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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第三幕 『景清』 無敵!大悪人!平きさらの段
22/52

三の段 『侍ぜにま』 VS『鶴屋お通』  東海道四谷怪談③

 さてさて舞台の侍ぜにま。

 仏壇からは離れるが、未だにお通の姿を見つけられず。


「お岩は伊右衛門に突き放され、その不倫相手にも毒を盛られる……。ああ痛い……私の顔が……顔が!」


 ぜにまが部屋の屏風に近づく。


 ――スッ


 謎の白い手が屏風を突き破り現れる。

 手には鋭利な(くし)が持たれ、不意を突かれたぜにまは目を閉じるが、(まぶた)の上から浅く切れる。


「いやあーーーっ!」


 ぜにまは片目をつぶって屏風を斜めに袈裟斬り、真っ二つ。

 しかし裏には誰もいない。


「お岩が(くし)髪梳()くと、毛は抜けひたいははげ上がり、ボロリボロリと肉落ちる。血みどろの顔……ああ何で……私の顔が崩れてく……。ああ何故ですか……伊右衛門殿……」


 またもや声だけ聞こえる鶴屋お通。

 ぜにまは切られた片目蓋を抑えて止血するが、血は指から滝のように溢れていく。


 すると今度は壁にボウっと白装束の女の姿。


 ぜにま刀を、抜き、即、斬。

 しかし女は消え、切れるは部屋の壁のみ。壁からは何か蠢くものが。


「むっ……これは」


 ――チューチューチューチューチュー


「うっ!」


 怒涛に溢れるはネズミの群れ。

 ぜにまの全身をぞわぞわと通過していき、ネズミたちは去っていく。


「……はぁはぁ……はて恐ろしい……。お通! いい加減にするで候!」


「うらめしや〜……お岩の恨みは私の恨み……ただ恨めしきはぜにま殿、なに安穏あんのんにおくべきや……!」


 お通の声色がだんだんと恨みの声に変わる。


「恨みとは一体なんのことか!?」


「憎い……私に……私を無視したこと……憎い……」


「元より拙者、お主に会ったことなど無いでござる!」


「ぜにま殿……思えば思えば恨めしい!」


 ――ひゅ〜〜〜〜〜〜〜

 ――…………ドロドロドロドロドロドロドロドロ


「私が……こんなにもあなたを想い……あんなにも文を渡したというのに……! ぜにま殿は知らないというのか……!」


「うむ。まったく記憶にござらん!」


「きゃああああああああ!」


 お通の叫び声と共に、玄関にあった提灯が一瞬にして燃えあがる。

 提灯から抜け出るは、片顔が醜く腫れている女。足は無く、漏斗(じょうご)と呼ばれる白装束。

 お岩さんの幽霊だ。


「ヒィィッ!」「で、でやがったぁ!」


 しかしそれだけでは終わらない。


 お岩の幽霊は悲痛な叫び声とともに勢いよく燃え上がり、今度は小さい複数の人魂に分裂。

 分裂した人魂が宙を舞い、一、二、三四五…と、次から次へとまたお岩の姿に成り変わる。まさに分身の術。


 お岩の幽霊はゆらゆらと客席の上空を飛ぶ。


「ヒェェ! こっちくるんじゃねぇ!」「呪い殺されるー!」「これは悪い夢だ、早くおわってくれぃ!」


 ――パタッ! パタッパタッ!


 その姿を見て気を失う観客多数。


「愛する夫に騙されて……毒を飲まされ顔崩れ……悶えて死んだお岩の苦しみ……! お岩が一体何をした……! ああ恨めしい! 一念通さで置くべきか〜〜……!」


 お岩の幽霊たちはぜにまを取り囲み、一斉にその首を絞めようと群がる。


 ぜにま抜刀。

 しかし数が多すぎて、切っても切っても数減らず。人海戦術、お岩の前に成すすべなし。


「これがわたしの『東海道四谷怪談とうかいどうよつやかいだん』! 強悪にゃあ誰がしたあ〜!」


 おまけに先ほどの仏壇からは白い両手が壁からぜにまを手招き。


 ――バコンッ! バコンッ!


 仏壇は口を開けるように開く。

 暗い中には服を着た髑髏がいくつも見える。先の対戦相手のもの。


「うらめしや〜〜ぜにま殿!」


「くっ! 離せ!」


 お岩たちはその仏壇に向かって、ぜにまの首を絞め上げながら押していく。


 じわりじわりと押されるぜにま。流石にこの人数に太刀打ち出来ず。

 ついに仏壇の白い手が、ぜにまのぽにーてーるを掴み、引きちぎるように力一杯巻き上げる。


「……うぐっ!」


 ぜにま絶体絶命。

 もうダメかと思ったその時。


「ぜにま姐さん……っ! 新たなゼンマイカラクリを使ってください!」


 震える声は、客席のゑいかのもの。

 ぜにまは首を絞められながらも、何とか義手のゼンマイネジ巻きに手を伸ばす。


 ――カチリ


 ぜにまがネジ巻きを回す。


 すると、


 ――カクン! カクン! カクン!

 ――シュルルルルルッ!


 義手の肘からカラクリ棒が伸びていき、ぜにまの着物を大きく拡張する。巨大な赤色素襖が上半身だけ脱げ、その袖は腰で羽のように広がるではないか。


 ――バサッ!


 ぜにまの服は取り囲むお岩たちを翼のように広がる袖で吹き飛ばす。

 描かれるは成田屋の三枡(みます)の紋、大きな三重四角模様。


「幽霊ども覚悟! はああーーーっ!」


 ぜにま、そのまま回転乱舞。

 刃のついた三枡の袖が、自動的にお岩の首を斬り落とす。


「ありゃあ派手な着物だ!」「こりゃ目立つの用意したもんだ!」「でっけぇえぇ!」


 コロコロコロと舞台に転がるお岩の首ゝ。

 観客からは驚きの声があがる。


 ぜにまの目には力が入り血涙あふれ、その荒々しい表情を血の紅で色取る。

 白顔は(くま)取られる、歌舞伎隈取り。


「いよっ! ぜにま姐さんお見事! これがあたしの考えた『すーぱー荒事あらごとモードぜにま姐さん』でごぜゐます!」


「あらあら、先程まで震えていた子犬はどこに行ったのやら」


 ててては口元隠して皮肉言う。


「てやんでぃ! 子犬はどこかに行ったんでごぜゐます!」


 赤面しながら腕を組み、意地はるゑいかであった。

荒事あらごと』……江戸中心に発展した荒々しく力強い歌舞伎、演技のこと。代表例では歌舞伎十八番の『鳴神』や『暫』など。超人的な主人公がその勇猛ぶりを見せる。荒事の主人公は隈取や目立つ衣装が特徴的である。


隈取くまどり』……歌舞伎の化粧法の一つ。白い顔に赤い筋を描くのが代表的で、歌舞伎といえばこれを思い出す人も多いのではないだろうか。顔の筋肉や血管を強調するために行われたとされる。色によって役柄が違い、赤色は正義を象徴し、青色は悪、茶色は妖怪などに使われます。

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