九の段 『侍ぜにま』VS『源頼朝』 ④
鳴物太鼓が景気良く鳴る中、黒衣スタッフ現れて五条大橋セットを舞台袖にしまう。
背景セットは廻り出し、廻る廻るの廻り舞台。現れるは足利館、松の廊下セット。
黒衣スタッフが頼朝の壺装束をバッと引き抜くと、現れるは十二単。真っ赤な唐衣、目に映えし。
歌舞伎舞台の袖にある電光めくり台には『仮名手本忠臣蔵』の文字が表示される。
「足利幕府の重役『高師直』! 目下の『塩屋判官』の妻、顔世御前に、せくしゃるはらすめんと〜!」
頼朝、動けぬぜにまに近づいて全身を撫で回す。
妖艶の如くその手つき、ぜにまの細い体を服の上から確認するように。
「ぜにまも大人の身体になったのう?」
ぜにまは頼朝に怒りの眼光を向ける。
最後に顎を持ち上げ頼朝、支配の笑顔。
「顔世御前にフラれた『高師直』は、旦那である『塩屋判官』に暴言侮辱、人格否定〜! 立場で言い返せない判官。ああっ、ぱわ〜はらすめんと〜!」
頼朝、今度は長巻でぜにまが着ている素襖の大袖を切り落とす。
――ドサッ!
もがれた羽の如く、赤の布が舞台に力なく落ちる。
「誰よりも、不正と偽善を許せぬ判官、ついにパワハラ耐え切れず、松の廊下で刀抜く〜!」
今度は頼朝、刃を切り返しぜにまの眉間を軽く切り上げる。
――シュッ!
「あっ、殿中でおじゃる~!」
「ぐあっ……!」
眉間に痛みが電流のよう走り、水のような血液がとめどなく噴き出す。
それと同時にぜにまは膝から崩れ落ちる。
同じ瞬間、会場の観客たちも糸がほどけるように解放されていた。
「……う、動けるようになったでありんす」
「これはきっと、頼朝の神通力は長くは続かないということ。ぜにま姐さんにもまだ反撃のチャンスはある……!」
ゑいかたちは指を動かしながら冷静に頼朝を分析する。
神通力であっても弱点があるわけではない。勝機はゼロではないはず。
「まさかまさか! これは一体どういうことだ〜ッ! 現将軍、徳川イエヤス様は頼朝様の傀儡だった!? 今明かされる衝撃の真実!」
同じく神通力から解かれたMCギダユウ、空中カラクリ台座から一足遅れて解説、ここぞとばかりに大声上げる。
「前代未聞の事件にこのまま私、実況を続けていいのか分かりませんが、気にせず続行させていただきます! しかし頼朝様の全てを静止する見得。まるで超能力のような技ですが、これが観客への攻撃とみなされれば失格扱いになります! これは許されるのでしょうか!?」
MCギダユウ茶々入れる。
すると舞台にいる頼朝の、能面のような冷たい目と目が合ってしまう。
「ひぃっ! 今の言葉は失言でした! 客席を魅了する素晴らしい御技! 胸熱くするKABUKI! 皆様もどうぞお楽しみくださいませ〜!」
顔を引っ込めるギダユウであった。
「うっ……頼朝ォ! 覚悟っーーー!」
ぜにま何とか立ち上がり頼朝に向かって即一閃。
「あゝ! 元禄見得!」
――バタバタバタバタバタ〜ッカカンッ!
今度は頼朝、左手と左足を前に出し、右手を水平にぐっと伸ばした見得をする。
瞬間、またもや頼朝の目からは青い光が輝き始め、KABUKI座ドームにいる全ての人間が頼朝の見得に釘付けにされる。
「うっ……!」
客席のお波はうまく呼吸出来ないなり、苦しい顔をする。
「恐ろしいのうぜにまは。しかし頼朝の見得、一回だけとはもったいなかろう?」
「くっ……!」
ぜにま動けず。
「パワハラ『高師直』生き残り、斬りかかったは『塩屋判官』、その罪問われ切腹する。しかし無念の思い、部下の『大星由良之助』に託される〜!」
頼朝、膝をついているぜにまの腹に、友切丸の刃を当てる。
「九寸五分を突き立てるにはまだ早いかのう?」
途中で心変わり、刃を振り上げればぜにまのカラクリ義手を切り落とす。
――ガシャンッ!
