五の段 源平合戦、大悪人『平きさら』
お通との試合から数日後。
ここはOHーEDOスパイラル八百八町。
福内姉妹の水茶屋『一ぷく』。
「ぜにま様。朝ごはんですよー」
声をかけるは茶屋娘のお舟。割烹着姿で朝飯用意。
開店の準備で忙しそうだ。
「ふぁ〜〜、かたじけないでござるお舟。拙者も着替えなければ」
部屋から出てくるは寝ぼけ眼の侍ぜにま。
「ぜにまさん、おはよう! 見て見てコレ!」
「むっ、これは……金魚でござるか」
そこにかけ寄るは妹のお波。朝から無邪気に話しかける。
お波の手には水の張った透明の金魚鉢。水の中で二匹の金魚が涼しそうに泳いでいた。
「かわいいでしょ! こっちの金魚が琉金のリュウちゃんで、こっちの黒出目金がデメちゃん!」
金魚たちの尾びれはゆらゆら揺らめいて、花弁のように水を舞う。
「分かりやすい名前でござるな……」
「お波ったらペットを飼いたいってずっと言ってて」
姉のお舟は困ったような顔で呟く。
「そうでござったか。なかなかこう、金魚とはオツなものでござる」
「みんなカワイイんだぁ〜。ずっと見てられちゃう」
お波は小さい金魚たちを笑顔で眺める。金魚たちも水中を元気よく泳いでいた。
「ほらお波、今日は材料の買い出しに行く約束でしょ。私が代わりに餌あげとくから、今から買ってきてちょうだい。ご褒美で好きな食べものひとつだけ買ってきていいから」
「はーい。じゃあ、みんなまた後でね」
「気をつけるでござるー」
お波は金魚鉢を茶屋の座敷に置き、草履を履いて出かけていく。
二人は出かけるお波を手を振り見送る。
――ぐぅ〜〜〜
するとぜにまの腹が鳴る。
「……拙者も、そろそろ朝食をいただこうかのう」
「ふふっ。今、お出ししますね」
茶屋の食事処は、腰をかけるぐらいの高さの座敷があり、そこにお膳をもったお舟が朝飯を出す。
熱々の山盛り白米に漬物、味噌汁、焼き豆腐一丁。
「あと、こちらもどうぞ。俵物を頂きましたので」
小皿に出すは、ちょこんと干した貝柱。
「おおっ! これは美味しそうでござる。早速いただくでござる!」
ぜにまは手を合わせ、懐から箸を取り出す。
味噌汁すすり、白米ほおばる。
味噌の風味が口に広がり、白米ほおばる手が止まらない。
豆腐を崩せば真っ白の熱々で、そこに黒い醤油をちょちょいとかければ、熱いうちに口運ぶ。
舌触りがこれまた美味しい。
今度は貝柱つまむ。
口の中で転がし、溢れるエキスは香ばしく、これまた白米すすむすすむ。
ぜにま口の中、夢心地。
「あっぱれ、お舟の朝飯は最高でござる!」
「そう言っていただけると私も嬉しいですね。侍で言えばありがたき幸せ、って感じかしら?」
ぜにまとお舟、ともに楽しそうに笑う。
「姐さんたち、おはよーでごぜゐます!」
そこへ現れたは近松ゑいか。黒衣ミニスカの作業姿。
「おやゑいか。今日は文楽座があるのでは?」
「少しだけ時間があるんで、挨拶がてら、お茶をいただこうと思いましてね」
――カツンカツン
するとそこに高下駄鳴らして、もう一人。
見た目華やか、黙阿弥てててが花魁姿で暖簾をくぐる。
「あらあら皆さんお集まりで。主さん、あれから体の様子はどうでありんすか?」
「おかげで何とか、心配痛み入るでござる。それよりてててもなにゆえ水茶屋に?」
「わっちもいっぷく、目覚めのお茶をいただきに。何やら余計な方もいらっしゃるようでありんすが」
「ふ〜ん……って誰が余計でごぜゐますか!」
