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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第三幕 『景清』 無敵!大悪人!平きさらの段
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八の段 ぜにま、湯屋へ

ぜにまと三笑さんしょう姉妹、EDO通りを歩き、辿り着いたは小伝馬町。


「日本橋の北にこんなところがあったとはな」


「目的地はこの中です。ぜにま様」


 三人の目の前には見上げるほどの建物。

 店先には弓矢が吊るしてあった。


「ここは武器屋か?」


「この弓は武器屋の意味の弓じゃねぇ。はんじ物看板って言って、つまりは駄洒落さぁ。ここは湯屋、『弓射ゆみいる』『る』『湯にはいる』ってな」


 そがな、ぜにまに色っぽい流し目で流暢に解説。


「他には『春夏冬中』と書くものがあるが、どういう意味が分かるかい?」


「むむ……? 拙者、さっぱり分からぬ……?」


「秋が無いから『あきない中』ってなもんだ。OHーEDOじゃあ判じ物看板は当たり前だぜ。どうやら侍ぜにまが田舎もんってのは本当らしい」


「そがなちゃん、そんな風に言ってはダメですよ。失礼しましたぜにま様、さあ入りましょう」


 口の悪い妹を咎めつつ、三人は風呂場に足を運ぶ。


「拙者、湯屋は初めてでござる! ちょっと楽しみでござる!」


 ぜにまは幼子のように目を輝かせて息を荒げる。


 湯屋の中に入るとそこは脱衣場。

 壁には刀掛けがあり、奥には風呂場に続く大きな暖簾(のれん)


 入口横には番台があり、ねじり鉢巻したちょんまげ主人が暇そうに頬づき座っていた。


「冷え者でぇす、御免なせえ!」


「へいらっしゃい! お、三笑の姉さんたちですか。この時間に来られるとは特別な用事で? ちょうど開店前、少し時間ありやすぜ!」


「ああ、そんなら一番割り込みましょうか」


「いつもありがとうございます。それでは先に三人だけで湯を浴びさせてもらいます」


 三人は刀を置き、脱衣場で着物を脱いで裸になる。

 手足のスラっと長いそがなと、絹のような肌のそがの。

 ぜにまも続いて服を脱ぐが初めてのことで期待で胸が高鳴る。


 三人が暖簾をくぐった先はに洗い場があった。

 板敷ひかれた場所に、湯気がたち込む。


「湯船はここに無いのでござるか」


「お風呂はこの先にあります。その前にまずこれで身体を洗うのですぜにま様」


 そがのに渡されたは米ぬか袋。

 ぜにまは洗い場に用意された上がり湯を桶ですくい、湯でぬか袋を優しく揉む。そして全身ををぬか袋で撫でるように洗うと肌がスベスベ。


「おおっ!」


 そして奥にある石榴口(ざくろぐち)と呼ばれる門を通り過ぎれば、そこに湯船があった。


 OHーEDOの湯船は真っ暗。窓も無ければ明かりも無い。

 ぜにまたち三人は暗闇の中で湯に体を滑り込ませる。


 冷えた足先からジワっと温められる。


「ふぃぃ〜〜〜これは……極楽でござる」


「はぁ〜、喧嘩の汗もちょろちょろ流れてく。お茶立ちょ茶立ちょ、ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹茶せんでお茶ちゃっと立ちょ、ってなもんだ」


 三笑そがな、舌を廻して早口言葉。

 すると何故かぜにまも対抗する。口を湯につけ泡立てる。


「ブグバグ、武具馬具ぶぐばぐ、三ぶぐばく、合わせてブグバグ、六ぶくばぐ」


「あの……ぜにまさん。本題に入りましょうか」


 子供みたいなぜにまに戸惑いながらも、改まって声をかけるそがの。


「う、うむ。かたじけない」


「それでは……。ここに来たのは湯に浸かるためではなく、他人に話を聞かれないために来ました。そして今から話すのは私たち姉妹の目的について」


「目的?」


「はい。私たち姉妹には武士の父がおりました。しかしある夜父は何者かに殺されたのです。そしてその者が使ったとされる刀、それが源氏げんじの宝刀『友切丸(ともきりまる)』なのです」


「源氏……でござるか」


「ああそうさ。だからオレはEDO中の道行く侍に喧嘩をふっかけては、刀を抜かせてたってところよ。そこにお前さんが来た」


「もう。そがなちゃんにはもう少し穏やかにことを済ませることを覚えて欲しいです」


「俺にとっちゃあ、これでも大分穏やかにやってるほうだぜ〜」


 ――ピンッ


「アイタッ!」


 デコピンくらわす姉そがの。


「それはさておき、源氏の宝刀は二本同時に造られたと聞いております。ぜにま様、あなたの刀を拝見致しました。それは『友切丸ともきりまる』との兄弟刀、『膝丸ひざまる』ですよね」


「む。……作用」


 ぜにま、自分の刀について聞かれて静かに回答。


「何故あなた様がそれを持つのかは詮索いたしません。しかしそれを持つということは、何かしら源氏に深いゆかりの方。どうか『友切丸』について、知っていることをお教えいただけないでしょうか?」


「なんでもいい。少しでも知ってることがあったら教えてくれ! オレ達の、死んだ親父の為だ!」


 二人の声はこれまでと違って真剣であった。

 ぜにまは肩まで湯に浸かって考え込む。そがのが刀を見た時から、何となく聞かれるだろうとは思っていた事柄。

 しかしなかなか、言い出せない。


 重苦しい沈黙が流れる。





「……頼朝よりとも





 そがのの一言。

 ぜにま、その名を聞き全身に電流が走る。


「『今、友切丸は頼朝よりともの名を持つ者の手にある』。私たちが手にした情報です」


 ――ちゃぷっ


 ぜにま、湯からスッと顔を出す。


「あい分かった……話をしよう」


「本当か!?」「何か知っておられるのですね」


「少し長くなるでござる……」


 ぜにまの心臓は締め付けられる。

 思い起こすは遥か昔、幼き頃の記憶ーー


曽我物そがもの』…… 建久4年(1193年)5月28日に起きた実際の事件、曾我十郎祐成そがのじゅうろうすけなり五郎時致ごろうときむねの兄弟が、源頼朝が行った富士の裾野の巻狩に乗じ、父の敵工藤祐経くどうすけつねを討った仇討の物語を題材とした能、文楽、歌舞伎作品。 『曾我対面』『外郎売』『矢の根』が代表であり、『『助六由縁江戸桜すけろくゆかりのえどざくら』の主人公も実はこの曽我五郎で曽我物となる。江戸時代では仇討ちとして人気の演目となり正月には曾我物を上演する慣わしとなった。

三笑そがな・そがの姉妹の元ネタである。


『外郎売(ういろううり』……同じく曽我物の歌舞伎作品。歌舞伎十八番の一つ。「外郎」は薬の名前。アナウンサーなどの早口言葉の長台詞で有名だが、こちらも殺された父の敵を討とうとする「曽我兄弟の敵討ち」を下敷きにしている。兄弟の敵である工藤祐経くどうすけつねが宴を開いていると、外郎売が貴甘坊とともにやってきて、薬の効能や由来を聞かせる。実はこの外郎売の正体が、曽我兄弟の弟、曽我五郎であった。

ぜにまたちの早口言葉もこの台詞の一部から。

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