四の段 『侍ぜにま』 VS『鶴屋お通』 東海道四谷怪談④
舞台では首の切られたお岩の幽霊たち。
「うらめしい……ぜにま殿……! 首が飛んでも、動いてみせるわ!」
お通の声にドスが利き、なんと今度は切られたお岩の首が宙に舞う。
お岩の崩れた顔の首たちは、一斉にその口を開けてぜにまに襲いくる。
「お通よ、何か拙者に逆恨みしている様子。ならばその逆恨み晴らして候……」
ぜにまは今度は『膝丸』を肩に担ぎ、空飛ぶ首に向かって真横に大きく横一閃。
「いやあーーーっ!」
お岩の首を一刀両断、一網打尽。
切られた首は、霞となって消えていく。
「お岩さまぁぁぁぁ!」
お通の悲痛が上がる。
「声はそこからか! せいっ!」
ぜにま、お通の声が聞こえたか、庵室の壁の戸板を叩き斬る。
――バタン!
戸板はくるりと翻し、姿鏡が現れる。
鏡に映るはぜにまの顔。
その顔の半分が異様なほど腫れ上がり、血は滴ってボトっと落ちる。
「これは拙者の顔ではない! いやあーーーっ!」
ぜにま勇猛果敢に怯まず、、鏡を刀で叩き割る。
――バタン!
またまた戸板が回転し、出でくるはお岩の幽霊。
ぜにま刀を即、抜、斬。
「ぎゃぁあああ!」
お岩消滅。
――バタン!
やっと最後に出てきたは、顔がすっぽりと隠れる深編の浪人笠を頭に被り、青海波模様の肩掛け、着物姿の鶴屋お通。
ぜにま、警戒し納刀。
「やっと姿を見せたな」
「ふふ……ふふふふふ……。しっぽり濡れし濡れ燕……無法無体の行き違い」
お通は怪しくぶつぶつつぶやくと、ぜにまの刀と自分の刀の鞘を近づき当てる。
「決着をつけるで候。いざ尋常に……」
「ふふふ……尋常に……」
「いざぁ!」「いざ……!」
両者掛け声。
ぜにま後ろに引いて、居合い斬り。
これお通、幽霊のお岩が持ち上げて、ぬらりぬらりと浮遊し避ける。
上空幽体、暗中模索、浮遊チャンバラ。
お通を持ち上げるお岩が空中で速度を上げ、ぜにまに向かって一直線。
――キィン! キィン! ガキィン!
浮遊剣戟を何往復、ぜにまこれを刀でいなし居合を構えて即抜斬。
お通の刀に滑らせて、火花飛び散るその一閃。
――リィィィィンッ
ぜにまの神速居合。居合『散り桜』。
敵の攻撃を刹那でかわし、お通の得物を弾き飛ばす。
「いやあーーーっ!」
お通の刀が宙を飛び、抱えるお岩の幽霊を一切り。。
『ギャアアアアア!』
ぜにまの一太刀でお岩は蒸発していく。そしてお通の顔の笠も斜め斬り。
二つに割れたその笠は、車輪のごとく舞台に転がる。
あらわになったその素顔。
前髪長く、片目隠したうら若き娘の姿。
お通は思わず両手で顔隠す。
「うぅ!」
「お主の素顔、その様でござったか」
「…………恥ずかしや、恥ずかしや恥ずかしや……!」
すると鶴屋お通、赤面慌てて走り出し、KABUKI舞台の下手へ向かう。
「おい! お通! どこへ行くでござるか?」
「恥ずかしや恥ずかしや恥ずかしや……口惜しやーーー!」
お通は叫びながら、そのまま舞台の下手に消え去ってしまった。
「なんでぇあいつ。逃げよったぜ」「不気味なやろーだ」「となると決着はどうなるんだ?」
「どっこいこれは! 一体どうしたものか!? お通選手逃走してしまいましたぁー!」
「拙者、状況が飲み込めぬ……」
MCギダユウ、幽霊が消えた事でここぞとばかりに解説する。
ぜにまも困惑。
「……えー鶴屋のお通選手逃走により、試合続行不可能といたしまして、本日のKABUKI十八番勝負、見事怪談KABUKIを打ち負かしたぜにま選手の勝利ぃーー! これにて閉幕ゥーーーーっ!」
――カン! カン! カンカンカンカン!