ててては意地悪そうに細目で笑う。
「あらぁ、わっちは誰ともおっしゃりません。自覚があるご様子で」
「くぅ〜〜!」
「まぁまぁ細かい事は気にしないでござる」
「ぜにま姐さん〜! 姐さんからもてててになんか言ってくださいよ〜!」
ゑいかはぜにまの肩を揺さぶる。
「あうっあうっあう。揺れるでござる〜」
「ほら皆さん、熱々のお茶、出来ましたよ」
ーーーーーーーー
口喧嘩も一段落。
ぜにまたちは水茶屋の中で腰を落ち着かせ、熱々のお茶をいただく。
「ふぅ。やはりお茶は落ち着くでござるなぁ」
「そうですね。カラクリ箱でもつけましょうか」
お舟は茶屋のカウンターに置いてある観音開きのカラクリ箱|(注:テレビ)を開ける。
お舟が箱に付いているゼンマイを巻くと、箱に映像が浮かび上がる。
映るはふんどし姿の男たち。
「あらもう。最近はバラエティ番組ばっかり。他にやってないのかしら」
お舟は続けてキコキコとネジ巻きを回す。
「そういうお舟は最近は同心や岡っ引きもののドラマばっかり見てるでござるな」
「へーそれは意外でありんす」
ぜにま口走り。
「だって……ちょっと憧れるじゃないですか! 正義の町廻り同心! 闇に潜む悪人たちをビシッと捕まえて、弱き庶民を助けるんです! そしてその手助けをするのが岡っ引き! はぁ〜私だと同心様にはなれないけれど、岡っ引きならなってみたいなぁ……。頭の機転を活かした、女岡っ引きっ!」
お舟は手を合わせて夢の世界に入り込む。
「ぜにま姐さん、私は知らなかったんですが、お舟は同心の話となると熱くなるようですね……」
「う、うむ……そうなのでござるよ」
お舟は自分の話にうっとりしつつ、またカラクリ箱のゼンマイネジ巻きを回す。
画面は次から次へと他の番組に変わる。
すると一瞬だけ、KABUKI座ドームの映像が映し出される。
「お舟さん、今のやつ音量上げてもらっていいでありんすか?」
「これですか? 分かりました」
画面の歌舞伎舞台には赤色の長髪、白装束で手枷され、体は縄で捕縛された女の姿。
「あれは誰でござるか?」
ぜにま尋ねる。
「あれは大悪人『平きさら』でごぜゐます。どうやらこれは前回のKABUKI勝負の再放送らしいですね」
その平きさらと呼ばれる女は、歌舞伎舞台の中央、静かに目をつぶりあぐらをかいていた。
「平といえば、あの『源平合戦』の?」
「むっ?」
聞くお舟。
応えるは花魁ててて。
「……そう、誰でも知っているあの戦。八百年以上前、この国の覇権を争った二つの武士。源氏と平氏。国をかけた戦いは大きな戦となりんした」
ててての話を皆静かに聞く。
「先に勝ったのは平氏。平氏は武力によって権力を手に入れ、都で栄華を極めたと言いんす。しかし敗けた源氏が再び立ち上がり、最後には平氏を討ち滅ぼした。それが『源平合戦』。以降は武士の世の時代が到来したと言われてるでありんす。しかし多くの血が流れた戦でもありんした」
対立する二つの武士の争い、『源平合戦』。
ゑいかはお茶をぐいっと飲み干し、湯のみを置く。
眉間にしわ寄せ、心配そうな表情で語る。
「平きさらは、その平氏の最後の生き残りと言われているでごぜゐます。源氏をたいそう憎んでいるそうで、源氏の者を何人も半殺しにした罪で投獄されているそうです。噂では過去に源氏を切り刻んで食い殺したって話も」
「ほう……」
「そして次のKABUKI勝負準決勝……ぜにま姐さんの相手にもなります」




