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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
最終幕 『土蜘蛛』退治!KABUKI大江戸すぱゐらるの段
48/52

三の段 もう一人の侍

ーーーーーーーー


 カラクリ大蜘蛛は日本橋、小伝馬町を破壊して両国浅草方面へと移動してゆく。

 目指すは隅田川、錦糸町方面。MCギダユウのいるOH-EDO天空塔。


 大蜘蛛の足が通った後には草一本も残らない。全てを粉々に踏み潰す。今やOHーEDO三越本店も潰され木屑に。


「お助けぇ!」「どっちへ逃げればいいんだい!?」「あれとこれと、それを持って……」「逃げろぉ! 逃げろおぉ!」


 町人たちの避難はまだ出来ていない。

 大蜘蛛が歩けばそれが地響きとなり、古く壊れかけの長屋は簡単に崩落する。


「きゃあああ!」


 一人の逃げ遅れた女は崩れた長屋の瓦礫がれきで下敷きになっていた。


「おかっつぁん!」


 女の脚は瓦礫に潰され、身動きが取れない。心配するは年端も行かぬ息子。

 母親の足に重なった瓦礫を手でどけようとするが、子供の力ではびくともしない。


「おかっつぁん、今オラが助けてやるからな」


 息子は木の棒を探してくると、テコの原理で母親の上にある塊を持ち上げようとする。しかし これがなかなか持ち上がらない。

 母親は呻き声をあげ、太ももからは出血している。


 しかし母親は痛みを我慢し息子に話しかける。


「いいかい。母さんを置いてあんただけで逃げるんだよ!」


「やだよっ! そんな事できないよぉ……! おかっつぁんを一人になんて出来ない! うううっ!」


 息子は泣きながら、また木の棒に力を込める。

 しかし木の棒はボキっという軽い音を立てながら頼りなく折れてしまう。


「もういい! お前だけでも逃げな……!」


「いやだ……いやだよぉ……! おかっつぁんと死ぬよ!」

「この馬鹿! 頼むから母さんの言うこと聞いてくおくれ!」


 カラクリ大蜘蛛はすでに二人の真上。今その足を動かせば二人の命など造作もなく踏みつぶされてしまう。それはまさに人間の足に踏みつぶされる蟻のように。


 しかし突如、OH-EDOに静寂が訪れる。


「おかっつぁん……蜘蛛が……」


「あたしたち、助かったのかい……?」


 親子が見れば先程まで動いていたカラクリ蜘蛛がピタリと止まっている。


 ――バタバタバタバタ〜カカンッ!


「あっ〜〜不動の見得〜〜!」


 声は親子の数十メートル後方。輝く青の光。

 一人立つは不動明王の見得する並木もみじの姿ではないか。

 なんとカラクリ蜘蛛の足を押し留め、親子を救ったのはもみじの見得の神通力であった。


 そこに歌舞伎マントをはためかせたぜにまが、丁度辿り着く。


「姉上……っ! 良かった、生きておられましたか!」


「さくらか。今はあの親子を助けてやってやれ。……姉は土蜘蛛を止めているでおじゃる」


「はっ!」


 姉妹感動の再会もままならず。

 急いでぜにまは親子の元へ行き、落ちている木の棒をテコにして瓦礫に突き刺す。

 力を込めれば、母親が抜け出せるだけの隙間を作る。


「今の内にでござる!」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「良かった! おかっつぁん……!」


 母親はぜにまと息子に引っぱられながら瓦礫から抜け出す。

 体が全て出た後、ぜにまは自分も母親に肩を貸してやり、その場から移動する。


「とにかく遠くへ逃げるでござる!」


 ぜにまが親子を安全な場所まで運ぶと、二人はぜにまに泣きながら感謝して逃げるのであった。


 ――バタッ


 しかし倒れる音。

 ぜにまが振り返れば、地面に倒れ込む姉の姿。


「姉上っ……!」


 ぜにまが駆けつけ体を抱きかかえる。

 見れば並木もみじの全身は酷く傷ついており、その十二単も血で染まっている。

 もみじはKABUKI勝負の傷を負ったままであった。それは並の人間では立ってはいられないほどの裂傷。


「こんな体で動いてはなりませぬっ! 姉上!」


「姉は……土蜘蛛を止めねばならぬ……! この肉体を奪い、もみじの人生をも奪った土蜘蛛を!」


 言葉とは裏腹にもみじの息はどんどん小さくなっていく。


「姉上、まずはお休みを。あとは拙者が!」


 ――ズズズ……


 その時だった。

 音と共に動き出す大蜘蛛。もみじの見得の神通力が消えたことにより、カラクリ蜘蛛は二人に向かって脚を持ち上げていた。


「しまった!」


 ぜにまは姉を抱えて急いで走り出す。しかし時すでに遅し。

 とても間に合わない。


 カラクリ大蜘蛛はその脚は振り落とす。

 二人は今にも押し潰される。








 ――ズシン…………ッ! 地面に砂煙が巻き起こった。



 









 

