七の段 『侍ぜにま』VS『三笑そがな』 助六由縁江戸桜
その場に走って駆け付けるはぜにま一行。
外の騒ぎが何事かと水茶屋から様子を見に来た。
「一体これは……!?」
「あっ! お姉ちゃん!」
お舟に飛びつくように駆け寄るお波。
「あのね、あのお姉さんがね、この子を悪いお侍さんから守ってくれたんだよ!」
「わん!」
顔から煙が出るくらい興奮気味なお波は、目の前で起きたことを一から順に早口で説明する。
「あらそんな事が……。すいません、うちの妹がご迷惑かけまして」
事情を何となく把握したお舟は、そがなに向かって深々とその頭を下げる。
「いいって事よ。……ん? あんたは……」
するとそがなは隣にいるぜにまに気付く。
その顔と刀を穴が開くほど見つめるそがな。
「まさかこんなところで見つかるとは。探す手間も省けたぜ」
「おや?」
そがなはググイのグイとぜにまに近づき、足入れ肘入れ、ぜにまの額に自分の額をぶち合わせ。
火花飛び散る至近距離。
「ここであったが百年目! 侍ぜにま! この三笑そがなとKABUKIを一緒に踊りやせんか!」
「出会い頭にいきなりなにゆえ」
「ござるもおサルも関係無いねぇ。いいからその刀、抜いてみな」
「ま、まって! そがなお姉さん、どうして二人が喧嘩するの?」
「わぅん?」
お波が突然の事態に困惑。
今にも火が付きそうな二人に声をかける。
「なんだぁまた喧嘩かぁ!?」「ありゃ相手はぜにまじゃねぇか」「こりゃまた何か始まりそうだ」
群衆たちも何やら始まるのかと騒ぎ始める。
「拙者、いたずらに刀は抜かぬ」
「抜く気が無いから無理矢理抜かせてやらぁ」
その言葉が終わるや否や、そがなはぜにまに向かって力一杯その拳を振るう。
――ガキィン!
これをぜにま、カラクリ義手を盾にして身を守る。土埃を巻き上げて後方あとずさり。
「何をするでござる。お主と戦う気はござらん!」
「そう言ってられるのも今のうち! さぁさぁ見てくれオレの曽我ものKABUKI!『助六由縁江戸桜』〜!」
そがなは帯にしまった大量の煙管、一本二本とぜにまに投げる。
「一本貸して進んぜやしょう!」
――ヒュンッヒュンッヒュン!
これぜにま、義手で空中握りつぶす。
――バキッ! ボキッ! バギキッ!
「それならコレよ、煙管の雨が降〜るようだ!」
今度はそがな、大量の煙管、真上に一斉空中放り投げ、それら全てがぜにまに降り注ぐ。
「ついでにこれも貸して進んぜやしょう!」
そがなは履いてた下駄も、足から蹴飛ばす。
上から真正面からぜにまを襲う。
「くっ!」
――カチリ
ぜにまはカラクリ義手のゼンマイひねり、掌から出てくるは木造銃口カラクリバレル。
義手の左手伸ばすなら、右手で支えて狙い撃つ。
「いやあーーーっ!」
――どどどどどど度!
ぜにま怒濤の銭撃ちマシンガン。小銭のつぶてを五月雨撃ち。
銭で真上の煙管対空射撃、破壊する。
「はああーーーっ!」
目の前に飛んでくる下駄にも見事に命中、迎撃する。
そのままそがな目がけて狙い撃つぜにま。
そがなは手にした蛇の目の傘を広げて防ぐ。
跳ね返った銭は雨のように見物人に当たる。
「アイテテテテ!」
「かたじけないでござる〜! しかしこのカラクリ、拙者の小遣いがすぐ無くなるからあまり使いたくないで候……」
「そんならオレが一杯振舞ってやろう。おっさんうどんを頂くぜ」
「ああっ! あっしの昼飯が!」
そがな、近くの屋台のうどんを手に取り、ぜにまに向かって投げつける。
湯気立つ出来立て白いうどん、放物線を描くなら、熱々ぜにまに降り注ぐ。
ぜにまは咄嗟に懐から、漆塗りの棒を二本取り出す。早業、箸業、空中うどんをちゅるちゅるる。
器用に掴み吸い上げる。
もぐもぐもぐと、よく噛んで、ゴクリと飲み干す。
見ていた群衆、ぜにまの芸当に拍手が起こる。
「拙者、まい箸持参でござる」
「大丈夫ですか姐さん! あたしも助太刀します!」
「わっちもいるでありんすぇ」
ゑいかとててて、後ろから前に出てぜにまを援護。
それぞれ刀を持った人形と和傘を取り出し構える。
そがなはその様子を見ても自信満々だ。
