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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第三幕 『景清』 無敵!大悪人!平きさらの段
20/52

一の段 『侍ぜにま』 VS『鶴屋お通』  東海道四谷怪談①

 OHーEDOスパイラル八百八町。

 時刻は日も落ちた晩。天気は日本晴れとは真逆の雷雨暴風。


 EDOの町人たちもすでに外には出歩かず、長屋でひっそりと過ごしていた。


 その中でも仕事を続ける武士が二人。

 日本橋地域の北側にある小伝馬町こでんまちょう。OHーEDOの囚人を収容する施設。


 『伝馬町牢屋敷てんまちょうろうやしき


 高い塀と堀で囲まれた、木造の牢屋敷が連ねている。牢屋奉行と役人たちが住み込みで監視を行っている場所だ。


 ちょんまげ頭の二人の武士が、屋敷の見回りをしている。

 手に持つ蝋燭で暗い廊下を照らしながら、みすぼらしい格好の囚人たちを格子の外から確認する。


 蝋燭の火を反射してギラリと光る目、目、目。

 囚人たちは無言で役人たちの顔を反抗的に睨み返す。


「こりゃひどい雨だ。雷も鳴ってやがる」


 二人のうちの一人、お膳を持った武士が話しかける。


「ああ、そのようだ」


 もう片方の蝋燭を持つ武士が応える。


「あいつ、今日も飯を食わないんでしょうか。これで50日目ですよ」


「無論。食わんだろうな」


「はぁ……。私は何故あいつが生きてるのが不気味ですよ。目的も理解できません。まるで自分の命を自分自身で無駄にしているように思えます」


「それほど源氏を憎んでいるんだろう。……ただこの件については余計な詮索はするな。上様直々の命令だ」


「上様が……?」


 武士たちは話しながら牢屋敷の最奥を目指す。廊下を降りて外に行き、傘をさして向かうは土が盛られた場所。

 そこには『土牢(つちろう)』が作られていた。


 土牢とは地に掘った穴を格子で塞いだだけの牢屋。中の空間は屈まないと入れない程狭く窮屈で、地面には水が溜まり、虫も湧く劣悪な環境だった。


「今晩の飯だ。置いておくぞ」


 武士は土牢の格子に作られた配給用の小さな穴から、お膳をいれる。中にはもう一つ、手つかずの膳が。

 その飯にはハエがたかっていた。


 牢主からの返事はない。

 無言で胡座をかいて座っている。




 ――ゴロゴロゴロ……ピッカァーーンッ!




 突如、雷が土牢の近くに落ちる。

 落雷の光により牢主の顔が一瞬だけ照らされた。


 長い赤い髪の女、目から血涙流した憎悪の表情。

 土牢についた立札には、牢主の名前が刻まれていた。


 『大悪人だいあくにん (たいらの)きさら』


◆◇◆◇◆


「さぁ〜っ、始まりました本日のKABUKI十八番勝負。準々決勝! 既に入場済ますは貧民街出身! 『鶴屋(つるやの)つう』選手ッ! 上演するはお岩さんで有名な怪談KABUKI、『東海道四谷怪談とうかいどうよつやかいだん』だ〜っ!」


 巨大KABUKI座ドーム。

 いつものように満員御礼。


 数万人の町人たちがKABUKI勝負を見に来ていた。

 しかし客席の照明は落とされ、会場は暗くなっている。


「ひぃぃ!」「助けてくれ〜〜!」


 聞こえるは観客たちの阿鼻叫喚、甲高い悲鳴が飛びかう。

 客席上空、暗闇の空中にゆらゆら揺れる青色の炎。

 

 ヒトダマだ。


 カラクリクレーン空中台座、頭を屈めて解説するはMCギダユウ。


「鶴屋お通選手っ、なんとも不気味な映像カラクリで会場中の肝を冷やしております!」


 歌舞伎舞台の幕上がり、横の特大電光めくり台には『東海道四谷怪談とうかいどうよつやかいだん』のネオンの文字。


 ――ひゅ〜〜〜〜〜〜

 ――ドロドロドロドロドロドロ


 鳴らされるは笛と大太鼓。


 舞台の背景、蛇山庵室セット。

 庵室の玄関に提灯、仏壇には南無阿弥陀仏の掛軸。質素な部屋を再現している。


 舞台の照明は薄暗く、誰もそこにはいない。


「こりゃあ怖くてたまらねぇ……オレぁ腰が抜けちまったよ」「あっしも足が震えて、ひぃぃ!」


 ニワカ達、汗に涙に鼻水と、体中から色々吹き出し肝冷やす。

 MCギダユウも声を震わせながらも実況する。


「お通選手、披露するはオドロオドロしい怪談KABUKI。対するぜにま選手は未だ入場しておりません! 一体どうしたというのか!? ひぎぃぃぃ!」


ーーーーーーーー


 この物語の主人公、侍ぜにまが何処にいるかといえば、花道から客席に出る手前の部屋。

 鳥屋(とや)と呼ばれる小部屋で衣装のチェックを行っていた。


「ててて……これはちょっと派手すぎではないか?」


 ぜにまの顔はおしろいで白くなっており、体には大層な赤い着物を身につけている。


「これぐらい目立つ方が観客は喜ぶでありんす。おしろいつけるから目を閉じてくんなし」


 鳥屋にいるのは先の対戦相手、花魁おいらん姿の黙阿弥もくあみててて。

 その周りには福内ふくうち姉妹と近松ちかまつゑいかの姿もあった。

 

