七の段 『侍ぜにま』VS『源頼朝』 ②
牛の背に乗り頼朝、花道の反対側に向かって話しかける。
「出ておじゃれ。揚幕で隠れていても、ここまで殺気が届いているぞ。頼朝に殺される、いとかなしき妹よ〜」
刃物のような視線。向けられるは反対側の花道。
本日のKABUKI座ドームには花道が二本設置されている。
通常の公演で使われる下手側を本花道、そして上手側を仮花道と呼ぶ。
頼朝の呼び声にあわせて、その仮花道の揚幕が勢いよく開く。
――チャリン!
出てくるは平安衣装の水干を上品に纏ったぜにま。
ぽにーてーるの頭には、透けた布をふわりと被る。
腰に『膝丸』、腕にはゼンマイネジ巻き幾多につけた、新しいカラクリ義手を引っ提げる。
足は高下駄、師武蔵の数多の刀を縛って背負う。
決勝千秋楽、完全装備のぜにま。姉頼朝の息の根を止めるため、復讐に燃えたその姿。
「お〜〜っとここで我らが侍ぜにまが登場ッ! 花は桜木、人は武士! 最後もその神業居合で、歌舞伎舞台を飾るのか!? 皆々様も選手入場の声援、ズズイとよろしくお願い、あっ、致します〜~~!」
MCギタユウ、真打ち登場に盛り上げる。
「ぜにま様っ!」
「がんばれ〜! ぜにま〜!」「あんな公家野郎なんてやっちまえ〜!」「応援してるぞ〜!」
叫ぶお舟に続くゑいかたち。
会場もぜにまの登場を喜び、割れんばかりの拍手で迎える。
――パチパチパチパチ
――ピョロロロロロ〜〜♪
横笛、拍子木打ち鳴らされて、会場の熱気は更に増す。
「「「あ、よいしょ! あ、よいしょ! あ、よいしょよいしょよいしょよいしょ!」」」
「「「あ、よいしょ! あ、よいしょ! あ、よいしょよいしょよいしょよいしょ!」」」
「「「ぜにま! ぜにま! ぜにま! ぜにま!」」」
「「「ぜにま! ぜにま! ぜにま! ぜにま!」」」
応援受けながら、ぜにまは手に持ったかつぎの布を勢いよくバサッと脱ぎ捨てる。
「参るッ!」
ぜにまは背中の数多にある刀を勢いよく手に取り、空中に全て放り投げる。
――ストトトトトッ!
赤い灯籠が立ち並ぶぜにまの仮花道。
そこに次から次へと投げた刀が歌舞伎舞台へと続くように垂直に刺さっていく。
「いよっ! ぜにま屋、にっぽんいちぃ〜〜〜〜!」
ぜにまは声援受け、刺さった刀に飛び乗る。
下駄で跳躍、飛び六法、駆け抜ける姿まさに天狗の如く。
――カン! カン! カン! カン!
鳴るは拍子木の音。
頼朝も対抗し牛の背から飛び降りて、フワリフワリと本花道を駆け抜ける。
走る二人、視線で相手を殺そうとするぐらいに睨みあう。
「頼朝ォーーーーーーーーッ!」
「こい来い来い来い!」
客席まさに鴨川の如く、二人の雌雄、歌舞伎舞台の五条大橋の上で決す。
ぜにまは跳びながら、刺さった刀を手に取って、頼朝めがけて投げつける。
刀は観客の頭上を超え、反対側にいる頼朝へ空中一直線。殺意の一撃。
――キィン!
これを頼朝長巻で、華麗にはねのけ余裕の表情。
まだまだぜにま終わらない、両足の下駄で刀を器用に挟み、勢いつけて一回転、今度は遠心力で加速した、勢い増した刀が頼朝狙う。
――ガギィン!
頼朝これもものともしない、赤子手捻る、刃返し。
防いだ刀は客席刺さる。
「うおっ! 危ねぇ!」
両者、疾風迅雷、花道を抜け。
五条大橋セットの上でお互いの刀をぶつけ合う。
――キィィィンッ!
刀は勢いよく鍔迫り合い。
相手を睨む侍ぜにまと、対照的に笑みを浮かべる公家の頼朝。
「あな恐ろしや〜! ぜにま、そんなに姉に逢ひたかったかでおじゃるか? いとをかし」
「何故姉上は変わられた!? 拙者の育ての親を殺し、師をも殺したな! 昔の姉上はそのようではなかった!」
両者共に同じ力、火花飛び散る鍔迫り合い。
ぜにま、刀の背の部分、峰をカラクリ義手で強引に押す。
頼朝、力を受け流し、後方跳躍、距離を置く。
壺装束の裾もふわりと舞う。
「おほほほほ! 姉は変わりませぬ! ただ生まれのさだめを知っただけでおじゃる。同じ血を分けた姉妹、気持ちや分かり給う?」
歌舞伎舞台で行われる問答。
そこには幼き日、手を繋いだ姉妹の姿は無い。
一番大切なものを奪われたぜにまと、変わり果てた姉の姿。決して分かり合えないお互いの道。ぜにまの心は憤怒の炎に燃え上がる。
「ならばこそ! 姉上の狼藉見過ごせまい!」
「では……心してかかれよ」
「姉上、覚悟ォーー!」
ぜにま、カラクリ義手のゼンマイ一つ目、そのネジ巻きをカチリとひねる。
手から銃口、銭撃ちマシンガン。
――どどどどど!
