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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第一幕 『曾根崎心中』 天才美少女人形遣い!近松ゑいかの段
4/52

四の段 『侍ぜにま』VS『近松ゑいか』 ②

 しかし近松ゑいかもやられっぱなしではない。

 徳兵衛、瞬時にぜにまの胸ぐらを掴むとEDO町セットにぶん投げる。


「むっ……!」


 ぜにまは丸まり受け身を取るが、長屋を破壊し、打ちつけられた。


「どうやら殺る気になったようだね。そうこなくっちゃKABUKI勝負にならない! さあ私の人形浄瑠璃が、もののあはれになるのはこれからだよ!」


 額を傷つけられた徳兵衛人形、うなだれて後ろに下がる。


「金を貸した親友に裏切られ、犯罪者の濡衣を着せられた徳兵衛。金も名誉も無くなった、そんな徳兵衛愛した女、その名もおはつ!」


 徳兵衛の代わりに女のカラクリ人形が前に出る。

 お初と呼ばれたその人形、打掛姿、優雅な衣装。


 徳兵衛と夫婦になること誓った女。お初。遊女の身分でありながらその心は恐ろしく純粋。


 しかしその姿見惚れるや危険。

 勢いよく跳び上がると、立ち上がっているぜにまにきりもみ回転、足で蹴りかます。


 ――ガキィンッ!


 ぜにまは立ち上がりながらもそれを自身のカラクリ義手で受ける。


 なおもお初の連撃続く、見るも止まらぬ足さばき。それを操るゑいかの凄腕。

 ぜにまも刀でいなすことで精一杯。


「くっ……速いっ!」


 お初はぜにまの肩を踏み台にして、背後に飛ぶ。

 ゑいかの操り糸でぜにまの体を縛り、腹に怒涛の七連蹴り!


「ぶっ!」


 たまらずぜにまの口から鮮血が飛ぶ。


「おっ〜っと、これは粋な連携攻撃だーっ! 勝負決まったか〜!?」


「なんでぇやっぱり弱えぇじゃねぇか」「さっきのはまぐれだったのかねぇ」「近松屋! やっちまえー!」


「「「ゑいか! ゑいか! ゑいか! ゑいか!」」」

「「「ゑいか! ゑいか! ゑいか! ゑいか!」」」


 ぜにま劣勢と見て、観客たちは途端に手の平返す。


「わたしもう見てらんない! ぜにまさんの近くに行ってくる!」


 お波は防戦一方のぜにまを心配して、いても立ってもいられない。

 これまた1人で席を立とうとする。


「待ちなさいお波! 今度は姉さんも一緒に行くから!」


「うん……!」


 姉妹ははぐれないように手をつなぎ、ぜにまを応援するため歌舞伎舞台の近くに移動するのであった。


 舞台で血を吐き片膝立てるぜにま。

 その姿を見て、満足そうに微笑むゑいか。整った顔に似つかわしくない狂気の笑み。


「どうだい恋する女の覚悟! これがあたしの人形浄瑠璃!」


「なかなか……重たいでござるな」


「言うねぇ侍!」


 ゑいかは指を動かし今度はお初、飛び蹴り空中乱舞。


 しかしぜにまも諦めてはいない。お初のこれまでの動きから予測し、腰を落として居合抜刀。



 ――リィィィィィン



 敵の攻撃見極めて、体を反らし、これ避ける。


「参るッ」


 抜き様、お初の右足一刀両断。

 切られた右足、宙を舞う。


「やるじゃないか! ただ、これからが一番の見せ場だよ!」


 ゑいかは余裕の表情。

 MCギダユウに向かって、またもや指パッチンで合図出す。


 気を抜いていたMCギダユウ、慌ててカラクリ糸電話で黒衣スタッフに指示を出す。

 すると背景EDO町セットが、廻る、廻るの廻り舞台。


「「エッサ! エッサ! ホイサッサー!」」


 舞台の下ではスタッフたちが人力で大きなカラクリゼンマイを回している。

 セットが回り、裏から出てきた次の舞台、『曽根崎露天神の森』。


 そのままMCギダユウが文を読む。


「え〜、今回KABUKI十八番勝負では、参加者それぞれ廻り舞台の使用が認められています。近松ゑいか選手も、事前に申請されているとのことです。それでは皆様どうぞそのままKABUKIをお楽しみくださいませ」


