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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第三幕 『景清』 無敵!大悪人!平きさらの段
31/52

十二の段 『侍ぜにま』VS『平きさら』 ②

 平きさらは全身に力をみなぎらせる。

 すると全身に巻かれた捕縛鎖、手かせ足かせの拘束具を一瞬にして引きちぎる。


 ――ブチブチブチッ!


 地面に描かれた円も勢いよく足で踏みつけ、歩むは舞台正面、客席へ。


「ひえぇ、化け物だぁ! 殺されるっ!」「あんた大丈夫だよ。客席は安全だってギダユウが言ってたじゃないか」「そういえばそうだったな」


 歌舞伎舞台を土牢に見立てた巨大格子。

 平きさらはその一本を両手で抱えると、腕の血脈が浮き上がるほど力を入れる。


南無観世音(なむかんぜおん)!」


 ――バキバキバギィッ!


 格子は音を立てて引き抜かれていく。きさらの剛力。

 両手で巨大な角格子を軽々と持ち上げ、きさらは観客に向かって見得をする。


「OHーEDOスパイラルに巣食う源氏の子孫共! 私に恐怖しろ! 恐怖こそ原動! 恐れこそ本能! 畏怖こそ屈服! 私は決して死にはしない! どうだ! 殺してみろ!」


 平きさら、大回転。


「旋風演舞! はああーーーッ!」


 ――ボキボキボキィッ!


 きさらは手に持った角格子を一回転、土牢セットの格子を次々となぎ倒していく。

 全ての格子はへし折られ、その勢いで暴風が起こる。

 風は客席を襲い、その体を吹き飛びそうになるほど。会場は阿鼻叫喚、悲鳴があげる。


 舞台にいる大鎧ぜにまも歌舞伎舞台に刀を刺して、強風に飛ばされないように踏ん張る。きさらの常人では考えられない腕力にKABUKI座ドームにいる人間たちは震撼する。


「これは物凄い風だぁーーーっ! 平きさら選手! 全てを破壊する剛腕! しかしKABUKI十八番勝負では、観客に攻撃することは粋では無いため失格となっております! これ以上の攻撃は認められません!」


 MCギタユウも吹き飛ばされそうになりながらも台座にしがみつき実況。

 しかしきさらの鋭い眼光ににらまれて「ひっ」と頭を隠す。


「この平きさら、それぐらいは理解している。この力は惨めに死んでいった平氏の魂を解放するため! そして横暴な源氏に正義の戦いを挑むための力!」


 きさらは怯える観客たちに向かって、角格子を担ぎ口上あげる。


「この世は血! 血が全て! 生まれた時から格決まり、親で人生全てが決まる! 平氏の親なら子も平氏! 恵まれない環境に産んで欲しいと誰が言う!」


 平きさら、血涙あふれる憎悪の眼光。


「この世には生まれながらの上級、生まれながらの将軍だっている!」


 平きさらは角格子で、KABUKI座の特等席である桟敷席(さじきせき)を指す。

 桟敷席にはすだれが掛けられており、人影が映っていた。


「ひぇ」「あいつ! 将軍様になんて無礼な事を!」


 映る人影。

 それは大江戸幕府99代目現将軍、徳川イエヤスの影のもの。


 すだれに描かれるは、丸に三つの葵葉(あおば)。徳川家御用達の家紋、三つ葉葵紋だ。


「徳川が何かも知らず、騒ぐ事しか出来ない愚か者共よ! これが源氏の作った世、宮に蔓延(はびこ)る源の! 平氏にあらずんば人にあらず! お前ら源氏は平氏から全てを奪い取った!」


 平きさら、角格子を床にドンっと突き立てる。


「私がKABUKI勝負に勝ったなら、『天下の徳政令』で源氏を殺す権利を得る! 自分たちだけが源氏に生まれ、恵まれた環境で育ち、幸福に生きる者を私は許さない! お前たちには死んでもらう! それが私の過激世かげきよKABUKI!」


