんわん!」


 右近と左近、そしてお波がぜにまの服を引っ張る。


「これはスゴイでござるなぁ! やっと拙者、皆と花見が出来たでござる!」


 桜花爛漫。風に吹かれて舞い散る桜。

 ぜにまが何よりも見たかった、美しい美しい桜の景色。


「そうですね~! すごい桜ですよ! ぜにま様!」


 夢の中で見た時とは違う。

 今度は隣にOH-EDOで出会った大切な人たちがいる。


 ピンクの光は春風に乗り、遥か遠くの空へと飛んでいく。


ーーーーーーーー


 誰も知らない山稜に簑を着た男が一人。杖をついては山道登る。


 ふとその足が止まる。

 笠を持ち上げ、仰ぐは遠くの富士の山。


 木漏れ日がさし、流れるは川の水、鳥の声だけが静かな山に響き渡る。


 男の姿は森蔭の中に消えてゆく。


 山に岩に、融けるように。

 青天の空、届くはEDOの桜の光。


ーーーーーーーー


 「……おや? そういえばきさらは?」

 

 桜の光が舞い散る中。

 あたりを見回せばきさらがいないのに気づく。


「あの方は、もうどっかにいったでありんすよ」


 隣にはててて。


「きっと、いつか一緒に花見が出来ますよ」


 ゑいか。


「そうだといいでござるなぁ」


 ぜにまも空を見上げる。

 OHーEDOを支配した土蜘蛛は今ここに消えた。


「ぜにま様、OHーEDOを救っていただきありがとうございました」


 お舟がぜにまに声かける。


「皆の力でござるよ。しかし……」


 町を見渡せば、瓦解したOHーEDOの姿が目に入る。

 住民は避難を済ませたようだが、その壊れた家屋は数えきれない。


 心配するぜにまに、話しかけるはゑいか。


「何とかなりますよ! OHーEDOはいつだって千変万化・創意工夫で立て直してきたんです。出来ない事はない!」


「あら、ゑいかさんにしては粋な事言うでありんすねぇ」


 茶々を入れる黙阿弥ててて。


「今日はその手にはのらないでごぜゐます」


「あらわっち、張り合いが無くて寂しい」


 今日だけはサラッと流すゑいかであった。


「ねぇ、ぜにまさーん?」


「む? なんでござるか、お波」


「えへへ、一度聞いてみたかったんだ~。ぜにまさんが言ってた108の人助け。今いくつなの?」


「あっ! 私もそれ気になってました」


 ぜにまの師の言いつけであった108の人助け。

 福内姉妹が数を聞きたさにぜにまに詰め寄る。


「実は……」


 前に出て、見えるは遠くの富士山。かかる太陽日本晴れ。

 ぜにま振り返り、桜のような笑顔。




「とっくに……数え忘れたでござる!」




 時は大江戸時代。

 舞台はゼンマイカラクリ技術が発達した城下町『OHーEDOスパイラル』。


 長きに渡る土蜘蛛の支配が終わり、人々は未だかつてない新しい時代を迎える。


 人の世は変わる。

 しかし……いつまでも変わらぬものもある。


 『KABUKI大江戸すぱゐらる』


 大江戸令和元年! 今ここに、めでたく新しい時代の幕開けを迎えるのであった!


 『第一部  完』                  (後日談へと続く……)

『土蜘蛛』…… 『平家物語』剣の巻で頼光が土蜘蛛の精を退治する話を元にした能楽。歌舞伎化もされている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