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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第四幕 『仮名手本忠臣蔵』 決勝千秋楽!源頼朝の段
36/52

三の段 『武蔵』

◆◇◆◇◆


 次の日。

 水茶屋『一ぷく』の入り口。お舟とぜにまが立っていた。


「いってくるでござる」


「いってらっしゃい……ぜにまさん。お気をつけて」


 なぜか神妙な面持ちのお舟に見送られ、何処かへ出かけるぜにま。


ーーーーーーーー


 ぜにまは師武蔵の行方を捜していた。

 そしてその筋に詳しい黙阿弥てててに頼んで探してもらっていた。


 てててからついに確かな情報を手に入れたとのことで、花魁姿のてててと合流し、情報源と思われる場所に訪れる。


 日も暮れはじめ、江戸に吹く風は少し肌寒い。

 二人が辿り着いた場所は浅草。かつて訪れた『善草寺』であった。


「ててての情報源がまさか善草寺だったとは」


 ぜにまは前回、寺の住職である松洛とお鐘に将棋を習いに来たことがある。それを思い出しポンと手を打つ。


「主さん、わっちはここまで。後は主さん一人で確認しておくんなし」


 善草寺の入口の門前、足が止まるは黙阿弥ててて。


「……分かった。てててにはいつも頼りっぱなしでござるな。感謝するでござる」


 ぜにまは頭を軽く下げる。


「後で料金は請求いたしんす」


 和傘を開いて立つ艶姿。

 くるりと背を向けてててが語りはじめる。


「……主さんとわっちが初めてあった時、わっちは主さんのこと、とんちきな人だと思っていんした」


 ててての表情は見えず。しかしその声はどこか寂しい。


「根っからのお人好しで、何も考えてないところが亡くなったわっちの父様にそっくり。だから、わっちは好かん。どんな人をも助けるのは金。その考えは今も変わりんせん」


 回るは桜渦模様、ててての和傘。色美しく。


「ただ……ただ、今はそんな事どうでもいい。心から主さんに生きててほしい。それだけでござりんす」


「ててて……」


 ててては自分の腕を力強く掴む。


「血の花道をゆくのはわっちのほうだと思っていんした」


 力がこもったててての爪が、白き肌に爪が棘のように食い込み、血が滲む。ひたひたと、血の滲んだ赤が涙のように地に落ちる。


「それを主さんが、代わりにおぶって歩いてくれた。けれど今度のKABUKI勝負千秋楽は、たとえ主さんとて本当に死ぬかもしれんせん……」


 それは抑えきれないててての悔しい思い。強敵ライバルとして戦った二人。

 やり方は違えど、大江戸を良くするという気持ちだけは一緒であった。

 決して認めてはいなかったぜにまの存在が、ててての中ではすでに大きいものとなっていた。


 決勝戦。意味するは命を懸けた戦い。

 今まで奇跡的に生き残れたはしたものの、今度こそその時がくるかもしれない。

 てててにはぜにまに勝って欲しいという気持ちと、死んで欲しくないという二つの気持ちがぶつかっていた。そして己の無力さも。


「わっちは客席で眺めることしか出来ない……」


 そんなてててにぜにまはそっと近づく。

 ててての食い込む爪を、優しく握って腕から離す。


「てててはその手も美しいござるな。拙者片腕無いでござるが、OHーEDOには拙者を助けてくれる沢山の人がいるでござる。心から感謝している」


 いたわるぜにま。しかしてててはぷいっとぜにまから離れる。


「感謝なんて……いらないでありんす。わっちは次逢ふ日まで、傘の下。生きて主さんが帰るのをず~っと待っているでありんす」


「分かった。次のKABUKI勝負十八番、拙者、必ず勝つで候」


「約束。わっちに雨を降らせないでおくんなし」


 ててては顔を見せないまま、高下駄鳴らして去っていく。

 ぜにまはてててが見えなくなるまで、ずっと見送るのであった。


ーーーーーーーー


 ぜにま、心を決めて善草寺へ。

 正門で待っていた法衣姿の松洛住職、巫女姿のお鐘、一礼をする。


「お待ちしておりました。昨日(さくじつ)、ぜにま様宛に上方かみがたから届いたものがあります」


 お鐘が真剣な表情で説明し、ぜにまを境内へ案内する。

 ぜにまたちは本堂の脇にある石垣の道を歩き、たどり着いたは裏の墓所。


 三人の他に人はいない。

 お鐘たちは小さな墓石の前に導くと、ぜにまを一人残して下がっていく。


 ぜにまは案内された小さな墓を見る。

 墓前には大薙刀が横に置いてあった。傷ついてはいるが、その刀身は光輝く。


 薙刀の他には黒い漆塗りの箱が添えてある。

 ぜにまが箱の蓋を開けてみれば、畳まれた半紙が中に入ってあった。


 ぜにまは紙を広げる。


「……この字は……武蔵先生の……!」


 懐かしき見覚えのある字。

 その書き主はぜにまの片腕を切り落とし、姿を消していた師武蔵であった。


 胸の鼓動が鐘のように高鳴る中、ぜにまは文面に目を通す。








『ーー我が弟子、並木さくらよ。この手紙を読んでいるということは、すでにワシはこの世にいないだろう。何故ワシがお前の腕を切り落としたのか、まずはそのいきさつを書こうーー』


