一の段 江戸の支配者、公家の『頼朝』
大都市『OHーEDOスパイラル』。
かつては「江戸」と呼ばれる人口15万人前後の漁村であった。
しかし突如江戸の海に、巨大な鯨の水死体が漂着するようになる。通称『ゑびす鯨』。江戸の人々はこの海からの遺物を余すところなく採取し、利用した。中でもそのヒゲは弾力性に非常に富んでおり、未発見の新素材であった。これを利用したゼンマイ絡繰り機構は人類にかつてないほど最大効率のエネルギー転換をもたらした。このゼンマイカラクリは江戸の産業から個人の生活までをも一変し、文明に新しい発展をもたらしたのだった。
そして現在、江戸はその名を『OHーEDOスパイラル』と変え、人口1400万人が住む大都市となる。
明け六つ|(注:午前6時)の刻。
OHーEDO町人たちの朝は早い。
人々は忙しく、商店や湯屋、芝居小屋などはこの時刻から開店している。
町人たちは皆、毎朝揃って出勤する。
草履と下駄の足音はゼンマイ文明発展の音。
そしてその中心となるのがOHーEDO城である。
天守閣に巨大なゼンマイを回すカラクリ城。その下層、地下には広大な空間が存在していた。
薄暗い空間に数万人。
貧民街に住む者たちが、地面に刺さったゼンマイを複数人で人力により回している。
汗水流していくつも、いくつも。
ゼンマイを回しているのは大人だけではない。若者もいれば老人もいる。男だって女だっている。
その空間に、ゼンマイ地下工場を見下ろせる高台があった。
畳が敷かれた天蓋付きの台座。上からは帳が垂らされた御帳台。
中に人。
脇息に肘置く十二単、姫カットのロングヘア。頭に烏帽子をちょこんとのせて、シャクで青紅の口元隠す。
ぜにまの姉。
並木源三郎頼朝もみじの姿。
優雅に詠いだす。
「……回る回るはスパイラル〜。この世は所詮弱肉強食。人は己の定めからは逃れられぬのう〜」
頼朝は遥か高みから下界を見下ろし、妖しく笑っているのであった。
◆◇◆◇◆
「ぜにま姐さん! 次は『たぴおかじゅーす』なるものを飲みに行きますよ!」
平きさらのKABUKI勝負から数日後。
退院したばかりのぜにまの姿は日本橋にあった。
巨大木造橋にうら若き乙女が三人。
銀髪ショートの美少女、近松ゑいか。
おなじみ黄色い松模様のミニスカ着物。
その手に引っ張られるはぽにーてーるの侍ぜにま。こちらも同じいつもの袴姿。
きさらとの試合で義手を失い隻腕のまま。
またそこには近松ゑいかの双子の姉、ゐどりの姿もあった。
銀髪、桜色のミニスカ着物。
早速たぴおかじゅーすを買ってきたゑいか、二人にそれを手渡す。
「ゐどり姉さん、これが今OHーEDOで流行っている『たぴおかじゅーす』ですよ!」
ゐどりとぜにま、渡された竹の容器の飲み物に、麦わらの管を使ってちゅるちゅる汁吸う。
暫くして、二人の顔がぱぁ〜っと明るくなる。
「これは甘くてひゃっこいでござる!」
「ふふ、そうでごぜゐましょう! 棒手振りが『冷や水』っていう白玉入りの冷たい砂糖水のデザートをよく売ってるんですが、それをアレンジしたものっぽいですね。浮世絵映えもバッチリ!」
ゑいかが説明するが、ぜにまたちはまるで聞いてはいない。じゅーすを吸うのに夢中になっていた。
「いや実に美味しい。このカエルの卵みたいなのがやみつきになるで候」
「うっ……。姐さん、その例えはマジ無いでごぜゐます……」
話す二人の横で一人黙々と飲むゐどり。
病で声は出せないが、顔ほころばせながら悦に浸る。
姉の嬉しそうな顔にゑいかもにっこり。
「スパイラル工場で働いてるゐどり姉さんも、今日は珍しく休暇が取れた。折角の機会、まだまだOHーEDO巡りをする予定でごぜゐます!」
ゑいかは先頭張り切っていく。
三人は浅草方面、意気揚揚、食べ歩き。
本日休日。
春の風が通り抜け、人が出歩く賑やか昼時。
浅草通りの花川戸、助六夢通り。
ちょんまげ頭や町娘、OHーEDO町人練り歩き、侍、飛脚も道を行き交う。
縁日かのような大賑わい。
「おや。あれはなんでござるか?」
ぜにまは指差す隅田川。
河川敷でなにやら作業している男女が複数。
豆絞りねじりハチマキ頭に締めて、『玉屋』と書かれたハッピ姿。
「あれは花火師たちですね。隅田川では毎年夏になると花火大会をやるでごぜゐますよ。かの有名な隅田川花火大会! 折角ですし、近くに行ってみましょう」
三人は仲良く吾妻橋を渡り男たちに近づく。
すると1人の男が気が付いて、向こうからぜにま達に近づいて来るではないか。
「ほら見ろ! やっぱりぜにま選手だ!」「本物は思ってたよりやっぱ違うなぁ〜」「きゃー! ゑいかちゃんマジめんこい!」
どうやら花火師達はぜにま達を知っていたらしい。
ゑいかはいぇ〜いとピースを決める。
「ぜにま選手。あっしは花火師の玉屋市兵衛と申します。うちの若いもんと前回の平きさら戦見てましたよ! いや〜ありゃあすごかった! 良ければサインいただいてもよろしいですかい?」
花火師の市兵衛と名乗るちょんまげ頭の男は興奮し、ぜにまにサイン用の浮世絵を渡す。
「……構わないでござるよ……ん?」
ぜにま、渡された浮世絵を目を細くして眺める。
そこにはぜにまと鶴屋のお通との試合が描かれていた。しかしぜにまの姿は映ってない。
いや、よく見ればぜにまらしき人影が。描かれていたぜにまは手長足長、八頭身。
顔も眉目秀麗、花鳥風月、過剰表現。別人の如く。
「……拙者、たまに人々からそっくりさんと言われることがあるが、その理由が今分かったでござる……」
落ち込むぜにま。
ゑいかはぜにまの肩を撫でてまあまあと慰める。
「そんなことより花火師の皆さんたちも、今年の隅田川花火大会。どでかいの一発、楽しみにしてるでごぜゐますよ」
「応っ! 有名人に応援されちゃあ気合いが入るってもんよ! 更に今回は、KABUKI勝負にあわせて特別なやつを用意してるかんな!」
市兵衛が自信満々に話す。
「特別……でごぜゐますか?」
「それはなぁ! ……んぐっ!?」
市兵衛が何かを話そうとした時、他の若い花火師たちが慌ててその口を手で塞ぐ。
抵抗する市兵衛。
「いやぁ、それは秘密って事で!」「KABUKI十八番勝負! ぜにまさんの勝利を信じてるぜぃ!」「頑張ってくれよ!」
「んぐーーっ!」
花火師達はそのまま市兵衛を強引に引っ張り、元いた作業場に帰っていくのだった。
ゑいか達がそちらの方へ視線を向けると、河川敷には数十めーとるの青い布が被された何かが複数用意されてる。何かイベント用のもののようだ。
「アレがその特別な何かでしょうか。なんだか面白そうでごぜゐます、って姐さんまだ落ち込んでるんですか?」
「うぅ……」
浮世絵の違いにまだイジけていたぜにまであった。