「てやんでぃ! ふざけんじゃねぇ!」「そんな徳政令認められっかー!」「ぜにまやっちまえー!」


 人の道を外れたきさらの徳政令の使い道。会場からは今日一番の大ブーイングが巻き起こる。

 その怒号の嵐の中で、大鎧ぜにま、きさらに尋ねる。


「きさら……本当にそれがお主の『天下の徳政令』の使い方か?」


「そうだ」


 きさらの覚悟はすでに決まっていた。

 ぜにまはそれを確認し、刀を納刀。


 平きさらを見据えて対峙。鋭い目。


「ならば分かった。お主の相手、この侍ぜにまがつかまつる」


「覚悟しろっ! 源ぜにま!」


 決して交わることの無い二人の花道。

 ついにぶつかる。


 きさら、怪力神通力。

 両手に持った角格子、上空から叩きつけ、ぜにまの脳天目掛けて振り下ろす。


 ぜにまは横に走って移動して、格子をこれ上手く避ける。


 きさらが角格子で叩いた舞台は隕石が落ちてきたようにえぐられて、舞台の破片がぜにまを襲う。

 咄嗟に籠手でぜにまはガード。


「はああーーーっ!」


 今度はきさら、横なぎ払い。

 ぜにま、迫り来る格子避けられず、全身強打、吹き飛ばされる。


「ぜにま様っ!」


「大丈夫……! 姐さんの鎧兜は頑丈に作られている!」


 悲鳴をあげるお舟にゑいかが解説。

 対きさら戦用に準備した当世具足、大鎧。余程のことが無い限り傷つきはしない。


 きさら猛攻、今度は手持ちの角格子、ぜにまに向かって投げつける。

 ぜにま、よろけながらも居合滑走。


 ――リィィィィン!


 ぜにまの断魔理だんまりの神通力。 飛んでくる角材、鞘から覗かせた刀でいなす。刀からは火花散る。

 あまりの質量、受け流すだけで精一杯。


「くっ……!」


 まだまだきさらは攻撃の手を緩めない。

 走り出し、先程見得で破壊した土牢の格子を次から次へと拾っては、ぜにまに投合投げつける。

 ぜにま居合滑走、格子に備える。


 壱本弐本、参本余ん本。

 ――ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン! ドゴォン!


 角格子はぜにまに向かって針山のように次々と舞台に突き刺さる。

 だが見事針山の隙間から顔を覗かせるぜにま。


 神通力を使い、飛んでくる格子を受け流していた。しかし人間離れしたきさらの猛攻に肝を冷やす。


「……戦い方が無茶苦茶でござるっ!」


「まだまだいくぞっ!」


 今度はきさら、格子をななめに舞台に突き刺して、強健瞬足、駆け登る。

 尋常じゃない走力で、高高度から落下して、ぜにまに天空からの一撃、拳を叩きつける。


「姐さんっ! 一旦逃げるでごぜゐますっ!」


 咄嗟にゑいかの呼び声。

 ぜにま、後方に下がる


 ――ドゴォン!


 きさらの拳は外れ、舞台にめり込む。

 しかしめり込んだ拳、上に持ち上げるなら、なんと舞台の床の板ごと畳返し。

 板は壁の如くぜにまに倒れ込み、押しつぶそうとする。


「くっ!」


 さらに追撃、きさらは飛び込んで倒ぜにまに倒れ込む板を殴りつけ。破壊された木片が散弾のようにぜにまを襲う。


 ――リィィィィィィンッ!


 ぜにまも回転飛び上がり空中居合抜刀、向かってくる複数の木片、一筆書きに薙ぎ払い。

 見事に切り刻み地面に着地。

 しかし安堵するのも束の間、瞬時にきさらがぜにまの目の前に出現。


(近づかれた!?)


 恐るべききさらの身体能力。危険を察知したぜにまは一度距離を取ろうとした。

 だがきさらは逃げるぜにまに腕を伸ばし、被っている兜の後ろの部分、『しころ』をがっちり掴むとーー


 ――ブチブチブチブチィッ!


