三の段 『侍ぜにま』VS『近松ゑいか』 ①
◆◇◆◇◆
所変わり、近松ゑいかの対戦相手を探す黒衣スタッフたち。
役者の控え室を探してもいない。
黒衣スタッフは入場口まで移動して探す。
入場口は長蛇の列。
しかし薄暗い通路の中で、スタッフが見つけるは笠を被ったお侍。
ついに見つけたやっと居た。
「おお、ここにおられましたか鳴神上人殿! 皆、集合〜!」
勿論それは別人、我らが主人公、侍ぜにまである。
黒衣スタッフはぜにまを鳴神だと思い込み、人を集めて担ぎ出す。
「「「えっさ! ほいさ! えっさ! ほいさ!」」」
「お前たち、一体何をするでござる!?」
「鳴神上人殿、我々が歌舞伎舞台に連れていきます!」「安心してください!」
「人違いでござる! こら、どこを触っておるか!?」
抵抗虚しく、黒衣スタッフ達はぜにまを暗い謎の場所に運ぶのだった。
◆◇◆◇◆
一方、KABUKI座ドームの観客たちは長い間待たされてイラ立ちも爆発寸前。
流石の近松ゑいかもカラクリ人形の肩に頬杖し、待ちくたびれていた。
「早くしろ〜!」「いつまで待たせんだ!」「てやんでぃ!」
草履や座布団が、空中カラクリクレーン台座にいるギダユウめがけて投げられる。
「ひぎぃ〜!」
ギダユウは頭を低くしている身構える。
そこに手元のカラクリ糸電話から連絡が入る。
「鳴神上人さん! 無事すたんばいしました!」
「こっちは全然無事じゃないですよもう」
ギダユウは愚痴をこぼしつつ即座にマイクで話す。
「さぁさぁ皆様お待たせしました! 本日KABUKI十八番勝負! 近松ゑいか選手の対戦相手! 鳴神上人選手の登場でございます!」
――シュパパーン!
盛大にあがる花火。
歌舞伎舞台上には、床が一部上下する機能がある。これをセリという。
このセリがゆっくりと下から上に動きはじめると、床の下から出てくるは鳴神上人ではなく、ぽにーてるな女侍ぜにまではないか。
「うっ、まぶしい……」
大量のスポットライトが一斉にぜにまを照らす。ぜにまが連れていかれたのは舞台の下、奈落と呼ばれるところ。
ぜにまは一体自分に何が起きたか分からなかった。
客席からも突如現れた女侍にどよめきが広がる。
「……ありゃあなんだい?」「鳴神上人ってのは女だったのか? 男って聴いていたが変なもんだねぇ」「何だかへっぴり腰な侍だなぁ」
「あれぜにまさんだよお姉ちゃん!」
「あらホント! はぐれたと思ったらあんな所に」
客席に先に着いていたお舟とお波。
姉妹驚きつつも、手を振りぜにまを呼ぶ。しかし舞台まで遠すぎてその声は届かない。
困惑する会場を尻目に、声を上げるは近松ゑいか。
狩人が獲物を見つけたようにニヤリと笑う。
「あんたが鳴神上人かい? てっきり怯えて逃げたと思ったよ」
「いや、拙者はーー」
「さア、一緒に傾こうじゃないか! 舞台に紅き花添えて、客席魅了する大江戸KABUKI! ギダユウ、開始の合図を!」
ゑいかは指をパチンと鳴らしてギダユウに指示を出す。
「えー……あぁ、はいっ! 分かりました! それでは何はともあれKABUKI十八番勝負、第一回戦! 開幕ゥーーー!」
――カンカン! カン、カン、カンカンカンカン!
「いよーっ! 待ってました!」「二人ともいいもん見せてくれよー!」
拍子木の音と共に、黒衣スタッフが幕を横に引っ張る。
出てくるはEDOの町並みを見事に再現したセット。
先程までどよめいていた観客も気を取り直して、大きな拍手で試合の開始を迎えた。
「さぁ色々問題もありましたが、無事始まりましたKABUKI十八番勝負。近松ゑいか対鳴神上人! 一体どんなKABUKIを見せてくれるのか!?」
「さぁ客席のみんな、あたし近松ゑいかが演ずるは、今世紀最大の人形浄瑠璃! あっ『曽根崎心中』の、開幕でぇごぜゐます!」
声と同時に歌舞伎舞台の横、電光めくり台には『曽根崎心中』の文字が浮かび上がる。
ゑいかは曾根崎心中の台詞を優雅に歌う。
「会うに会われぬその時は〜、この世ばかりの約束か。 三途の川は堰く人も、堰かれる人もござんすまい」
ゑいかの脇には男女2体のカラクリ人形。そのうちの一体。
緑の着物を着た男の人形がひとりでにズイと前に出る。
手には大きなソロバン抱えて。
「操るはこの物語の主人公、醤油屋の徳兵衛でごぜゐます。才あるゆえに奉公先の叔父に望まぬ縁談決められて、徳兵衛の母はすでに縁談の金を受け取る始末。しかし心に一人の女、この世で叶わぬ恋だとて、二人の絆は引き裂けない! 皆さまとくとご覧あれ〜!」
説明とともにゑいかは素早く指先を動かす。
ゑいかの5本の指には指貫がついており、そこから透明な糸がカラクリ人形『徳兵衛』に繋がっている。