 皆、ぜにまの着付けを楽しそうに手伝っている。


「ててて様、着付けはこんなものでよろしいでしすか?」


「この着物おっきいね! ぜにまさんカッコいい!」


 ぜにまの姿は武士の礼服、素襖(すおう)と呼ばれるもの。赤色の素襖の袖は羽のように広く、ぜにまの全身をすっぽりと覆うほどであった。

 足も引きずるぐらいある長袴。頭のぽにーてーるには蝶型の力紙。

 迫力のあるその姿。


 すると客席から聞き覚えのある声がぜにま達の耳に入る。


『ぜにま選手は未だ入場しておりません! 一体どうしたというのか!? ひぎぃぃぃ!』


 MCギダユウの叫び声だ。


「し〜ば〜ら〜く〜! お待ちを!」


 ぜにまは鳥屋から花道に向かって、大声で応える。


「ててて、早くするでござるよ! 皆が助けを求めているでござる」


「そう焦りなさんな」


 ててては焦るぜにまを気にもせず、刷毛(はけ)でぜにまの顔を白く塗っていく。


「ぜにま〜っ! 早く来てくれ〜っ!」


 今度は別の観客達の呼び声。


「し〜〜ば〜〜ら〜〜く〜〜!」


 ぜにま、またもや大声を長く張り上げる。


「う〜ん、背中にある(たすき)ももっと締めたほうが良いわね。ほらお波、そっち持って」


「了解! いくよっぜにまさん!」


「うっ!」


 勢いよく襷を引っ張る福内姉妹。

 ぜにま息漏れ。


「ぜにま姐さん! またカラクリ義手に新機能を付けといたんで、是非使ってみてください」


 近松ゑいかもぜにまに声かけ応援する。


『ひぃぃ! もうダメだ〜っ!』


 観客席からはもう限界の金切り声。


「しばらくぅ〜〜! しばらく、しばら~〜〜くぅ~~〜〜〜!」


 ぜにまヤケクソ。


「これでよしっ! 主さん、しっかり勝ってくるでおくんなし」「私達も客席で応援してますね!」「がんばって!」「何かあったらかけつけるでごぜゐます!」


 皆が着付けを終えたぜにまに活入れる。


「ようやく終わったでござるか……。それでは拙者、行ってくるで候!」



 ――チャリン!



 花道への揚幕、金輪を鳴らしてついに開く。


「いよ〜〜〜っ!」「待ってました!」


「皆の衆、しばらく待たせたなでござる! 東夷南蛮(とういなんばん)北狄西戎(ほくてきせいしゅう)天地乾坤四夷八荒(てんちけんこんしいばっこう)、EDOに咲きたるKABUKIの華! 桜並木のーー」


 ぜにま、待たせたとばかりに客席に向かって口上あげようとするが。


「口上はいい!」「早くこいつらを何とかしてくれーー!」


 と、遮られる始末。


「……ありゃ。拙者、昨晩必死に考えてきたのに……」


 ぜにまは少し寂しそうにする。

 しかし会場に目をやれば客席にはヒトダマがあちこちに飛び交っている。


「そうは言ってられないでござるな。皆を怯えさせ、恐怖のドン底においやる鶴屋つるやのつう。このぜにまが、お相手仕る!」

しばらく』……演目、歌舞伎十八番の内の一つ。正義の勇者が悪人を退治する江戸歌舞伎の役柄、荒事の代表的演目である。内容は勧善懲悪で分かりやすいものとなっており、主人公『暫』の赤い素襖を広げた姿はとても迫力があり歌舞伎の中でもとても人気がある。

今回のぜにまの入場はそれを模したものでもある。


『四代目鶴屋南北つるやなんぼく』……歌舞伎作者。鶴屋南北を襲名したものは五名いるが、怪談もので有名な「東海道四谷怪談」を作ったのがこの四代目鶴屋南北である。創造性があり様々な舞台装置や仕掛けでケレンな表現方法を歌舞伎に取り込み、当時役者が妖術を使ったのではないかと奉行所から調べが入るほど。町人たちの生き様をありありと描いた生世話という趣向が巧みで、色悪などの役柄を生み出した。

鶴屋お通も貧民街に住むキャラクターとして登場。ケレン味のある技を使う。

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