六の段 女伊達!?『三笑そがな』登場!
ゑいかの言葉に水茶屋に緊張走る。
ちゃぽんっと泳ぐ金魚がまるで静けさに見かねたかのように、水を跳ねて音立てる。
「罪人きさらはその怪力と金剛不壊の体を持っているとのこと。これまでの対戦相手も恐ろしくなり直前になって逃げ出してしまう始末でごぜゐます」
画面に映る平きさらの横では、黒衣スタッフが力士が休場の時のように『不戦勝』と書かれた紙を広げていた。
「そんな……ぜにま様の次の相手がそんな人なんて……」
「主さん。次の試合は、今までみたいな甘えは一切なしでありんす」
てててがきつめにピシャリと言う。
「いや拙者……甘えなどは無いつもりでござるが……」
「姐さんはいつだって本気でごぜゐます」
パシッと自分の膝を叩く音。ゑいかの手。
「そうでありんすか? わっちに言わせれば主さんは甘々。大甘でありんす。きさらは主さんを本気で殺しにくる。天下の徳政令だって何に使うか分かったもんじゃない。だから、今までみたいに敵に情けをかけるのは無しでおくんなし」
てててはちょっと不機嫌なようにぷいっと顔を背ける。
「自分だって助けられたくせに……」
小言のゑいか。
「あい分かった。拙者もOHーEDOを救う意味で覚悟してのぞむで候」
「どうせ主さんのこと、あまり期待はしんせん。その代わりサポートは全力でさせていただきんす」
『キャイィン! キャン!』
そこに茶屋の外から子犬が叫ぶような声が聞こえてくる。
「おや? 何事でござるか?」
ーーーーーーーー
それはちょうど水茶屋『一ぷく』外通り、日本橋めいんすとりーと。天気は今日も日本晴れ。
通りには町人、役人、行商人、ありとあらゆる人々が行き交う。
「なんだなんだ!?」「何事でぃ?」「どうやらお侍の喧嘩だってよ!」
何かあったのか、山のような人だかりが出来ていた。
「小娘、そこをどけ! どかないとどうなっても知らぬぞ!」
声を荒げるはちょんまげ頭の侍、目つきは三角に吊り上がり、腰の刀に手をかける。
「へぇ〜そうかぃ。一体どうなるって言うのかねぇ。まさか、そのちっぽけな刀でも抜くのか? そんな爪楊枝みたいな刀で、オレを斬れるっつうんだったら是非この目で拝みてぇもんだぁ」
侍と対峙し、流暢に語るは長身長髪の女。
目の周りはむきみ隈と呼ばれる紅で爽やかに塗り、スタイルの良い麗人。
シャキッと目立つは黒一色の着物、紫ハチマキ頭に決めた、黄色の足袋と下駄を履く。
オシャレな出で立ちとは反対にその話す姿、まるでツッパリのよう。
「わぅん……」
女の後ろには怯える雪のように白い犬。
犬は頭から血を流していた。
そして犬をかばう少女の姿、それはなんと福内お波だった。
「その犬が俺の刀にぶつかりやがった。刀は侍の魂。それを畜生ごときに傷物にされたとなれば一生の恥。そこをどけ、そいつを斬る」
「そうかい。だったらまずは刀を抜きゃあいい」
「あの姐ちゃん物騒なこと言いやがる」「お侍が刀を抜いたら死人が出ちまうぞ!」「こいつはてぇへんだ!」
ちょんまげ侍に臆もせず、長身女は挑発する。
その姿を見てざわつき始めるのは周りの野次馬たち。
「ふんっ。いや、刀で斬ったら畜生の汚ない血で刃が汚れてしまうからな。そんな事せずとも、この手で絞め殺してやる。さあ、そこをどけ。どかないと本当にそのハチマキごと斬ってやるぞ」
「やめてっ!」
お波が女の後ろで涙ながらに子犬をかばう。
「お侍様よぉ、この伊達なハチマキがご不審かい? こいつはおめぇさんみたいな、弱いものいじめをくじく、仁狭の証!」
女は右足大きく踏み出して、伸ばした手には蛇の目傘、縁を片手に見上げれば、侍向かって見得をする。
「これ以上進むってんならまずはオレを斬りな! それとも這いつくばって股ぐらくぐるかい? ちんけな蛇野郎がっ!」
「ぬ、ぬおおおおおォォォーー! 侮辱しおって! たたき斬ってやる!」
侍は怒り爆発、血管ぶちぎれ。ちょんまげ頭は怒髪天。
女の挑発についに耐えきれず刀抜く。
「危ねぇ!」「きゃー!」
侍、刀を上段、切り下ろし。
――シュッ
しかし女はこれ見切り、体を軽く横に捻ってやれば、華麗にかわす立回り。
振り下ろされた刀見て、瞬時に両手で長さを測る。
「チッ……これじゃあねぇな」
女は至って冷静、そのまま回転して侍の顎に肘打ち、そのまま裏拳きめる。
「うわぁ! やっちまった!」「ありゃモロでぃ!」
侍は顔面破壊され、鼻血を出して地面に伸びる。
一瞬の出来事、野次馬たちも息を飲む。
女は蛇の目の傘をまたもや掲げて、啖呵切る。
「このOHーEDOスパイラル踏み込むやつは、オレか名を聞いておけ! EDO紫の鉢巻に、OHーEDO八百八丁に隠れのねぇ、杏葉牡丹の紋付も桜に匂う仲の町、花川戸の『そがな』とも、三笑の『そがな』ともいう若え者、間近く寄って面相拝み奉れー!」
町人たち、口をあんぐり。
しかしそのうち拍手が起こる。
――パチパチ……パチパチパチパチパチ!
「すげぇ腕っぷしだぁ!」「よっ! 伊達女!」「おまけによく見たらえらいべっぴんさんじゃねぇか!」「キャー! そがな様カッコいい!」
『三笑そがな』と名乗った美人の粋な出来事に大喜び。
やんや、やんやと褒め上げる。
町娘たちは色めき立ってそがなに押し寄せ、自分たちが口つけた煙管をそがなに手渡していく。
そがなの両手には持ちきれないほどの煙管。
「このように、めいめいご馳走にあずかっちゃ、しんぞ火の用心が悪うごんしょう」
三笑そがなは言い放ち、煙管を一本ずつ吸う。間接キスに町娘たち、『キャー』っと黄色い声上げ失神。
「あの……この子を救っていただき、ありがとうございました!」
「わん!」
お波は真っ白の犬を抱え、そがなに向かって感謝する。
「いいってことよ。お嬢ちゃんの勇気があったからその犬は助かったんだ。誇りに思いな」
そがなは手にした煙管を帯にしまい、しゃがんで微笑みながら優しく犬の頭を撫でた。
その笑みは先程と打って変わって優しい微笑み。
「……はい! ……わっ!」
白い犬はお波の顔を嬉しそうにペロペロと舐め出すではないか。
「わんっ!」
「あはは! くすぐったい!」
『金井三笑』……歌舞伎作者。世話物を得意として、様々な話から場を追うごとに謎を解き明かしていく三笑風とよばれる劇作法を確立。100作以上の作品を書いたが残っている台本は少ない。長唄、常磐津、富本などの作詞にすぐれ、河東節「助六由縁江戸桜」は「助六」の出端で演奏される。




