五の段 『侍ぜにま』VS『近松ゑいか』 ③
「ゑいかと言ったか。まだ続けるでござるか?」
尋ねるぜにま。
「まだ……続けるかって……?」
その問いかけにゑいかは怒りで肩を震わせる。
「ふざけるなっ! 通りすがりの侍ごときに負けてたまるかっ! 生半可な覚悟でこのKABUKI十八番勝負に出たわけじゃあない。この命が燃え尽きるまで、私のKABUKIは続くっ!」
ゑいか、もう一度指を鳴らす。
すると今度はセリから、一体の長い髪の女人形が出てくるではないか。
「糸切れただけで人形浄瑠璃は終わらない。もともと文楽|(注:人形劇)は、まりおねっとみたいな糸なんて使わねぇでごぜゐます!」
ゑいかは女人形を持ち上げて、中の空洞に手を入れる。
「文楽は3人でひとつの人形を操る。人形の頭と右手を操る主遣い、左手遣い、そして脚遣い。3人がまさに三位一体となって人形に魂を吹き込むのさ! そして三人分の動きを一人でやってのける、それが天才人形遣い! 近松ゑいかの得意技!」
ゑいか、頭につけていた黒の花簪。それを勢いよく引き抜けば、花は咲くようにほどかれて、透けた黒布が顔に掛かる。
そして黒衣スタッフたちがゑいかに近寄り、ミニスカ着物を引き抜ぬくと黒衣の衣装が現れる。
人形浄瑠璃、黒衣作業着、本気のゑいか。
――ドッドッドッドッ
「む……これはっ!」
ぜにま、異変に気付く。
どうやら足元に液体が広がっているではないか。
見れば倒れていたはずの徳兵衛・お初人形から液体が湧き出ていた。
液体は瞬く間に歌舞伎舞台に広がり、ぜにまの周りを埋め尽くす。
「これは油ではないか!?」
「さぁさぁさぁさぁ! 今宵最後の人形浄瑠璃、油にまみれて血に染まる、艶めかしい殺戮劇! いざ見せましょう、あっ!『女殺油地獄うぃず清姫』〜!」
ゑいかが女人形の顔に手をかざせば、一瞬にして鬼の顔に成り変わる。
目は剥き、口が裂け、角が生える。
――シャーッ!
その口からぜにま目掛けて矢が放たれた。
風を切り飛んでくる矢は、ぜにまのカラクリ義手に鋭く刺さり、ぜにまと鬼女人形を紐で繋ぐ。
「女の覚悟はさあ怖い! 業火のようなこの恨み! 存分に味わってぇ、死んでいってぇごぜゐませぇ!」
ボボボボと、人形の口から火がついて、紐を伝う導火線。
火は油にこぼれ落ち、舞台は一瞬にして火炎地獄。
「くっ!」
油に囲まれたぜにま、ろくに動く事も出来ず。
ゑいかはその紐巻き取って、ぜにまに目掛けて一直線、猪突猛進に突っ込んでいく。
「近松屋! 一世一代の晴れ姿ぁ! とくとご覧くださゐませー!」
「くっ……!」
ぜにま気付く。
この技は油で動けない相手を襲い、共に燃え尽きる捨身技。
しかし時すでに遅し。
ゑいかの鬼女人形は蛇のような動きでぜにまに近付き、その腕に喰らいつく。
「あぶねぇ! 燃えるぞ!」「火事だーー!」「火消しを呼べぇ!」
観客たちも大パニック。てんやわんや。
そこにMCギダユウが大声で呼びかける。
「客席の皆様ー! 安心してください! 歌舞伎舞台は耐火性で燃え移りません! 客席は守られています! 落ち着いてください! 客席は絶対安全! 絶対安全です!」
曽根崎の森、大炎上。
「ぜにまさーんっ!」「いや、そんな……」
福内姉妹の悲鳴が虚しく響く。轟々と燃える火炎の中で、二人の姿は見ることができない。
その時。
――ヒュン! ヒュン! ヒュン!
炎の中から、刀が数本投げらて、歌舞伎舞台に垂直に刺さっていく。
「これは……!」
お舟が驚く。
――ヒュンヒュンヒュンッ!
――ドスッドスッドスッ!
飛んでくる刀止まらず。
まるで曽根崎の木から、降り注ぐ、桜の花びらの様に、辺り構わず投げられる。
その正体、それはぜにまが担いでいた籠の中の刀だった。
刀の柄で足場を作り、火炎地獄から抜け出して、天狗の様に飛び移る女の姿。
ぽにーてーるをなびかせて、侍ぜにま颯爽登場。
背中には気を失ったゑいかを乗せて。
「おっ〜とこれは! 炎の中から近松ゑいかをたずさえて、無事生還したは鳴神! いや改めまして侍ぜにまだぁぁっ!」
「「やったー!」」
お波とお舟、二人手合わせて大喜び。
ぜにまは最後に刺さった刀に片足で乗る。
「こりゃすごい!」「相手ごと助けるなんて粋じゃねぇか!」「めでたい!」
客席からは称賛の拍手。
ぜにまは拍手受けながら、客席に向け刀の上で見得をする。
「鳴神改めこのぜにま、拙者鞍馬の侍風情! 命を懸けたるOHーEDO歌舞伎、星満々たりと言えど月の光に勝つことあたわず! 外道に狂えば親が泣く! ならば見せよう、師武蔵の善常千本桜咲きぃ〜~~~~~~〜!!」
――いょおおおおおお〜〜〜! ポンッ!