「ふん……まさかこの私が源氏を助けることになるとはな」


「お、お主は……」


 姉と共に地面に倒れこんでいたぜにま。

 見上げれば、蜘蛛の脚を両手で支える女が一人。


 血のような赤髪青メッシュ、白の衣を身につけた、血涙溢れる剛力の者。

 そこには死んでいたと思われていたきさらの姿があった。


たいらのきさら、ここに有り! はああーーーっ!」


 きさらは手に力を込め、蜘蛛脚をバリバリバリと指を食い込ませる。


「きさら! 生きておったのか!?」


 まさかの事態にぜにまは驚愕した。助けられなかったきさらの命。

 それが今目の前にいる。喜びが全身から湧いてくる


「あの後、私も死んだと思っていた」


 きさらは目を閉じ、何があったか思い出す。


「薄れゆく意識の中で死んだおやすにあった……」


ーーーーーーーー


 水の中。

 KABUKI勝負に敗北したきさらは夢を見る。


 目の前に現れるは死んだはずの従妹いとこのお安。六歳の女子おなご。その全身は光輝いている。

 

『きさら』


 お安はまだ幼い子供の声で話す。


「お安か……。すまなかった。私はお前を守ることが出来なかったよ」


 きさらは目を伏せる。

 これは死にゆく自分が見てる夢だときさらは気づいていた。それでも目の前にお安が幻として現れたのなら、かける言葉は謝罪しか見つからない。

 その命を守ると誓ったのに、果たせなかった自分。


『ありがとう、きさら。いつだってきさらは私のこと守ってくれたよ。だからね……今度はほかの人を守ってあげて』


「他の人だと……。この世にいるのはお前を殺した、源氏の血を引くものだけだ」


 きさらの体はゆっくりと暗い水底に沈んでいく。それはきさらの想いのように。


『ううん。そうじゃない。きさらと同じように、誰かを守ろうとしている人がいるよ。だからきさら、人をうらまないで』


「お安……お前は……あいつらを許せというのか……」


 全てを諦めたきさらにお安の言葉は届きはしない。

 その身体は重く、深い水底にどんどん沈んで落ちていく。

 深く、暗く、一切光の届かない闇に。


 そんなきさらにお安は近づく。


『うらみで自分を責めないで、きさら』


「……それが出来るほど……私は強くない」


 きさらの哀しみの心には既に誰も踏む事は出来ない。

 人からは蔑み、否定され、大切な人をも殺された。人を憎み、自分の人生を嘆き、落ちる自分の姿。全てをこの目で見てきた。


 水底にゆっくりとその身体は沈み込み、お安ときさらの距離は離れていく。


『……できるよ。きさらなら。だって、きさらといた時間、わたし、とっても楽しかった……!』


「お安……」


 お安は沈んでゆくきさらに近づくと、その小さな腕で抱きしめる。

 顔をうずめるお安。


『いっしょに海に行ってくれたこと、手をつないでくれたこと、色んなお話をしてくれたこと。わたし……わたしぜんぶ忘れない!』


 お安は必死にきさらの心に呼びかける。


『きさらは悪い人なんかじゃない……。わたしの一番大好きで、優しい人……』


「お安……」


 沈みゆくきさらの身体が、止まる。

 お安は顔を上げる。


『きさら?』


「……ありがとう、お安。思い出したよ。私が憎しみで忘れてしまった、侍になった理由……」



 きさらの優しい笑顔。












「私は……人の命を守るために、侍になったのだ」











 きさら、ついに目覚める。


 『きさら……!』


 きさらの姿にお安も嬉しそうに笑う。それは自分が知っていた、誰よりも優しく強い、いつものきさらの姿。


 その途端、お安の輝きはより一層光を放つ。


「これは……?」


『だいじょうぶ。きさらはわたしが守ってあげる』


 きさらと手を繋いだお安は浮上していく。暗い水底から、今度は光輝く水面へ。


『竜宮城! いつかきっと二人でさがそうね! やくそくだよ!』


 お安はさらに輝き始め、泡となって消え始めるではないか。


「お安……!」


『ばいばい! きさら!』


ーーーーーーーー


 ぜにまたちを蜘蛛の足から守るきさら、目を開ける。


「気が付けば私は隅田川の底にいた。神通力が勝手に私の身体を生かしたのだ」


「そうだったのか。よもやお主の神通力は、お安殿がくれたのかもしれぬな」


「ふんっ。川底から起きて見れば、EDOは破壊され、憎き頼朝は虫の息。こんなことならあのまま死んでおれば良かった」


 そう言うときさら、腕に力を込める。そして掴んだ蜘蛛の脚を思いっきり引っ張るとーー


「はああっ!」


 蜘蛛の脚をブチブチブチッと音立てて、カラクリ大蜘蛛の本体からその剛力で引き千切る。


『ギャアオォォォーーーン!』


「せいやーーーっ!」


 嘆く蜘蛛に向かって、今度はきさら、引き抜いた脚をやり投げと同じ要領、大蜘蛛に投合。


 ――ズブリッ!


 見事、投げた脚は大蜘蛛の顎を貫通、串刺しにする。

 

 ぜにま、目の前のあまりの光景にたまげ口が開いてしまう。


「流石きさらの怪力……。拙者、どっちが恐ろしいのか分からなくなってきた……」


「ふざけた事を言ってる場合ではない。見ろ、ぜにま」


 きさらは大蜘蛛を睨みつける。

 二人の目線の先、見ればカラクリ大蜘蛛の串刺しになった隙間から、真っ黒の子蜘蛛がわらわらわらと大量に湧き出しているではないか。


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