 ゑいかは舞台の中央、松の木の下に二体のカラクリ人形を移動させる。




「この世のなごり〜夜もなごり〜! 死に行く身をたとふれば〜! あだしが原の道の霜〜! 一足づつに消えて行く〜! 夢の夢こそ哀れなれ〜!」


 ゑいかは歌う。




 ぜにまに片足を切られたお初。その震える体を徳兵衛が支える。二人で寄り添いより歩く。

 目を伏せるように歩くお初の姿。時には顔を上げ、来た道を振り返る。


 人形であるためその顔の表情は変わらない。

 しかしその動きから二人で一緒に死ねる嬉しさ、あとに残る父母への未練、あさましさ。

 どんな感情にも読み取れる繊細な動き。


 ゑいかは命のない人形に魂を吹き込むように操る。まるで本当に生きているかのように。


「どうせ生きて結ばれる事がないのなら、来世で夫婦になりましょう〜。死出に向かう二人の歩み。さりとてこれは、愛を誓った夢の歩み」


 客席が静かに見守る中、二人が辿り着いたは松の下。


「さあやってきました最後の場面! 叶わぬ恋に焦がれた二人。この世に生きる者のさだめ、自分で決められないのなら、死に方だけは自分で決める!」


 ゑいかが操る徳兵衛は、脇差しの刀をすっと取り出す。

 ヌラリと光る、その白刃、見つめるはカラクリ人形お初。


「『あの世でもやはり、一つの蓮の上に生まれ変わりましょう』」


 ゑいか、お初のセリフを語る。


 客席は徳兵衛とお初の姿に涙を流す。中にはズズズズと鼻を噛む音も。


「死んでこそ晴れて夫婦になれる。……もう何にも縛られぬ世界へ、曽根崎心中大終幕!」


 お初と徳兵衛、二人で刀を愛しそうに持ち、見据えるはぜにま。

 二人は勢いよくぜにまに飛び込む。


「一蓮托生ーーーっ!」


 ぜにま腰を落として、これを迎え撃つ。

 居合滑走、鈴の音舞台に鳴り響く。




 ――リィィィィィィンッ




 明鏡止水の扉が開く、全てがスローモーションの世界へ。


 カラクリ人形、ぜにまの心臓一突き。

 これぜにま、屈んでギリギリ、見切りで避ける。


 鈴の音鳴り止み、ぜにま抜刀。

 人形たちの両腕を刀ごと斬りとばす。


「二人の覚悟はもう止められないでごぜゐます!」


 ゑいか、抜刀後の隙見逃さず、お初の足でぜにまを背後から拘束。

 今度は徳兵衛、口から仕込み刀はやし、ぜにまに抱きついて喉笛えぐろうとする。


「『早早、殺して〜! 殺し〜て〜』」


 二体の人形に抱きかかえられたぜにま。

 腕を使って引き離そうとする。

 しかしーー


「何という力……!?」


 人形引き合う力、万力の如く。じわじわとぜにまの喉元に刃が近づく。


「『さア南無阿弥陀仏〜! 南無阿弥陀仏!』」


 ゑいかは狂ったように歌う。


 鋭い刃の切っ先がぜにまの喉の薄皮に刺さる。

 首から赤い鮮血が垂れてくる。

 

 ぜにま絶体絶命。


「くっ!」


 その喉に穴が空く。

 と、思われるその時だった。








「やめてーーーーーっ!」








 会場が息飲む瞬間。

 舞台の近くまで来た妹お波が大声あげる。


「ぜにまさんっ! 悪い人なんかに負けないでっ! ぜにまさんは、立派なお侍さんなんだからーーーーっ!」


 お波は自身の出せる限りの声でぜにまを応援。

 姉のお舟も手を繋ぎ、同じくぜにまに声かける。


「そうよぜにま様っ! 諦めないでーっ!」




「なっ……なんでごぜゐますか!」


 ゑいかは姉妹の咄嗟の行動に動揺し、手が止まる。


 人形の力が抜けた瞬間、ぜにまはその隙を見逃さない。

 なんと徳兵衛の、口の刀を自分に突き刺す。


「そんな!」「きゃああああ!」


 悲鳴をあげる姉妹。


「ついにやったか!」「お侍の心臓一突きでさぁ!」「近松屋!」


「安心するでござる二人とも。刺さったのは拙者の肩。そして拙者が切るのは、この操り糸!」


 ぜにまの飛び出る鮮血が、ゑいかの見えない糸を赤に染め上げていた。


「いやあーーーッ!」


 ぜにまは刀で円描き、お初の糸をたちまち切る。

 力無く崩れ落ちるお初。解放される侍ぜにま。


「はああーーーッ!」


 そのまま徳兵衛の操り糸も、刀で切り刻む。


 ――チャキッ


 納刀。

 男女二体のカラクリ人形、曽根崎の松の木の下で、互いに倒れこむ。

 死後に結ばれると信じ、心中したかの如く二人の手は重ね合うのであった。


「いよっ!」「こりゃあでっけぇ歌舞伎でさぁ!」「見事!」「あっぱれ!」


 観客たちは試合に魅せられ興奮する。


「ぜにまさんやっぱりすごい! すごいよお姉ちゃん!」

「えぇ! えぇ……良かった……」


 お波大喜び。

 姉のお舟も涙を流して安心する。

『曾根崎心中』……近松門左衛門作。当時、曾根崎の森で実際に起こった「お初」「徳兵衛」による心中事件、それを題材として事件から一か月後、近松が人形浄瑠璃として脚色し上演するとこれが大成功となった。いくつもの心中ものが作られその流行は実際に心中をする事件が何十件も発生したほど。幕府は「心中」という言葉を禁止するまでに至った。近松最初の世話浄瑠璃でもあり歌舞伎化もされる。

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