八の段 『侍ぜにま』VS『源頼朝』 ③
頼朝フワリと跳躍し、橋の装飾、擬宝珠と呼ばれる玉葱型をした飾りに着地。
「ほほほ。頼朝も見くびられたものでおじゃる。いとしい妹よ、共に踊るのは楽しかったぞ。それもついにここまで。ここからは頼朝のKABUKI、とくとその目に焼き付けるでごじゃる」
頼朝は懐から出した黒い数珠を左手に持ち、右手に欄干から抜いた友切丸を胸に構える。
「お〜ほほほほほ! この出で立ち、不動明王の尊形に象るなり!」
頼朝、不動明王の姿を模した特別な見得をする。
表情は片側だけ寄り目のような形をし、ぐっと客先睨んでみせる。
――バタバタバタバタバタ〜〜ッ! カカンッ!
その瞬間。
今の今までぜにまの声援に騒がしかった会場が一瞬にして静寂に包まれる。
「かっ、からだが動かねぇ……」「オレもだ、一体どういう事だぁ?」「わたしも瞬きすら出来ない」
観客たちは目を見開いて身動き取れず。わずかに小声で会話することが精一杯。
頼朝の見得に釘付けになってしまう。
会場は異様な無音で包まれる。それはどうみても自然現象ではありえない異常事態。
人々に得体の知れない不安が広がる。
「何の力でごぜゐますかこれは……まるで金縛りにあったみたいです……」
「……これはまさか神通力……!?」
ゑいかやててて達も等しく、頼朝の見得で全身が硬直。指一本も動かせない。
二人には覚えがあった。これはぜにまやきさらが使っていた人ならざる力。神通力であると。
舞台の頼朝の目からは青い血涙とろりと垂れて、その白顔を不気味に隈取る。
「ほーほほほほほ! 頼朝の見得は極みの見得! この両目を見たものは、時が止まり釘付けになる。その力、大地を統べ、天をも睨むアメノウズメの神〜〜通〜〜力〜〜〜〜!」
頼朝の片目からは妖しい青の光がまばゆく放たれる。恐ろしき力。
「くっ!」
神通力はぜにまにも行き届いていた。
身体を動かすこと出来ず。まるで屈伏したかのように膝をついて、頼朝を睨むことしか出来ない。
余裕の頼朝。両手を広げ、続けて客席向かって口上あげる。
「この世は力〜。力が全て〜。血も金も才能も、全ては力、力でおじゃる。なぜ弱者が自分の弱さを声高に訴え庇護を求めるのか? それは力あるものに一瞬に踏み潰される恐怖を知っているからでおじゃる。弱いから、守ってくれるよう泣く赤子」
友切丸で客席をなぞるように指す。頼朝の目に映るのは誰か。
「全ての動物はただ生まれてくる。赤子から育ち己を知った時、鼠はいつ踏み潰されるか分からない象に怯え始めるのでおじゃる。そして象は赤子の時から力持つ、望んで象になったわけでもないのに。何故生まれた時から力の優劣があるのでおじゃる? 醜きものは美しきものに、凡人は天才に、貧しき者は富める者に、子は親に、弱きものは強きものの支配に怯え、恐怖し、そして恨む。生きている間、強き者への不満のゼンマイ永遠に回し続ける、カチリカチリと。生まれも選べはしないというのに」
頼朝、またもやよよいと日の丸の扇子を懐から出し、バサりと開けば口元隠して目を細める。
その目は笑っている様にも怯えている様にも映る。
「頼朝は怖い。全ての力を持って生まれてしまった事が。頼朝は憎い。この力というものが。しかし決して力の平等という、嘘紛い事も言うこと出来ず、無くすことも、あゝ出来ない。ならばこれは、不平等な力が存在するこの世への復讐、死んでいった弱者のための仇討ちでおじゃる。頼朝は何百年も続く力の支配を作った。弱者が常に恨みのはけ口として、あゝ徳川将軍自動カラクリ木偶人形。永遠に続く太平の支配。全ての人間が弱者になる、判官びいきのSAMURAIシステム、それがこのOHーEDOスパイラル。弱者は奴隷のようにゼンマイ工場回すでおじゃる。人々が恨むように、血を、金を、才能を、永遠に頼朝が力への執着を全て受け止める。それがせめてもの、頼朝がみんなへ贈りし賜う物、あゝ力への仇討ちよ、公死にたまふことなかれ〜~~~~ 」
頼朝の口から出る、恐るべきOH-EDOスパイラルの真実。
頼朝は口上を言い終わるとなんと、桟敷席、葵紋が描かれた簾に向かって鏡手裏剣を投げつける。
――ストン! ストン! ストン!
簾は破れ、中から現れるは大江戸幕府99代将軍『徳川イエヤス』。
巨大な椅子に座った具足姿のイエヤス公だが、鏡の破片が喉元に刺さってもビクともしない。
「オノレヲ責メテ、ヒトヲ責ムルベカラズ……オノレヲ責メ……責メテ……ヒ……ヒトヲ責ムル……べカラズ……」
イエヤス公の声が機械的に何度も繰り返される。それは人間ではない。人工的な物質である証拠。
客席は変わらず頼朝の神通力で静まりかえっていた。
だが一連の出来事に、静寂の中、徐々に、しかし確実に小さな悲鳴が広がり始める。
「嘘だろ!? 将軍様がカラクリ人形だって?」「そんなこと信じられる訳ねぇだろ!」「でもあれはヨォ、どう見ても人形だ!」
静かに驚愕するもの、現実逃避するもの、怒るもの、泣くもの、笑うもの。混沌が客席を包む。
それはお舟たちも同じであった。
「将軍様がまさか信じられないわ!」
「頼朝がEDO幕府をずっと操っていたということでごぜゐますか? それでは何百年も生きているということになります。そんなことありえない……!」
「分かりんせん。ただ今言えることは、頼朝は全ての黒幕であるということ」
OHーEDOを揺るがす驚愕の事実にぜにま一行も動揺を隠せない。
人々のKABUKI勝負への熱狂は冷めていき、背筋の凍る不気味さに徐々に支配されていった。
そんな客席を無視して、頼朝は動けぬぜにまにその細い目で笑いかける。
「ぜにまも自分の主張を力で証明してきたでおじゃる。どうじゃ、KABUKI勝負は面白かったでごじゃろう? 幕府に楯突くKABUKIものを、ぜにまがまとめて相手してくれるとは、姉は幸せものでごじゃる〜」
「頼朝っ……!」
「力こそ理想を叶えるために必要なもの。たとえ頼朝に勝ったとしても、それこそ力の証明よのう、ぜにま。ほほほほほ。そこで悔しそうに見てるでおじゃる」
「ぐっ!」
ぜにまは今すぐにでも姉の喉笛を切りたかった。自分自身の凄惨な過去も、江戸で様々な悲劇が生まれていることも、全ては江戸を支配する姉のせいではないか。
しかし体は動かせず、何も抵抗することも出来ない。そんな自分が情けなくてしょうがなかった。
ぜにまを置いて、頼朝は友切丸をドンッと舞台に打ち付ける。
「頼朝がこれから披露するは永遠の仇討ちKABUKI〜! 『仮名手本忠臣蔵』〜!」
――ドンドンドンドンドンドン!




