十四の段 『侍ぜにま』VS『平きさら』 ④
きさらの海のように深い源氏への憎しみ。怒りに燃えた叫びは会場に轟いた。
しかし誰かが一人、声を上げる。
「……だからって、源氏を殺して良い理由にはならねぇ!」
観客の一人の反論。
その一言から火がつくように、他の観客たちも声を上げる。
「そうだそうだ!」「だからって甘えんじゃねぇ!」「そう思うなら他にできる最善策があるだろっ!」
「最善策だと? 人に、社会に否定され続けた者が出す策を、お前らは想像がつかないというのか。惨めに死んでいったお安のために、この戦が私の人生で出せる最善の答え!」
「ふざけんじゃねぇー!」「お前みたいな頭のおかしい奴は一人で死んどけー!」
客席は相変わらずきさらに罵倒を飛ばす。
全ての事情を無言で聞いていたぜにまも、ついに口開く。
「それでもお安殿を愛した……お波や犬たちに優しさを向けたお主がいる。血を恨むお主に拙者はなってほしくない」
出来る事ならばきさらと戦いたくない。それがぜにまの本心であった。きさらは常に誰かを守ろうとしたことをぜにまは理解していた。だからこそ、血で血を洗うこのような勝負をしたくない。
だがきさらはぜにまの言葉を聞き、口元が緩む。
「ふっ……とんだ大馬鹿者もいたものだ。人一人救えない者に、何ができるというのだ」
きさら、隻腕ぜにまに向かって碇を構え、鬼の形相ぜにまを睨む。
「これ以上の話は必要ない! 茶番は終わりだ。まずは源氏であるお前の首をお安の墓に供える!」
「くっ!」
ぜにまときさら、源氏と平氏、運命の争いの連鎖からは逃れられることが出来ないのか。
きさら疾走、碇を振り上げぜにまに走る。
ぜにまも覚悟し、欠けた刀を納刀。居合の構え。
二人の攻撃対面交差する。
「いやあーーーっ!」
「はああーーーっ!」
「二人ともやめてーーーーっ!」
「わん!」「わんわん!」
舞台に叫ぶはお波と犬たち。悲痛な叫び。
きさら、その声に反応、目の端、お波の姿を視界に捉える。お安と被る幼子の姿。
しかしもう攻撃する手は止められない。
ぜにま、欠けた刃をきさらの刃に滑らせる。
――リィィィィン
鞍馬夢想流『真剣白刃居合い斬り』。
ブシューーッと血しぶき上がるのは、碇構えた平きさらの方であった。
額から胸元、斜めに斬り傷ぜにまの居合。
「てやんでぃ! 決まった!」「こりゃ天晴れぇ!」「いよっ! 流石ぜにま屋!」
歓声上がる客席。
それとは裏腹に、困惑のぜにま。急いできさらに駆け寄る。
「何故だきさら!? 何故神通力を使わん!?」
舞台に仰向けで倒れるきさら。
顔は青ざめ、着ていた黒の衣装もはだける。
きさらの衣装の下、白い着物も自分の血の赤で染まる。
「……ふっ、大馬鹿者は私だったな……ぐっ……」
きさらの口から大量の血が溢れ出す。
ぜにまは心配し、きさらの肩を抱きよせる。
きさらの表情からは先ほどまでの険しさは消え、哀しみがあった。
「大丈夫だ。今すぐ救護が来る」
「聞け、ぜにま……。この世には神も悪魔もいない。いるのは人のみ。しかし人は自分たちを上とし、下の人間を作る。ここにいるOHーEDOの奴らも、私一人を殺せばそれで済むと考えている。またいつか、同じような者が現れるとも考えはしない……」
きさらは更にゴポッ血を吐く。
ぜにまはきさらの手を握る。
「きさら! それ以上喋るでない!」
「……この手で頼朝を倒したかったが……決勝戦はお前に譲ろう……」
「頼朝……だと……」
ぜにまはきさらの口から出た『頼朝』という言葉に驚き、息を飲む。何故きさらは姉を知っているのか。
しかし驚愕しているぜにまを押しのけ、きさらは無理やり立ちあがろうとする。
「待て! きさら!」
「ぜにま……お前の1番大切なものを失くさぬようにな……。私みたいに……」
きさらは自分の血の海を歩いて舞台の滝に向かう。
「ぐっ……!」
ぜにまも後を追おうとするが、先の戦闘の傷により動けない。
きさらは手に持つ碇を杖のようにして歩き、目も霞んで見えなくてなってきたのか、手探りで岩触り、辿り着くは人工滝、本水を囲う岩。その上にゆっくりと立つ。
「……もうすぐお前の元にゆくぞ。お安……」
きさらは碇の縄を、体に巻きつけ結びあげる。それは碇を重りとするため。
本水は隅田川から海へと繋がっている。きさらは死のうとしていた。お安がいるかもしれない竜宮城へと。
「あとは託した……侍ぜにま!」
「きさら!」
「きさらお姉さんっ!」
「わんっ!」「わぉん!」
客席で涙を流すお波。
血みどろのきさら、碇を両手で担ぎ、今宵最後の見得をする。
「これにて! お〜〜さぁ〜〜らぁ〜〜ばぁ〜〜!」
――ザパァン!
平きさら、滝に入水、水の中。
二度と浮上しない海の底。
「勝負ありッーー! KABUKI十八番勝負、準決勝! 見事、大悪人『平きさら』を下したのは、侍ぜにま! 侍ぜにま〜〜〜〜! これにて本日のKABUKI勝負準決勝、閉幕ぅ〜〜〜〜!!」
――カン! カン! カン! カンカンカン!
