四の段 KABUKIヒーロー、ここに集結!
目を凝らせば、子蜘蛛の背中は髑髏になっているではないか。はて恐ろしき妖かな。
「これはまずい。まだ避難をおえてない者もいる。きさら、強力してくれるか?」
ぜにまは姉のもみじを背負いながらもきさらに懇願する。
「お前達姉妹との決着はいずれつける。だがその前に、あの目障りな虫けらをを叩き潰すとしよう」
きさらもこれに快く承諾。
しかしカラクリ大蜘蛛も止まっているだけではない。その目が一斉に下を向けば、自分の首を貫いた敵を視認する。
『ギャアオォォォーーーン!』
大蜘蛛は怒ったかのように再び大音量の咆哮を放ち、二人に向かって口を開ける。
――ギッコンガッコン
身体の通気孔から外気を吸い取る。またもや熱線を吐く準備。
狙いは足元のぜにま達。
「くっ、今すぐここから離れなければ!」
「なんだと」
「大蜘蛛はれーざーを放つ気でござる。あれを吐かれたらここいら一体が火の海と化すで候!」
「こいつ、OH-EDOを燃やす気なのか」
――ヒュオオオオオ!
二人が会話しているうちにすでに大蜘蛛の口には赤い光が集まる。熱戦が出る寸前。
一瞬にしてぜにまたちを消し炭にするその威力。
最早それを止められる手段がぜにま達には無かった。
その時である。
――ヒュ〜………………ドン!
カラクリ蜘蛛の口の中、突如爆発するは色鮮やかな花模様の光、
「あ、あれは……?」
――パラパラパラパラ
空に上がるは美しき打ち上げ花火。大蜘蛛の顔面大命中。
「「「ソイヤ! セイヤ! ソイヤ! セイヤ! ソイヤ! セイヤ!」」」
「「「ワッショイワッショイ! ワッショイワッショイ!」」」
そこに現れるは武士に商人、百姓、町娘。
士農工商、老若男女が神輿のように担ぐは10メートル以上の造り物。
赤素襖、ぜにま荒事もーどの時の姿を模した巨大人形だ。
しかも一体だけではない。後ろからは近松ゑいか、黙阿弥ててて、鶴屋お通、平きさらを模した人形神輿まである。
そして神輿たちの先頭で日の丸模様の扇子で音頭を取るは、我らが近松ゑいかと黙阿弥ててての二人であった。
「ぜにま姐さんお待たせしました! あっ隅田川花火大会用、特性KABUKIもの達の巨大人形でぇごぜゐます〜!」
威勢のいい声と共に、説明するゑいか。
なんとカラクリ蜘蛛を狙ったのは、この巨大人形たちの口に取り付けられた花火筒だった。
「ゑいかたち! 来てくれたのか!」
「てやんでぃ! 少々人を集めるのに時間があ、かかったでありんす!」
義賊姿の黙阿弥ててて。こちらも粋に振る舞う。
「ここは俺たちのOH-EDOでい!」「いつもいつも助けられてばっかじゃあ格好がつかねぇぜ!」「今回は私たちだってやってやらぁ!」
人形神輿を担ぐEDOっ子たちも自信誇らしげだ。
「それじゃあみんな! 大蜘蛛の頭狙って景気良くいくよ〜! あっそれワッショイ!ワッショイ!」
「「「ワッショイ! ワッショイ!」」」
ゑいかの声に合わせて、神輿担ぐEDOっ子たちが人形神輿を大蜘蛛に向ける。
すると、
――ヒュ〜………………ドン!
音頭に合わせてドカンと一発。
ぜにま人形の口に取り付けた花火筒、そこから三尺玉を発射する。
「た〜〜ま〜〜や〜〜!」
紅・青・緑の牡丹花火。
花火は大量に落ちてくる子蜘蛛の山にも命中。子蜘蛛はバラバラ、四方八方に散り散りになる。
「あっ! ワッショイ! ワッショイ!」
「「「ワッショイ! ワッショイ!」」
――ドドン! ドン!
今度はててての音頭でカラクリ蜘蛛の顔に命中。八つ目を黒焦げにする。
『ギャアオォォォーーーン!』
またもや雄叫びあげるカラクリ大蜘蛛。悲痛な声。
「てやんでぃ! 効いてるぜ!」「あたぼうょ! こりゃあ俺たちみんなの魂の花火よ!」
「いっけー!」
――ドン! ドン! ドン!