ゑいかが用意してくれた義手が重たい音を立てて、歌舞伎舞台に落ちる。
「次は何処を切ろうか」
頼朝、今度はぜにまの白い柔頬に刃を当てる。
――つーーっ
「うっ!」
頼朝がゆっくりと友切丸を引いていくと、白い頬から鮮血が垂れ、ポタリポタリと舞台に落ちる。
ぜにまは冷たい刃の感覚と、肉が切られる熱い傷の痛みに同時に襲われた。しかし顔を動かすことも、痛みに抵抗することもままならず。
観客のお舟は傷つくぜにまの姿から目を背けようとするが決して背くことができない、頼朝の神通力。
お舟の目からは涙がこぼれる。
「ぜにま様……!」
頬かな流れるぜにまの血。
頼朝はその血を手に取ると、ぜにまの顔にべったりと塗りつけ頬を緋に染める。
「色にふけったばかりにか、いすかの嘴と食い違う。よう似合うでごじゃる」
頼朝今度はぜにまの髪を指に絡める
「この馬の尾のような髪も余計でおじゃろう」
――バサリッ
頼朝一閃、ぜにまのぽにーてーるを切り落とす。
髪は無残にもハラハラと下に舞い落ちる。
「あな美しや〜!」
だが同時にぜにまの身体はまたもや神通力から解放される。
神通力の効力が時間で切れたのだ。
ぜにま、ぽにーてーるを切られるものも接近戦。
目線を下げた居合の一閃、すぐさま放とうとする。
「あゝ! 関羽見得!」
――カカンッ!
今度は頼朝、『友切丸』立て、無いヒゲ掴む見得をする。その姿まさに長髭、関羽の如く。
くしくもぜにま、一歩もその場から動けない。連続で続く頼朝の見得。
しかし頼朝の目線を直に見たわけでない。一体なにゆえ。
見れば歌舞伎舞台に散らばった鏡のかけら。これは少し前、頼朝が投げた鏡手裏剣の破片。
頼朝の姿を反射して映していたのだ。
「ぜにまはかしこでおじゃるな〜。しかし鏡に映る頼朝の姿はうるはしいでおじゃろう? 何をやっても全て無駄でおじゃる。頼朝が本気を出せば、この神通力、瞼の薄皮も通り抜ける。たとえ床の下に隠れていても〜!」
頼朝は唐突に歩き出し、歌舞伎舞台の中央へ。舞台の床に狙いつけ友切丸を突き立てる。
刃が刺さった床からは、血溜まりが現れる。
「のう〜? 忍者富樫よ。セリの下で息殺し、頼朝の毛でも抜くつもりか? せっかく抱えてやったというのに、鞍馬山ではぜにまを殺し損ない、今度は頼朝を裏切るとは。誰の差し金か知らぬが流石忍者と言ったところ」
頼朝は舞台下に隠れていた謎の忍者にグリリと刃を立てる。
床下からは忍者とおもわれる苦痛の声がかすかに聞こえる。
「やめろ頼朝……!」
「ははは、力を持ったものは何をしても許されるのでおじゃる。むしろ他者を攻撃することこそ力の証明。『高師直』もそうでごじゃろう。悪いのは人を変えてしまう力でごじゃる」
頼朝は長巻を舞台から抜き、青い血涙を流しながら語る。
「スパイラルも巻き終えた! 次は日の本全てを支配しようかのう〜! 弱者の恨みは怖いでおじゃるからな。頼朝が代わりに支配して、皆を守ってあげるでごじゃる。理不尽な力が存在するこの世界から、あゝ〜『仮名手本忠臣蔵』最終幕〜! 高師直邸討入りの段!」
――ドンドンドンドン!
――ドンドンドンドン!
『仮名手本忠臣蔵』……歌舞伎を代表する演目の1つ。実際に起こった赤穂浪士の仇討ちを元にした時代物の名作であり、長らく親しまれている。歌舞伎演目と史実のものとは登場人物の名前が帰られている。物語は全11段構成。