 本来、人の力ではびくともしな『しころ』を引きちぎり、もぎ取る。

 きさらの強靭な腕力。


「くっ、きさらぁ! 覚悟っーーー!」


 ぜにま、兜が破壊されながらも攻撃の隙を見逃さず、きさらに一閃一文字。

 きさらの腕切る居合抜刀。


 ――シュッ!


 しかし切られた傷は即座に元通り、皮が一瞬にしてくっつき再生。


「効かぬわっ!」


 きさら、ぜにまを引き寄せて、その腹に全力の拳を入れる。


 ――ドゴォォン!


「ぐああああっ!」


 会場に響く鈍い音。

 ぜにまの鎧胴にはヒビが入り、その衝撃で大鎧は砕け散る。


 ぜにまの口から大量の鮮血が、意識はどこかに飛ぶ寸前。

 されど瞬時に唇を噛み、痛覚覚醒、必死の思いで気を保つ。


「……はああっ!」


 ぜにま隠し技、近松ゑいかが仕込んでくれた義手のカラクリ仕掛け。

 そのゼンマイネジ巻きに手を伸ばそうとする。


「甘いっ!」


 それすらも読まれていた。

 きさらはぜにまの右肘左肘両手でわし掴み、カラクリゼンマイ義手、力を込めて肩から引きちぎる。


 ――ブチッ! ブチブチブチィッ!


「ぐわぁあああ!」


 さらに引き抜いたカラクリ義手を、きさらは問答無用で握り潰す。


 ――バキボキィッ!


 義手は一瞬にして粉々、舞台に散らばる木くずと化す。


「そんなっ!? ぜにま様のカラクリ義手が!」


 お舟が叫ぶ。


「うがあっ……!」


 義手を引き抜かれたぜにま。

 きさらの攻撃により悶え苦しみ、片肘ついて舞台に這いつくばることしか出来ない。


「……源氏のぜにま、お前は見せしめだ。平氏を迫害した源氏の罪。この時代に思い知らせてやる」


 平きさらは颯爽と土牢に作られた滝に近づく。そして清水落ちる水の中から引き抜くは、巨大な碇。

 黒光りする碇には四本の返しがついていた。ただの碇も怪力のきさらが持てば凶悪な鈍器と化す。鬼に金棒。

 きさらは碇についた縄をブンブンと振り回し始める。


「源氏を海の藻屑にする。お前たちが平氏にしたようになっ!」


 きさら、碇を鎖分銅のように投合。

 隻腕ぜにまはがむしゃらに片手で居合。


 ――リィィィィィン!


 ぜにまは疲労した体から力を振り絞り、何とか刀で弾く。

 だがきさらの攻撃は終わってはいない。きらさが手元の縄をたぐれば、碇の返しがぜにまに突き刺さる。


「うぐぁっ!」


 今度はきさらはぜにまに近付き、弱ったその身体、力任せに碇を何度も叩きつけ。


 ――キィン! キィン! ガキィン!


 ぜにまは倒れこみながらも片手で必死にいなす。その姿はまるで、大人が子供をいじるかのように情けない姿であった。それほどまでの実力差。


 きさらの碇の返しはぜにまの肉をえぐり、じわじわと血まみれになるぜにま。

 絶体絶命、既に体力は尽き追い詰められる。


 平きさら、全身全霊、重厚な一撃。


 ーーガギィン!


 空中飛ぶはぜにまの愛刀『膝丸』、きさらの攻撃耐えきれず、刀身からポッキリと折れてしまう。


「……そん……な……?」


『景清』……歌舞伎十八番の一つ。平家再興・源氏滅亡を望む平家の武将「悪七兵衛景清あくしちびょうえ かげきよ」が牢に入れられるが、怪力で牢を破って暴れる話。源平の戦の後も生き残り「源頼朝みなもとの よりとも」の命を狙っている。平景清自体伝説的なエピソードがあり江戸時代の庶民にもよく知られていた。歌舞伎では荒々しく力強いキャラクターで人気があり「景清もの」という作品が作られており、歌舞伎十八番のうち「関羽」「鎌髭」「景清」「解脱」が景清ものに当たる。

平きさらはこの景清がモチーフとなっている、しかし平家としてではなく平氏として。実際は平家と平氏は違うものである。

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