EDOっ子たちは次々と花火を発射していく。その勢い止まらず、怒涛の十連発。
「ゑいかさん! KABUKIものたちが勢揃いだ! みんなの気持ちを盛りあげるために、五人の見得! いっちょ見せてくださいよ!」
すると神輿を担ぐ『玉屋』とかかれたハッピ男。群衆の中から先導するゑいかに後ろから話しかける。
「いいでごぜゐます! 姐さんたち、いっちょ景気良くやってやりやしょう!」
「わっちも賛成でありんす。生き返ったきさらさんも、野暮なことは言わないでありんしょう」
「……ふん」
ゑいかの問いかけに腕組み無表情で答えるきさら。まんざらでもない。
「分かったでござる。だがその前に、どなたか姉上を見てくれぬか。怪我をしておる」
ぜにまが呼び掛ければ数人の医療を心得た町人たちが前に出て、その身柄を引き受ける。
「うらめしや〜……お慕いします。ぜにま殿……」
突如、草陰から女。浪人笠被った鶴屋のお通。
幽霊の如く姿を現す。
「お通!? いたのか、気づかなかった……」
「憎い……ぜにま殿が憎い……!」
お通の声にドスがきく。
「お通さんも一緒にやるでありんすえ」
「さっさとしろ。子蜘蛛の大群が落ちてきてるぞ」
きさらの声にハッとするぜにまたち。
見れば連なった子蜘蛛たちがぼとりぼとりと本体から地面に落ちてきているではないか。中には串刺しにした脚を伝うものも。
ぜにまたちは軽く耳打ちしてから、神輿人形の前、五人立ち並ぶ。
「行くでござる!」
ゑいか、ててて、お通、きさら、ぜにま。
横一列に子蜘蛛の大群迎え撃つ。KABUKIものたち名乗り口上、渾身の見得。
「任せられるは一番手、貧民街の泥の底、己が才能開くなら、EDOに咲きたる蓮華草! 一度は外れた人の道、桜の花びら導かれ、返り咲くなら一蓮托生、心中KABUKI! 近松ゑいか〜!」
――カカンッ!
「次を務めるは粋なヒーロー、義賊と呼ばれりゃ俺のこと! 盗む手捌き鮮やかに、この世で開けぬ鍵は無し、逃げる姿は美しく、その正体は今をときめく花魁すたぁ! てるてる坊主のてる坊主、冷たい雨ならいらないけれど、金の雨なら降らせやしょう! 義賊KABUKI! 黙阿弥ててて〜!」
――カカンッ!
「揺れに揺れたる恋船路……愛する人はどこにいる〜……そもそも私はどこにいる〜……。積もり積もった愛ならば……可愛さ余って憎さ百倍! この恨み、受け止めてくれますか? 鶴屋……恨めしや〜……怪談KABUKI〜。鶴屋お通〜……」
――カカンッ!
「盛者必衰、起死回生、不撓不屈の不倶戴天! 過激世KABUKI! 平きさら!」
――カカンッ!
「さて最後に控えしは桜並木の雲珠巻いて、辿り着いたがスパイラル! カラクリ大蜘蛛暴れても、KABUKIものたちゃかなわない! 宵越しいらずの身の上に、舞うは亡き師の遺した想い! 善常KABUKI! 侍~~~ぜにま〜~~!」
――カカンッ!
「「「「「五人合わせて! KABUKI『土蜘蛛退治』〜〜!」」」」」
「いよぉぉぉぉぉっ!」「天晴れ!」「KABUKIもの、にっぽんいちぃ〜〜〜〜〜〜!」
――ドン! ドン! ドン! ドン!
口上とともに花火が上がる。五人、己の武器を構えし見得。
ぜにまと十八番勝負を戦ってきたKABUKIものたち、あっせんぶる。OH-EDOを救うため、今ここに集結する。
だがしかし、既に五人の周りには何百匹の子蜘蛛が取り囲んでいた。
「わっちからいかせてもらうでありんす!」
てててが四人の前に立ち、和傘をバサッと開くなら、手元のゼンマイカチリと回す。
その瞬間、傘の先から赤い爆竹が大量放たれ、閃光と煙を上げながら強烈に破裂する。
子蜘蛛たちは爆竹に怯んで恐れ慄き、動きが止まる。
「てやんでぃ!」
その煙の中から黙阿弥ててて、華麗に登場。
和傘の手元を引き抜いて巨大キセルを振り回し、子蜘蛛たちをなぎ払っていく。
「せいやーーーっ!」
続くはは近松ゑいか。
遊女姿のカラクリ人形手に持って、子蜘蛛の大群に向かって突っ走っていく。
ゑいかは人形が手に持った刀で、子蜘蛛たちを蹴散らしていく。
「あっ! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏〜!」
ゑいかは掛け声とともに人形を置いて後方宙返り。するとカラクリ人形の両手両足がシュルルルルと伸びだし、子蜘蛛たちを瞬時にまとめて串刺し。
おまけにカラクリ人形の口が開くと中には光る回転ノコ。
子蜘蛛たちを自動で散り散りに噛み砕いていく。
『シャーッ!』
しかし子蜘蛛の一匹が、丸腰のゑいかにめがけて飛びかかる。
「ゑいかさん! 手を!」
傘で飛翔するてててが手を伸ばす。
「てててっ!」
――パシッ
