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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第三幕 『景清』 無敵!大悪人!平きさらの段
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十三の段 『侍ぜにま』VS『平きさら』 ③

 目の前には欠けた『膝丸』。

 子供の時に託され、育ての両親が繋いでくれた命の次に大切な刀、源氏の宝刀。その膝丸が折れる事はぜにまにとってあまりにもショックであった。


「拙者の……膝丸が……」


「これで終わりだ! 源の!」


 しかしぜにまが落ち込む暇もなく、きさらは碇を振り上げる。

 なすすべもないぜにまの頭に、黒光りする鈍器が襲う。



 ――カツン



 舞台に投げ込まれるは、一つの扇子。


 ――カラン コン カン


 すると次から次へと舞台に投げられる草履、煙管に茶碗。間違えれられて誰かの財布も舞台に飛ぶ。


「てやんでぃ! オレたちのぜにまに手ェ出すんじゃねぇ!」「みんなでぜにまを守るぞー!」「おー!」


 客席、劣勢なぜにまを助けるために一致団結。

 観客は手にあるありとあらゆるものを必死に投げつけていた。


「え〜皆々様! 再三同じことを申し上げて恐縮なのですが、客席から歌舞伎舞台への投合は禁止しております! ってヒエ〜! いつものわたくしに投げつける展開! おやめ下さい〜!」


 静止するMCギタユウも狙われる。


「恵まれて生まれてきた者たちが、よくもまあ好き勝手なものだ」


きさらは客席を睨み、吐き捨てるように言う。

 その言葉を聞き、一人のちょんまげ頭の町人がスッと立ち上がりきさらを指差し文句言う。


「お前の人生が悲惨なのは平氏だからじゃねぇ! ただ努力しなかった自己の責任よ!」


 きさらの素性ではなく本人を批判する町人。客席からは男に賛同の声。

 会場に熱がこもりはじめる。


「まともに頑張らなかったやつほど世間様のせいにしようとする。お前のような負け犬になっちまうんだ! 世の中に責任投げてるようなやつぁ、どこでも落ちぶれるってもんよ!」


 今度は他のちょんまげ頭。


「自分の愚かさを他人のせいにするんじゃねぇー! 親のせいにする前に真面目に生きてみろってんだこの卑怯者!」

「そうだ! そうだ!」「お前の惨めな人生に他人を巻き込むんじゃねぇ!」「お前一人が死ねば問題解決よ!」


 観客達の怒りが露になる。

 投げるものが小物から包丁や長ドス、脇差など、どんどん凶器に変わってゆく。


 ――ザシュ! ザシュ! ザシュ!


 投げられた凶器はきさらに刺さるが、その神通力によって肉体を再生し、血が流れることはない。

 体から押し戻されてカランカランと床に転げ落ちる。


「きさらお姉さん……」


「わぅん……」


 お波は泣きそうになりながら、その光景を見守る事しかできない。


「「「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」」」

「「「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」」」


 客席からは大の大人たちによる死ね死ねこーる。

 きさらはこれにただ黙って睨み返すだけ。


 すると1本の刀が勢いよく投げられる。

 刀はきさらの顔面、ど真ん中に刺さろうとする。


 ――キィン!


 空中撃ち落とすは誰か。


 それは義手を失った隻腕ぜにま。

 折れた膝丸で居合斬り、刀を弾き飛ばす。


「皆……やめるでござる」


 ぜにまも口から血を流しながらも観客を止める。

 客席は困惑。どよめきが広がる。


「なんでぃぜにま! 血迷ったか!」「悪人を助けんじゃねぇ!」


「善人騙るか、源氏よ」


 きさらの問いにぜにまは応えない。


「てやんでぃ! 敵に肩入れするんじゃねぇよぜにま!」「そいつはオレたち全員の敵だ!」


「皆、止めるでござる。拙者を助けてくれたのは感謝するで候。しかし寄ってたかって大勢できさらを攻撃するのは粋ではない」


「きさらを助けて何になる!」「おめぇも裏切り者か!」


 最早、客席聞く気なし。

 怒りの矛先ぜにまに変わり、物を投げつけ始める。

 それをぜにまは居合で斬り落とす。


「皆やめるでごぜゐます! きゃっ!」


「ヤメてーー!」「わんわん!」「わん!」


「危ない! お波!」


 止めるゑいかとお波たち。しかし一つの大きな波となった客席は止まらない。


 荒れる会場、そこへ。






 ――…………ボンッ!






