十の段 『侍ぜにま』VS『源頼朝』 ⑤
何処かから討入り太鼓が鳴らされて、舞台袖より黒衣スタッフが現れる。
松の廊下セットを組み替え、現れるは高師直邸表門。
屋根瓦に雪積もる立派な木造の門が出現する。
頼朝の十二単の表着を黒衣スタッフが引き抜くと、下から現れるは黒と白、討入り姿の打衣。赤穂浪士姿。
歌舞伎舞台にはしんしんと季節ハズレな雪が降る。
頼朝、兜頭巾を被り口上。
「今は亡き『塩屋判官』の為集まった47の浪士たち。主君の仇を討つべくし、パワハラ『高師直』邸へ。『大星由良之助』真に刀を抜く相手、それは師直ひとりではない。理不尽な力が支配する、狂った日の本この社会! ひとつしかないこの命、46でも足りませぬ、この世に正義を示す為、命を懸けたるあべんじゃーず! 武士道〜〜な〜〜り〜〜!」
頼朝は雪が降る中、膝をつくぜにまの元へ。
友切丸の刃を、動けぬぜにまの肩に置く。
「ぜにま、せめてもの情け、頼朝が武士らしく首を介錯してやろう」
ぜにま絶体絶命。
しかしぜにまの頭の中では、それよりも姉に対する疑問が巡る。
何故突如優しかった姉が、手段を問わず人を殺めるようになったてしまったのか、何が目的なのか、そこまでして何を得たかったのか。この社会の頂に立ち、狂ってしまったというのだろうか。
自分の命を失うかもしれない。だからこそ、今一度心の底からぜにまは問う。
「なぜだ……! なぜ姉上は弱きものに対し残虐非道を行うようになったのだ!?」
「ほう。弱きものとな?」
問われ頼朝、長巻の刃をぜにまの首に置きながら空を見て考える。それは予想だにしない質問だったのか考え込んでいた。
少しして頼朝は手を広げ観客たちを指し示す。
「ふむ、妹よ。見よ。弱者とは何か? この客席にいるやつらか」
神通力で動けないOH-EDO町人老若男女、その全てが目を見開いてぜにま達を見ている。
「いや、違う。こいつらこそ誰よりも他人を見下し、自分より裕福な者を見つければ被害者意識で攻撃する。弱さを盾に……いや武器にして。さて、どっちが弱者よのう?」
頼朝の答えは決して嘘ではない。これが本心であるとぜにまは感じた。
「ぜにまは他者を否定することも厭わない、そんな者たちを頼朝に認めろというのか? 頼朝は強者と呼ばれるものこそ可哀想と思うのでおじゃる」
「だからといって、姉上の好きにして良いはずがない!」
「頼朝は全てを守ってあげてるのでおじゃる。それが力を持って生まれた頼朝の定め。そうでなければ姉も殺されていた。妹だけには分かって欲しかったのにのう……残念でおじゃる」
哀しみの影。
それは終始笑みだった頼朝が見せる初めての表情。ぜにまはその変化に気づく。
「お別れでごじゃる妹よ。来世があるならばまた逢おう」
頼朝は友切丸を天に向ける。
ぜにまは目を伏せ、静かに俯いていた。
「忠義を立てた武士の生き様、仇討ちKABUKI! あゝ大〜団〜円〜! 討ち取ったり〜〜〜!」
頼朝はついに刃をぜにまの首に向かって勢いよく振り下ろす。
「…………あな?」
ぜにまの頭からわずか数センチ、長巻がピタリと止まる。
「分かったでござる」
右手。それはぜにまの頭上で力強く開かれた、ぜにまの右手。
なんとぜにまは頼朝の相手を支配する神通力の中、動いたのであった。
「それは石投げの見得……ほほう神通力か! それも頼朝と同じ力とな」
ぜにま奇跡の神通力。
九死に一生の瞬間、思い出したは修行の中で幾度と見た師の姿であった。ぜにま渾身、KABUKI石投げの見得。
同じ能力の神通力で頼朝の動きを一瞬だけ止めたのだ。
「拙者は、姉上を殺すためここに来た」
ぜにまの目からは太陽のように赤い血涙が溢れる。
「でも……やっと分かったのでござる。自分の答えを」
思い起こすは鞍馬山、今は亡き師武蔵との記憶。
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山小屋の和室で窓を開けるぜにま。その隣には武蔵がいた。