「ぜにま屋!」「これぞ天下のお侍っ!」「天晴れ!」
客席、ぜにまの口上大興奮。皆立ち上がって大盛り上がり、すたんでぃんぐおべーしょん。
「「「ぜにま! ぜにま! ぜにま! ぜにま!」」」
「「「ぜにま! ぜにま! ぜにま! ぜにま!」」」
「いよっ! ぜにま屋、にっぽんいちぃ〜〜〜!」
――カン! カン! カンカンカンカン!
ーーーーーーーー
その後、火消したちにより無事鎮火された歌舞伎舞台。
あっという間に元どおりになっていた。
舞台に残るは刀を手に持ったぜにまと、目を伏せ、哀しい表情で正座をするゑいか。
「……あたしの負けでごぜゐますお侍さん。捨て身で負けた」
「良いではないか。見事な人形浄瑠璃に客席もおおいに喜んだでござろう」
「私はあんたを死ぬ気で殺そうとした! なのに、対戦相手に命を助けられるなんて……お家の恥! どうかここは潔く、この近松ゑいかの首、介錯していただきたい!」
ゑいかはぜにまに土下座して懇願する。
「嫌でござる」
それをぜにま即答。
「そんな!?」
「てやんでぃ! シケたこと言ってんじゃねえ!」「そうだ! そうだ! KABUKI十八番勝負は命を懸けた闘い! こちとら血を見たくて来たんだぞー!」
客席からはブーイング。
「……OHーEDOの皆よ! このゑいかが命を奪われるほどのことをしたか? 拙者にはそうは見えないでござる」
ぜにまは刀を鞘に納めて呼びかける。
戦いの中、そして今のゑいかに純粋に感じた気持ちを話す。
「嘘つけーっ!」「そんなこといいから早く腹切れーッ!」「ゑいか切腹しろーっ!」
「「「切腹! 切腹! 切腹! 切腹!」」」
観客たちは興奮してまともに話を聞いていない。
客席からの『切腹コール』。
「お侍殿。血飢えた観客は餓鬼の如し。腹の虫が治りませぬ。お侍殿が切って下さらないのであれば、この近松ゑいか、自ら腹を切らせていただきます!」
ゑいかは会場を見て覚悟する。
脇差するりと抜き放ち、即座に両手で握って振り上げる。
「やめろ! 近松屋っ!」
ぜにまは咄嗟にゑいかの腕を強引に掴んで止める。だがーー
――ヒュン!
1枚の手裏剣が、ゑいか目掛けてドーム天井からはなたれる。
「むっ!?」
手裏剣の光に瞬時に気付き、ぜにま居合抜刀。
――リィィィィンッ
スローモーションの世界の中で、手裏剣目掛けて刀を振るう。
しかし手裏剣の下に小さい手裏剣、二枚重ね、忍びの妙義。
居合でぜにまは一枚目の手裏剣の軌道を変えるが、二枚目の手裏剣はゑいかの肩をかすめ、血が出る。
――ドサッ
「これは痺れ毒かっ!?」
「曲者だぁーっ! 警備スタッフであえっであえっ〜! 忍者を捕まえろっ〜!」
舞台に倒れるゑいか。
ぜにまは倒れたゑいかを心配し抱え込む。
「こりゃなんだぁ!?」「一体誰の仕業だ!?」
客席は騒然、KABUKI座ドームはパニックとなるのであった。
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その出来事を、KABUKI座の特等席、桟敷席ですだれ越しに見る者がいた。
屏風が置かれ、脇息に肘を掛ける女。
十二単の宮姿。
長い黒髪腰まで届き、お歯黒、青の口紅。
舞台見つめる冷たい眼差し。
「ほう……源九郎や、生きておったとはのう。友切丸もほら、泣いておる」
宮女は手にある刀の鞘を撫でる。
「はるばる田舎から姉を慕って来てくれるとは……いとしいのう。そうは思いませぬか?イエヤス公」
隣にいるのは巨大な黒い影。
こうして波乱のまま、KABUKI十八番勝負、一回戦は幕を閉じるのであった。
◆◇◆◇◆(幕)◇◆◇◆◇
『人形浄瑠璃』……今では文楽とも呼ばれるが、人形劇に浄瑠璃と呼ばれる三味線と語りを合わせたもの。江戸時代に大阪で生まれ、三人で一つの人形を手で動かして操る人形芝居。当時、歌舞伎は人形浄瑠璃の人気作品を歌舞伎化したり、その演出を浄瑠璃側が取り入れたりなどお互いに影響を与えていた。
『女殺油地獄』……近松門左衛門の人形浄瑠璃の一つ。世話もの。登場人物を殺す場面でもみ合う内に油壺が倒れてしまい、油まみれになりながらの殺害するシーンは見もの。
『清姫』……安珍・清姫伝説から。能にもなっており歌舞伎では『京鹿子娘道成寺』がある。人形浄瑠璃ではガブと呼ばれる女の顔から鬼の顔になる文楽人形が有名。近松ゑいかが使用している。