 客席上空、煙玉が爆発して、降ってくるは黄金色の雨。


「なんでぃこりゃあ!?」「ん? こいつはぁ……小判じゃねぇか!」「なんだって!? 拾え拾え! 懐入れろ!」


 突如現れた小判の雨。

 観客は皆、ぜにまに物を投げる手を止め、散らばった小判を拾い始める。


 空中で和傘を広げて優雅に飛ぶは、ドテラ姿に狐の仮面をつけるなら、我らが義賊、黙阿弥ててて。


「降らせてみやしょう金の雨! ぜぇ〜んぶわっちの大盤振る舞い!」


「あれはててて様!?」


「ててて、勿体ぶって登場して!」


 喜ぶゑいか達。

 空飛ぶててて、見事ぜにまの前に着地する。


「主さん。頼まれた調べもの、持ってきたでありんす」


「かたじけないでござる、ててて」


 ててては片膝つけて、ぜにまに蛇腹折りした半紙を渡す。


「お〜っとててて選手! 第三者との共闘は禁止されております! ぜにま選手が失格となってしまいますよー!」


 MCギダユウ、カラクリクレーン台座の上から主張する。


「心配いりんせんMCギダユウ。わっちは主さんに紙渡すだけ、KABUKI勝負には手出し無用でありんす」


「それなら承知しました、問題ありません! ……あのぉ、出来れば後でわたくしにもサインなどいただけたら……」


「これにてわっちは退散!」


 ててて、和傘のぜんまいカチリと捻れば、煙玉こぼれ落ち、ボンっと白煙爆発音。

 一瞬にして花魁姿で近松ゑいかたちのいる客席に瞬間移動。


「きゃっ! ビックリした! 心臓が止まると思ったでごぜゐます……」


「ゑいかさんの驚く顔が見たくてやったでありんすから、問題ないでござりんす」


「くぅーーっ! 許せんっ!」


 ゑいか憤慨。


「まぁまぁ。それよりもててて様、あれは何の手紙でございますか?」


 なだめながら姉のお舟が尋ねる。


「あれは主さんに頼まれた、平きさらの経歴でありんす。座敷牢の役人や同室の罪人などに聞き込みしたでありんすえ。途中北町奉行所の書簡も盗み見させてもらいんした」


「平然と犯罪ギリギリのことしてるでごぜゐます……」


 ゑいかドン引き。


「おかげで、色々とキナ臭い話も見えてきたでありんす」


 ぜにまは歌舞伎舞台中央、てててに渡された文を読む。


「これは……」


「鼠を忍ばせて、色々調べさせてきたか」


 きさらは対面。ぜにまの反応を見て察する。

 ぜにまは紙に書いてあったきさらの真実に確認せずにはいられない。


「お主、なぜこの事を話さぬ」


「言ったところで無意味。源氏の奴らがどうせ話を歪めるか揉み消すだけ。しかしいいだろう。言うつもりは無かったが、ここにいる愚か者たちに源氏の醜い真実を教えてやろう」


 きさら、手にした碇を肩担ぎ、見得をする。


「……平氏は源氏に一族郎党殺された。しかしもう1人の生き残り、年の離れた従姉妹の『お(やす)』。六才! その命を守ろうと、船問屋ふなどんやに隠していたが、自分の身惜しさにかくまう育ての夫婦が裏切って、宮の源氏に密告し、お安はなぶり殺された! まだ幼いにもかかわらず!」


 きさら、思い出すは潮の香り。


 照りつける太陽、熱い夏の海。

 お安と過ごした眩しい記憶。

◆◇◆◇◆


 さざなみが砂浜に寄せる音。


「……きさらが私を守る?」


 砂浜いじる、幼子。『たいらのやす』。

 前髪を切りそろえた小さな女子。


 隣にはお安を見守る、まだ黒髪のきさらの姿があった。


「ああ。この血に誓い、命をかけてお前を守る。私は強いぞ」


「ふぅ〜ん。へんなきさら。はりきっちゃって」


「お安、船問屋の夫婦はお前に優しくしているか?」


「……うん。二人とも優しいよ」


「そうか。それなら良かった」


 きさらの質問に、砂をいじりながら答えるお安。

 お安はキレイな貝殻みつけると、片目をつぶり、太陽当てて眺めてみる。

 貝殻は薄いピンク色。日光が透けて美しく光る。


「ねー、きさら」


「うん、なんだい?」


「海の底にー、竜宮城ってあるのー?」


「それは御伽噺(おとぎばなし)の話だろう」


「それじゃあ、なーい?」


「うーむ……」


 きさらは手をかざし、日差しを隠しながら遠くの海を見る。

 水平線まで輝く海。

 海はどこまでも続いている。二人が知らない世界まで。


「まだ誰も探したわけではない。もしかするとあるかも分からないな」


「あったらいいなー竜宮城!」


 お安は年相応、きさらに振り返り元気いっぱいの笑顔を見せる。


「ふっ……お安が大きくなったら二人で舟に乗ろう。どでかい舟で竜宮城を探しに行くんだ」


「うん! やくそく!」


「約束だ。お安と私の、二人の約束」


 大きな指と小さな指で指切りをする二人。

 二人の足元に波がよせる。


ーーーーーーーー


 次の瞬間、波は生々しい赤に染め上げられる。


 血の海にぐったりと横たわり、変わり果てたお安の姿。


「お安! 返事してくれ! お安……!」


 幼子を抱き上げるきさらの呼び声。しかし返事はない。


(どうして……!? 私のせいだわ……!)

 

 きさらの目からは涙のように血がこぼれる。

 源氏に対する憤怒の念。


 その日からきさらの髪の色は、血の赤に染まった。


◆◇◆◇◆


 歌舞伎舞台で目を瞑り、話し終えるきさら。


「あのはよく笑い、きれいな貝殻が好きな只の幼子だった。平氏に生まれなければ……そしてあんな親の元にいなければもっと平穏な人生もあったかもしれない」


 平きさらの衝撃的な話に、客席沈黙。

 静まりかえる。


「血が! 親が関係無いというか! お前たちは幼子に責任を取れというのか!」


 きさらは血涙溢れる目をカッと開く。


「生まれた時から、登ってもいない山の上にいるお前らが、下にいる私達に登るのを怠るなと言うのか! この社会では、個人の努力がいかに無駄なことか、努力する環境にさえ至らない者がいるというのに……!」


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