――パチパチパチパチパチ!
「あっぱれ!」「ぜにま屋!」「俺たちの勝利だ!」
割れんばかりの拍手の中、ぜにまは絶望に打ちひしがれていた。
「きさら、なぜだ……。なぜ命をムダにするのだ……」
ぜにまだけではない。客席で心傷ついていたのはお波も同じであった。
お波には源氏も平氏も分からない。だがきさらが死んでしまった。二度と会うことが出来なくなってしまったことがただただ悲しくてしょうがなかった。
「……うっ、うううぅぅ……」
「くぅ〜ん」
二匹の犬たちは、泣くお波の顔を心配そうに舐める。
だが会場は今日一番の盛り上がり。
ぜにまを賞賛する声。きさらを罵倒する声。ただ騒ぐ声。
人々の歓声はOH-EDOスパイラルの歓声。一人の人間を殺したことに大喜びする声。
その時。
「おーーほほほほほほ! おーほほほほほほ!」
会場響く、雅な笑い。
しかし不気味なその笑い。
声の元は、桟敷席すだれ、徳川葵紋。
「なんだ今の声は?」「おい嘘だろ」「まさか……将軍様の席からか?」
会場はざわつく。
「おやおや、この紋所か目に入らぬか……?」
確かに謎の声は桟敷席から聞こえる。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る? おそれおおくも現99代将軍、徳川イエヤス公におわせられるぞ?」
すだれ越しの声に反応するはMCギタユウ。
全身から冷や汗出して、その体が震え始める。聞き覚えあるその声は。
「このやんごとなきお声はまさかあの御方の!? 皆様! 今しがたこの会場、将軍様の御前になりました! どうか頭低く、お控えくださいませ!」
ギタユウ迫真の叫び、会場のOHーEDO観客たちもようやく状況を理解する。
「「「ははーー!」」」
全ての観客が額を床につけ、唯一頭を下げぬは舞台のぜにまのみ。
ぜにまは立ち上がり、声の方を見据える。
――シャー
すだれが開く。
顕れるは常人の3倍以上の巨躯、真っ黒な甲冑を身に纏い、黄金に輝くシダの葉の兜。
顔は面頬と呼ばれる髭のついた仮面、身体と同じく巨大な椅子に腰掛ける。
99代目将軍『徳川イエヤス』公。
一切微動だにせず山のように構える。
またその隣には脇息に寄りかかる公家の女。
色鮮やかな十二単、頭に高貴な烏帽子を被り、腰より長い黒髪垂らす。
おしろい塗れば整った顔。公家眉描いて、切れ長の目。
青い口紅お歯黒で、手に持つシャクで口元隠す。
女は声高に笑う。
「おーほっほっほっほ! 見事、不死身のきさらを討ったのは、くしくも我が妹、並木源九郎’げんくろう)牛若さくらでおじゃったか。いや、今はぜにまと申していたかのう。どちらにせよ、このKABUKI勝負、やった甲斐があったといものでおじゃる。頼朝は幸せものでおじゃるな。おほほほほ!」
頼朝と名乗るその女。ぜにまは決して忘れない。確かに幼き日別れた、姉の並木もみじである。
やんごとなき声と裏腹に、その涼しげな笑みは異様な冷たさを感じさせる。
「……そうは思いませぬか、イエヤス公?」
頼朝は隣に座っているイエヤスの指を艶かしくなぞる。
「人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし! 不自由を常と思えば不足なし! 堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え! オノレヲ責メテ、ヒトヲ責ムルベカラズ!」
イエヤスは、威厳のある声を客席に轟かす。
観客達は現大江戸幕府の威光に全身が震え上がる。
「「「ははーー!」」」
頭を下げた観客たちは頼朝の登場に驚きを隠せない。土下座をしながらひそひそ声で話す。
「おい聞いたか? ぜにまは源氏の直系らしいぞ。しかも姉君は将軍様の側近ときたもんだ」
「顔もそっくりだねぇ」「おいバカ、静かにしとけ。殺されるぞ」「そうだな……そもそも身体が縮み上がって動かねぇや……」
ぜにまは頭を下げず睨んでいた。殺し合いを上から眺める頼朝の目を。自分の育ての親を殺した姉の目を。
「姉上……なにゆえそのように変わられた」
「おじゃおじゃ、懐かしむ言葉もなく問い立てとな。いとをかし。その答えはKABUKI十八番勝負、決勝『千秋楽』で分かりまする。この並木源三郎頼朝もみじが、お相手してしんぜよう。我が『友切丸』と共に……」
頼朝の目からはゆっくりと、青い血涙とろりと垂れて、その白き顔を隈取ってゆく。
「おーほっほっほ! おーほっほっほっほっほ!」
頼朝の笑い声はKABUKI座ドーム全体に不気味に響く。
ぜにまのKABUKI十八番勝負、準決勝はこうして終わったのであった。
(第四幕へと続く……)
『碇知盛』……「義経千本桜」の二段目「渡海屋」「大物浦」が上演される通称。義経への復讐を図る知盛の壮絶な最期を描いた狂言。
兄頼朝に都を追われた義経は、船問屋で出船を待ってる。実は船問屋の主人銀平は、壇ノ浦の合戦で死んだはずの平知盛で、典侍の局や安徳帝と共に素性を偽り、平家の恨みを晴らす機会をうかがっていた。知盛は船出した義経を襲うが、返り討ちに会う。典侍の局は義経に帝の守護を頼んで自害。それを見た知盛も体に碇綱を巻きつけ、海中へと身を投げる。
今回の平きさらの元ネタとなっている。