MCギダユウの声でKABUKI勝負は終了の合図。拍子木も鳴る。
しかしぜにまも客席も突然の出来事に唖然としていた。
「てやんでぃ! なんだか締まらねぇ終わり方だなぁ」「ぜにま屋、なんとかしろー!」
「確かにこれで終わりはちと物足りない。ならば先ほどのつらね口上でも披露しのうかのう」
ぜにまも腕組み考え込む。
「おおそれは良い! そうしましょう!」
ぜにまの提案にのるはMCギダユウ。
場の盛り上がらなさに焦っていた。
「それでは最後を締めるため、私めが用意した回り舞台を使わせていただきます! 黒衣スタッフ、あっよろしくお願いします!」
「「「あいあいさー!」」」
MCギタユウの掛け声で、KABUKI舞台のセットが廻る。
蛇山庵室から変わるは、鶴岡八幡宮、桜の花。
「見て! 桜の花よ!」「なかなか粋なことするじゃねえかギダユウ!」
鶴岡八幡宮階段の前、桜が舞い散るその中で、巨大な素襖を腰広げ、ぜにま最後につらね口上。
――カカンッ!
「桜並木の雲珠巻いて、山越え谷超え馬に乗り、辿り着いたがスパイラル! 善を邁する獅子舞に、強敵づくしのKABUKI舞台、辛ねる相手が連ねども、お相手いたそう侍風情! 宵越しいらずのこのぜにま、ホホ敬ってもうす〜~~~~!」
「いよぉおおおお!」「ぜにま屋!」
「にっぽんいちぃ〜〜〜!」
ぜにま荒々しい見得。
――カンカンカンカン!
――パチパチパチパチパチ!
「今日はこれきり! 皆応援感謝でござる~!」
こうしてぜにまのKABUKI十八番勝負、波乱の準々決勝は終わったのであった。
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その後。舞台裏。
定式幕の裏で、ぜにま一行も舞台に上がり、試合を終えたぜにまをねぎらう。
「きゃあ! 姐さんその姿、カッコよかったですよ!」
「あら、震えてたのはどこぞの誰かさんでしたかね?」
「う、うるさいでごぜゐます! それに自分だって本当は怖いくせに!」
「そんなわけないんしょう」
ゑいかとててて、言い争う。
「ほらほら、お二人とも、ぜにま様の手当をしなきゃいけないんだから、手伝ってください」
「あ、わたし着物持つー!」
福内姉妹はぜにまの素襖の袖を持つ。
「かたじけないでござる。それにしても、まこと面妖な妖術使いであった」
「主さん、あれはただのカラクリ。幽霊を操ることなど出来るわけ無いでありんす」
「姐さん本物だと思ってたでごぜゐますか?」
「なぬ? そうでござったのか。それではそのカラクリが気になるでござるな。ちょいと黒衣殿、すまぬがお通のカラクリ、仕掛けの正体お聞きしても良いでござるか?」
ぜにまは片付け中の黒衣スタッフに声かける。
黒子スタッフは顔は見えぬが、不思議そうに返事する。
「庵室のカラクリですか? わたくしどもは特に何も」
「じゃああれは……?」「本物の幽霊だったでありんすか?」
――ストン
ぜにまとお波をのぞいて、腰がぬけるぜにま一行であった。
『つらね』……台詞の一種。 荒事などで主役が花道で述べる長台詞をいう。『暫』のつらねが代表的。耳聞こえのいい台詞の流れは聞いているだけで気持ちがいい。
『鞘当』……四代目鶴屋南北の「浮世柄比翼稲妻」の中心的趣向。武士が道ですれ違ったとき、刀の鞘が当たったのをとがめ立てする場面。恋の鞘当てのもとになっているように、一人の遊女をめぐって二人の武士が争う。歌舞伎十八番の「不破」にも同じようなものがある。
鶴屋お通の深編笠はここから。