『ワシらはお互いの出生について話をしなかったな。だがお前の刀を見れば一目瞭然。源満仲みなもとのみつなかが作らせた宝刀。源氏の二振りの兄弟刀、「膝丸ひざまる」と「友切丸ともきりまる」。その内の一つを持つお前が源氏の直系であることは明白だった。

 都におりた時、宮の頼朝が同じ源氏の嫡流ちゃくりゅうを探して殺しているという話を耳に入れた。山にも不審な忍びが探りに来ており、お前が見つかるのは時間の問題だった』


 文字を必死に追うぜにま。


『ワシはお前に、自分の運命から身を守れるよう剣術を教えた。しかしもう時間はない。探りを入れたところ、忍び共は数日後に大勢でワシらを殺しに来るようだ。

 それゆえ芝居を打つ。天狗ノ谷からお前が帰ってきたならば、ワシは狂乱を演じてお前の腕を切り、殺したと見せかける。きっと探りに来ている忍びは驚いて乗り込んでくるだろう。ワシはお前が脱出するまでの時間を稼ぎ、そのまま忍びに討たれるつもりだ。小屋には目眩(めくらま)しとして火を放つ。

 忍びどもは全てが終わった後に、お前の片腕を頼朝に報告するだろう。さすれば晴れてお前は自由の身』


『ワシは……産まれた時から荒くれ者でのう。ゆえに親からも捨てられるように寺に預けられた。寺でも恐れられ、迫害され、しまいには追放。そのうちワシは、全てのものに憎悪するようになっていった。人は人を食い物にする。世界は弱肉強食で成り立っていると思い、名刀を持つ者に決闘を挑んではその命を奪って100本の刀を集めようとした。此の世に産まれ、何も持つ事が出来なかった自分に、たった一つの宝を与える為に』


『しかし99の刀を集め終えた時、ワシの中の憎悪はどこかに去っていった。残ったのは虚しさと奪った命への自責の念。そこに現れたのが……さくら、お前だった』


 ぜにまの吐息が漏れる。


『お前が100本目の名刀を持って現れた時、これも何かの定めと感じた。ワシらは共に暮らすようになったが、お前は頑固で負けず嫌いで、おまけに大食らい。大変手の焼ける弟子であった。だが素晴らしいところもあった。それは誰よりも人を信じ、やさしい心を持っていること。……ワシはその心に気付かされたのだ。


 人の弱さの中に、本当の強さがあることを。


 人は弱いからこそ、相手を思いやり助け合う力が生まれる。それはすごい力なのだとお前が教えてくれた。ワシはこの世界は弱肉強食と思い込んでいた。しかしそれは違う。人を含め、全ての生物は皆助け合う、共栄共存こそが本来の自然であると分かったのだ。


 さくら、お前は強い子だ。お前との日々は何も無いワシにとってかげがえのない宝物になった。お前に言いつけた108の善行は、ワシがこの手で奪った99の命に対する償いの気持ちがあったかもしれない。ただそれだけではない。お前自身で気付いてもらいたかったのだ。人の本当の強さとはなんなのかを。


 ワシは最後まで立派な師ではなかったがこれだけは言わせてくれ。








 さくら、生きて私に出会ってくれて

 ありがとう








 ーー武蔵坊弁慶』








 遺言を読み終えるぜにま。


「……ううっ……」


 膝をつき泣き崩れる。師が命をかけて自分を助けてくれたことを今知った。

 そしてその命が、頼朝によって奪われたことも。


「先生……! 武蔵先生……!」


 満月の夜。

 ぜにまの泣く声だけが、暗闇に響いた。

『勧進帳』……歌舞伎十八番の一つ。兄源頼朝に追われる源義経は、武蔵坊弁慶ら家来とともに、京都から平泉の藤原氏のもとへと向かう。頼朝は平泉までの道すじに多くの関所を作らせ、義経をとらえようとします。『勧進帳』は、義経たちが関所を通過する時の様子を歌舞伎にしたもの。

 今作品では弁慶を義経であるぜにまの師とし、勧進帳を元にしている。

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