ぜにまの手には居合の修行の時に助けた片羽を失った青い蝶が、新しい羽を付けて静かに止まっている。
武蔵とぜにま、二人によって新しく繋がれた羽、日光を反射してキラキラ輝く。
「羽を動かすでござる!」
「ほい! 怖くないぞ!」
ぜにまは両手を窓の外に突き出して、蝶が飛ぶのを待つ。先には快晴の大空。
蝶はゆっくりとはばたき始め、ぜにまの手から離れる。
久しぶりの飛翔に羽ばたきがおぼつかないようだが、徐々にヒラヒラと、蝶は大空を自由に飛んでいく。
「達者でござる〜!」
「元気に生きるんだぞ〜」
二人並んで声援を送るぜにま達。その目には、横風に煽られるがそれでも自分の好きな方向へ飛んでいく蝶が爽やかに映った。
「良かったでござるな先生」
「うむ」
腕を組み、満足そうな武蔵。ふと思いついたことを語る。
「のう、さくら。全ての生き物は皆等しく生まれを選ぶことは出来ん。そういう意味ではこの世に生きる全ての生命は、運命という大きな螺旋の前には同じく皆弱者なのかもしれんな」
「ふむ。そうかもしれないで候」
「だからこそ、助け合う気持ちが必要だとワシは思う」
武蔵の言葉がぜにまは少し気になった。そして部屋を振り返り考える。ぜにまの目に映るのは、壁にかけてある自分の刀、源氏の宝刀『膝丸』。
頼朝に殺された両親が残してくれた刀。
ぜにまは疑念を言葉へと変える。
「……先生、なぜ人間だけは他の動物と違って悪意があるのですか? 人は悪意で他人をも殺す……必死に生きている他人を」
今まで生きてきた理解したこの世の理不尽さ。人は力で人から奪い、傷つけ、時に殺す。それが人間の自然であるというならば何と悲しいものだろうか。
ぜにまの拳はゆっくりと握られる。
「うーむ……。ワシにもそれは分からん。いつの世も人は己の事ばかりだ。ただ」
「ただ、何でござる?」
天を仰ぐ武蔵。青空には先程の蝶が飛ぶ。まぶしく、美しく、力強く、太陽に飛び込んでいく。
「人に悪意があると同じように、善に惹かれる心もあると思うてな。その素晴らしい気持ちだけは未来永劫続いてくと、ワシは思うのだ」
ぜにまは意味が分からなかった。
武蔵はそんなぜにまの方に振り返り、その肩に自分の大きな手を置く。
「先生……?」
目に映るは真っ直ぐな瞳、ぜにまを信じる武蔵の姿。
「さくらよ、運命に負けるな。お前は何にでもなれる。……立派な侍にもな」
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歌舞伎舞台で片腕を上げ、石投げの見得をするぜにま。
「師の遺してくれたこの腕。この腕は、力で奪うためではない。困っている人を思いやり、互いに支え合うための腕!」
ぜにま顔を上げる。その心に迷いなし、己の答え、見出しけり。
「拙者は大切な人がいるこのOHーEDOも、姉上も助けたいでござる……!」
その瞬間、ぜにまの片目からは赤い閃光が放たれる。
光は舞台と客席を照らし上げ、二人の見得の神通力はお互いを打ち消し合う。
「やっぱり……ぜにま様はそうでなくっちゃ……!」
光輝くぜにまの姿を見て、涙を流すはお舟。復讐に、人斬りの外道に自ら堕ちようとしていたぜにま。しかしそれが本当のぜにまで無い事を誰よりも信じていたお舟。胸の中のあたたかい感情全てが涙に変わる。
「自分の力の使い方 心得るは スパイラル!」
ぜにまの赤い光はさらに輝きを増していく。
しかし頼朝怯みもせず、不敵な笑みはたたえたまま。
「妹もKABUKIの真髄に入門したでおじゃるな。姉も嬉しいぞよ」
「姉上……本当のKABUKIはここからでござる。この並木源九郎牛若さくら、またの名を、善仁巻がお相手仕る!」
「ほほう、見せてたもれ」
頼朝は友切丸をスッと構えて待機。
ぜにまは客席向かって口上あげる。
「今からお見せするは流転する運命に翻弄され、抗おうとする者たちを、儚く豊かに描いた物語! KABUKI『義経千本桜』〜~~~~!」