これを引っ張ることで、カラクリスイッチが作動して、人形をゑいかの思い通りに動かせるのだ。
徳兵衛は、ぜにまに走って近づいて、大きなソロバンなぎ払い。
それぜにま、後ろに飛んで一回転、着地もキメて華麗にかわす。
「やめるで候! これは何かの手違いでござる!」
「あんたが鳴神でなくても、私にゃあ関係ない! 血眼こらした客席は、吹き出す血見なきゃ帰らない。舞台に上がったもの同士、ただただ相手に勝てばいい! それがKABUKI十八番、勝負の掟! さあ行きな徳兵衛!」
縦振り横振りナナメ振り、徳兵衛ソロバン振りまわし。
ぜにまの着けてた三度笠、ソロバン振りで吹き飛ばし。
「拙者はEDOに殺し合いをしに来たのではない! 戦う気は無いでござる!」
ぜにまはしゃがみ、反らし、跳躍で、全てを見切る立回り。
「アッーハッハッハ! いつまでそうやって避けられるかねぇ?」
徳兵衛ソロバン連打の極み。
しかしぜにまに当たらない。ソロバンギリギリ当たるにたらず。
「なんでぃ? あの侍!?」「避けてばっかりじゃねぇか、反撃しろー!」「近松屋! とっととやっちまぇー!」
ぜにまは背中に重たい刀籠を背負っている。しかしそれを感じさせない軽快な回避。
ここでゑいかも気がついた。
ゑいかの人形浄瑠璃は、常人かわせぬ職人技。しかし侍、わずかな動きでこれ見切る。ただものじゃない立回り、その力量。
「それならこれでも喰らいなッ!」
徳兵衛ソロバン、床叩きつけ。
珠が木枠からはじけ飛び、ぜにま目掛けて五月雨撃ち。
「願いましては〜ご破算なりぃ!」
数十の鋭い珠がぜにまを襲う。
なんとぜにま、これを着物が擦り切れる最小限の動きでかわす。
しかし一つだけ、珠がぜにまの頬をかすめ、赤い鮮血たらりと垂れる。
「おいおい、ありゃあどうゆうことだ!? ほとんどかわしちまったよ」「俺も何が何やら見えなかった……」
不思議がる観客たち。
説明しよう。
ぜにまには特別な力があった。
鞍馬山山中「天狗の谷」で伝説の居合抜刀の修行を積み、手に入れたは断魔理の神通力。
鞘から刀を抜く間、ぜにまの意識は覚醒し1秒が10秒、100秒が1000秒に、全てがスローモーションに見えるのだ。
ぜにまは頬から垂れる血を、手の甲で拭う。
甲についた血は、ライトに照らされ色鮮やかな紅を反射する。
ぜにまは真剣な表情でゑいかを睨む。それは一線を越えたゑいかに対する目。
「……これがお主の望むことか?」
「そうさ……! 運が無かったな侍! 人助けをしにEDOに来たって言うんなら、ここで私に殺されるでぇごぜゐます!」
ゑいかは攻め手を緩ませず、振り上げソロバン、ぜにまの頭を狙い打ち。
腰を落とし、ぜにまは鞘にしまった腰の刀に手を添える。
ぜにまの愛刀『膝丸』、刀を引き抜く時、鞘に付けられた鈴が鳴る。
――リィィィィィィン
鈴の音は、鞘から刀を滑らして、抜刀するまでの時告げる。
この音が耳に残るまで、明鏡止水の扉が開く。
ぜにまは眼球動かして、振り上げられたソロバンを、睨んで刹那、ポニテがなでる横に僅かな逸らしで避ける。
そして鈴の音終わる時、
――キィンッ!
「居合、仇桜」
それは一瞬の居合。
相手の攻撃を刹那に避けて行うぜにまの神速抜刀。鞘から抜き放った一閃は誰の目にも捉える事は出来ない。
刀をゆっくりと鞘に納めるぜにま。
すると徳兵衛の持ってたソロバン、縦真っ二つ、ちょんまげ頭の額までパックリ割れる。
ぜにまは着ていた合羽を投げ捨てる。
「……分かり申した。ならばこのぜにま、お相手仕る」
一瞬の静寂。
からの拍手と歓声が客席に湧く。
「あっぱれ!」「思ったよりやるじゃあねぇか侍!」「こりゃあ見事な居合!」「いいぞー! やっちまぇー!」
客席では、妹のお波が興奮して隣の姉の袖を引っ張っていた。
「お姉ちゃん、ぜにまさん強いよ! …ってお姉ちゃんしっかり!?」
姉のお舟は顔が青ざめ、今にも倒れそう。
「姉さんには何でぜにま様が戦ってるのかサッパリ……」
『近松門左衛門』……歌舞伎・人形浄瑠璃作品の天才的作者。シナリオライターのようなもの。庶民を主役とした世話物というジャンルを作った。英雄が出てくる時代物とは別に、町人の心の動きをリアルに描き「東洋のシェイクスピア」とも呼ばれる。代表作は「曾根崎心中」「心中天網島」など。
近松ゑいかはその一門の一人娘として登場。
『だんまり』……だんまりと呼ばれる歌舞伎の演出の一つ。暗闇の中で役者同士がお互いが見えないという設定で、お互いを探り合ったり、物を奪いあったりする演技を行う。
ぜにまの断魔理の神通力は、この無言でゆっくりと行われるだんまりの演出と同じように行われる。