頼朝これをバサッと広げた日の丸の描かれた鉄扇で弾く。
それは大人が子供の遊びに付き合っているがのように行われる。
「外連味ある絡繰りよのう」
ぜにま今度は二つ目の、義手のゼンマイひねってみせる。
今度は銃口、油飛び出す焔の柱。
近松特製、火炎放射機。
「女殺油地獄っ!」
吹き出す炎は頼朝に向かってかけられる。畳かけ、ゑいかが用意してくれた最新式ゼンマイカラクリ義手。今回は一芸だけでは終わらない。
「今度は鬼火か、いとおもしろき」
しかし頼朝、市女笠、ふりすびーの如くぜにまに向かって放り投げ。
炎纏いし市女笠、ぜにまを襲う火車となる。
「いやあーーーっ!」
ぜにま、手にした刀で斜め斬り。笠を一刀両断真っ二つ。
その隙に、頼朝ぜにまの頭上から現れて、長巻手に持ち唐竹割り。
「ほほほほほー!」
ぜにまは刀でこれを刀で受けるが地面に押し倒される。
――ザシュ!
長巻きはぜにまの顔の横の地面に刺さる。しかしそのままギリギリと力が込められ、ぜにまの首を切ろうとする。
ぜにま三つ目のゼンマイ咄嗟に回す。今度は義手から縄つく矢、壁に向かって放たれた。
善常宙乗り。
縄は義手によって高速巻き取られ、わいやーあくしょん、マウントを取られたその場から何とか脱出。
「良く動くでおじゃる! 待たれ、待たれよぜにま〜」
頼朝、壷装束の袖に手を入れる。すると指には鋭い鏡のかけらを挟んで取り出すではないか。
ぜにまを怪しく映す鏡の先は鋭い先端。鋭利な凶器。
投合、鏡手裏剣。
――シュッ!
無数のかけらがぜにまを襲う。
これぜにま、迎撃、刀で払いのける。辺りに飛び散る鏡の破片。
しかし頼朝続く、鏡のかけらが袖から何枚も何枚も、何十発も補充され撃ち続ける。
流石に全てを撃ち落としきれない。数枚の鏡手裏剣が刀の防御包囲網から抜けて、ぜにまの着物と肉を引き裂いていく。
ぜにまの来ていた水干が深紅に染まる。
劣勢のぜにま。しかしこのままでは終わらせはしない。
「くっ! ゑいか、頼む!」
ぜにま客席ゑいかに呼びかける。
声を聞き、ゑいかは隣の席に仕掛けられた、ししおどし型のカラクリ発射筒、それをぜにまのいる方向に向ける。
「姐さん! 暫くお待ちを!」
ゑいかが筒のゼンマイ、カチリと回すと、ボカンと音立て、鶴屋のお通戦で使用した、『長素襖』、赤色のそれを発射する。
袖の紋は三重四角、三枡紋。ぜにまに向かって飛んでいく。
「力借りるぞ! 鎌倉権五郎!」
ぜにまも義手のゼンマイカチリと回すとわいやーが飛び出て、『長素襖』に空中袖通し、義手から伸びた芯張り棒で、服を固定化、身に纏う。
――カカンッ!
素襖の巨大な袖は、ぜにまの腰から翼のように生える。ぜにま、すーぱー荒事もーど。
その目からは血涙溢れ、隈取られ。
翼のような大袖はぜにまの全身を包み込み、頼朝の投げる鏡のかけらを弾いていく。
「はああーーーっ!」
そしてぜにまが大袖を勢いよく広げると、鏡手裏剣は風圧で全て吹き飛ばされていく。
今のぜにまに小細工はもう通用しない。
「推して参るッ!」
そして飛ぶ鳥のように袖で羽ばたき、頼朝に向かって高速突進、刀の突きをお見舞いする。
――キィィィィン!
ぜにまの一刀、受ける頼朝、刀飛ぶ。
長巻『友切丸』は回転し、橋の欄干、刃が刺さる。
「いよっ! ぜにま屋!」「あっぱれ!」「流石俺たちのぜにまでさぁ!」
――パチパチパチパチパチパチ!
ケレン味溢れるカラクリに観客達からは大きな拍手。皆、今の今まで二人の手に汗握る攻防に見入っていた。
「ぜにまさん! がんばれー!」「わん!」「わぅん!」「姐さんに勢いがあるでごぜゐます!」
ぜにま一行も大声援。
「主さんは一生懸命戦っているでありんす。どうかこのまま押し切るでおくんなし」
「ぜにま様……頑張って!」
「おっ〜〜〜っとこれは華麗に決まった〜〜! ぜにま強い! 頼朝様を見事力押し! 今宵のKABUKI十八番勝負、早くも決着が着いてしまうのか〜!?」
MCギダユウうるさいほどに大声解説。