「こちとら三対一でも構わない。まとめて相手してやるぜ」
「いや、二人は手出し無用。この喧嘩買ったつもりはないが拙者一人で決着をつける」
ぜにまはついに腰の刀に手を添える。
そがなもそれを見て、背中の巨大な矢じりを引き抜き、両手で掲げて相対する。
「へっ! 待ってたぜ、刀を抜く瞬間をよ! 侍ぜにまの居合とやら見せてもらおうか!」
「……ぬ。刀を抜けと言われれば、抜きたくないで候」
「なにぃ! 天邪鬼なやろうだ。そこまで構えたんならいいから抜きやがれ!」
「抜かぬ!」
「抜け!」
「抜かぬったら抜かぬでござる!」
「ええい! 抜け抜け、抜かねえか〜!」
「絶対に絶対に抜かないでござる!」
「だったらこれでも食らいやがれ~!」
そがな大きく踏み込みんで、矢じりを振り上げぜにまと対面、振りかぶる。
「二人ともやめてー!」「わんわん!」
お波の叫び虚しく、二人は勢いよくぶつかり合う。
「あっ、もし。あい待ったーーー!」
そこに間を割って入るは一人の女。
白い肌、白い着物、白の手ぬぐい道中被り。白酒売りの格好をして、両手を広げて二人を静止する娘。
「……何者?」
「わたくし、この者の姉『三笑そがの』と申します。ぜにま様、妹のそがながご迷惑をおかけしました。私の方から謝らせていただきます。申し訳ございません」
『三笑そがの』と名乗る背の低い女、物腰柔らかにぜにまに頭を下げる。保護者のような立ち振る舞い。
そして妹のそがなに歩いて近づく。二人の慎重差は大人と子供のようだった。
姉のそがなは背伸びして、背の高い妹の額にデコピン入れる。
――ピンッ
「あいてっ!」
「めっ。いけませんよそがなちゃん。そのような喧嘩腰では。姉は心配してしまいます……」
そがのは悲しそうな顔をする。
「姉さんこれはだなぁ」
「分かっております。刀を探していたんでしょう。ただし無茶なやり方で」
整った涼しい顔立ちのそがな。落ち着いた声でぜにまに問いかける。
「ぜにま様、厚かましいお願いで申し訳ありませんがよろしければその刀、拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ふむ。わかり申した」
ぜにまためらいもなく即答。
「おいおい! 姉さんにはそんな簡単に刀を抜くのか!?」
「拙者、困っている人の話は聞くでござる」
ぜにまは腰の鞘から『膝丸』をスルリと引き抜く。
姉のそがなは真剣な眼差し、鑑定するかのように刀を眺める。
最後に刀の銘を確認する。
「……間違いありません。ぜにま様、大切なお話があります。もしよろしければこの後、お一人でお時間いただけますでしょうか?」
「構わないでござる」
「ありがとうございます。それではご案内します……そがなちゃんも行きますよ」
「へいへい。おっ〜と、そうだった」
一連のやり取りにポカンと口を開けて観る群衆に向かって、そがなは両手を広げて見得をする。
「OHーEDO町人皆々様、オレのKABUKIで驚かせてちゃあ申し訳ねぇ。何か困りごとがあったらこの三笑そがな、どこでも駆けつけてぇみせるぜ。以後よろしく」
深々とお辞儀をして姉と共に去っていく。
「ちょっと行ってくるでござる」
ぜにまも二人に付いていく。
「姐さん、大丈夫でごぜゐますかね?」
「主さんのことだからきっと大丈夫でありんしょう。あの方たちも、悪いお方という訳でな無さそうですし。ただ明日はKABUKI十八番勝負。何もなければいいでありんすが」
「ぜにまさーん、気をつけてねー」
「ぜにま様……」
心配そうに手を振り、見送るお舟たちであった。
『助六所縁江戸桜』……歌舞伎十八番の一つ。曽我ものと呼ばれる曽我兄弟の話。曽我五郎時致は、花川戸の助六という侠客となって、源氏の宝刀・友切丸を探している。三浦屋の傾城・揚巻と恋仲になった助六は、吉原で豪遊する意休という老人がこの刀を持っていることを聞きだし、奪い返すという物語。歌舞伎十八番でも代表的な芝居で、「助六」には江戸時代の粋が詰まっており今でも大人気な演目である。また助六寿司の名前の語源といわれている。
今回の話はそれを元にしたもの。