子蜘蛛に噛まれるギリギリのところで二人は手を繋ぎ、飛んでいく。
そのままててては和傘のゼンマイ回せば、空中爆撃、火炎玉。子蜘蛛たちが火だるまに。
「EDOに喧嘩と花火は付き物でありんす」
「へぇ、てててにしてはなかなか面白いこと言いますね。今日だけは認めてやってもいいでごぜゐます」
「あら、ゑいかさんに認められるぐらいなら犬に認められた方が嬉しいでありんす」
「な、なにを~!」
「ほらほら、まだ子蜘蛛はいっぱいいるでありんす。まさか人形劇はもう終わりでありんすか?」
地面に着地する二人。ゑいかは腰から女人形を取り出す。
即座にその女人形の顔が鬼女の顔に。
「ふん! んな訳無いでごぜゐます!」
「その調子の方がゑいかさんらしい。気合入れていくでありんす!」
「ああ!」
二人はまた子蜘蛛の山に向かっていく。
――――――――
「恨めしや……」
一方、鶴屋のお通は火の玉を地中からいくつも召喚。子蜘蛛に向かって投げ飛ばす。
火の玉当たった子蜘蛛は断末魔を上げ、白煙と共に消し炭に。
「ふふふ……ぜにま殿の邪魔をするのは……私が許さない……」
お通、今度は地面を両手で触る。
すると今度は巨大な幽霊船が地面から出てくるではないか。乗組員は幽霊の骸骨たち。
『うかかかかか』『けけけけけ』
薄暗く発光している骸骨たちは刀を船に乗って笑っている。
「KABUKI……盟三五大切 (かみかけてさんごたいせつ)……!」
そのまま幽霊船は空中を進み、子蜘蛛の山に向かっていくではないか。
幽霊船は子蜘蛛の山に座礁、衝撃波となって爆発する。
『けけけーー!』
子蜘蛛たちがはじけ飛ぶ中、幽霊骸骨たちの叫び声むなしく響く。
「ふふふ……」
幽霊のお岩もいつの間にか現れて、お通と二人、カラクリちぇーんそーを持てば、残った子蜘蛛たちをその場で切り刻む。
「ああ楽しい……ああ楽しい!」
お通不適な笑み。
子蜘蛛の黒い返り血がお通の浪人笠にタタタッと張り付く。
――――――――
ぜにまときさら。
「はああーーーっ!」「いやあーーーっ!」
ぜにまは膝丸で、きさらは地面の木を引き抜いて、お互いを背にして子蜘蛛をあれよあれよと払い除ける。
バッタバッタと切るぜにま。切って切って切りまくる。
回転乱舞のきさら。叩いて叩いて叩きのめす。
二人の息のあった殺陣止まらず。
「きさら! 数が多すぎてこのままでは埒が明かぬ! まとめてやるぞ!」
「ふんっ。私に指図するな」
ぜにまは子蜘蛛を足場にして階段のように空に向かっていく、その姿、天狗の如く。
きさらは自分の手に持った木をぜにまに投げる。
――キンッ
即抜斬。ぜにまの居合により丸太のような木は瞬時に幾本の槍となる。
「ふんっ!」
きさらが地面を叩けば衝撃により子蜘蛛たちが宙に舞う。
――グサグサグサッ!
ぜにまの作りし槍に、きさらの打ち上げた蜘蛛たちが見事に命中、まとめて団子のように刺さっていく。
「見事うまくいったな! きさら!」
「へらず口は後にしておけ。まだまだ来るぞ、ぜにま!」
「そうでござるな!」
――――――――
「「「ワッショイ! ワッショイ!」」」
――ヒュ〜……………ドン!
EDOっ子たちも神輿人形の花火でカラクリ大蜘蛛を追撃、追撃。
OHーEDOの乱、今ここに巻き起こる。
「なんということでしょう! 今、EDOっ子たちの花火による砲撃が行われています! これが人の力か! 皆様、どうか希望を捨てないでください!」
天空塔スピーカーからギタユウの声が町に響く。
ぜにまたちの戦う姿は、まだ避難していないEDOっ子たちに希望を見せる。
先程壊れた自分の長屋の前で、泣きながら地面を叩いていた男。
前方の花火を見る。
「あれは……誰かの花火!? 戦ってる奴がいるのか」
男は涙を腕で拭く。
「てやんでぃ! 俺は何をしてたんだ! 泣いてる場合じゃねぇ、俺もみんなの手伝いに行くぜ!」
男は急いで神輿人形の元へと走っていく。
別の所では、道端で赤ん坊を抱いて座り込み、茫然自失となっていた母親。
「お母ちゃん! 早く逃げよう!」
娘が母親の袖を引っ張る。
その母親もEDOっ子の花火を見て、目に光が戻る。
「そっ、そうね! 座ってる場合じゃない!」
母親は立ち上がる。
「お姉ちゃんはこの子をお願い。先に避難してて、とにかく遠くに逃げるの。母さんは長屋のおばあちゃんを助けに行ってくるわ!」
「わたし……」
母親は娘の肩に両手を置く。
「大丈夫、母さんも長屋のおばあちゃんと必ず一緒に戻ってくるから。あなたがその子を守ってあげて。困った事があったら他の大人を頼るのよ」
「うん……分かった! わたしやる!」
娘は赤ん坊をしっかりと抱く。
「気をつけてね!」
親子は別方向に走り出す。人々は決して諦めない




