二の段 福内姉妹『お舟』と『お波』
◆◇◆◇◆
はてさて場面は戻り、OHーEDO城下大通り。
女侍ぜにまは少女をおんぶして町中を駆ける。
「お波、こっちでござるか?」
「KABUKI座ドームはそっちじゃなくてあっちの大きい建物だよ、ぜにまさん」
ぜにまの背中にいる少女、名を福内お波という。
小さな柔手で指差して、ぜにまに行き先を教えていた。
「不覚……拙者、自分が方向音痴であった事を失念していた……。おまけにこんな大都会。田舎者の拙者には、どこも同じに見えてしょうがないでござる〜」
ぜにまは目を回して混乱。
お波はそんなぜにまの姿を見てクスリと笑う。
飾らないぜにまにお波はすでにうち解けていた。一つ質問をしてみる。
「ぜにまさんは人助けが好きなの?」
「うーん……そうでござるなぁ。拙者、人の哀しい顔は見たくないでござるよ」
「へー、ぜにまさんって他のお侍さんとは全然違うね」
「はて? EDOの侍は違うのでござるか?」
ぜにまは背中のお波に走りながら尋ねる。
「うん。EDOにいるお侍さんはいつも偉そうにいばってる人ばっかだよ」
「拙者が知っている侍とはどうやら違うようでござるな。拙者の夢は『皆を笑顔にする立派な侍』になることでござる」
「ぜにまさんなら、わたし、なれると思うな。へへへ」
笑う二人。
すると通りの向こう側に、一人の町娘が姿を見せる。
町娘は心配そうに何かを探していた。
「あっ! お姉ちゃん」 「お波! あぁ、良かった」
町娘はぜにま達に駆け寄ってくる。
「このバカお波! 今日はEDO中殺気立って物騒なんだから、手を離すなって言ったのに。もう心配したんだから……」
どうやらこの町娘が、お波の探していた姉のようだった。
お波はぜにまの背中からすぐさま降りて、姉の胸に飛び込んでいく。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「良かった……もう手を離すんじゃないよ」
姉妹は抱き合い涙する。
「これにて一件落着。いやはや、姉妹の愛は素晴らしいでござるな」
◆◇◆◇◆
こちらKABUKI座ドーム。
「えー近松選手の対戦相手、鳴神上人選手ですが、どうやら行方不明とのこと。今、黒衣スタッフたちが捜索中ですので今しばらくお待ちください」
MCギダユウは額の汗を拭きながら今の状況を説明する。
近松ゑいかのトーナメント対戦相手が見つからず大焦り。
「あらあら、あたしの不戦勝かしら?」
怪しく笑うゑいか。
ギダユウしきりに電話で黒衣スタッフと連絡しあうが一向に見つからないとの報告。
「ほらあの編笠被った御人です! 頼むから早く鳴神様を見つけてください!」
「ひえ〜すいません! みんな急いで探すぞ」「ホイサッサー」
裏方では黒衣スタッフがてんやわんやで探す。
対戦相手の鳴神上人とやらは一体何処にいるのやら。
その答えはなんと厠だった。
腹抱え、個室にこもるは鳴神上人。今まさにふんばっていた。
「くぅ〜急に腹が下るとは。……うっ!」
この男、全く不運であった。
◇◆◇◆◇
またもや戻り姉妹が再開。ぜにまたちのいる大通り。
姉の町娘は深く頭を下げる。
「心から感謝致しますお侍様。私はこの子の姉、福内お舟と申します。この度は妹がお侍様の手をわずわらしてしまい、どうかお許しを」
「頭をあげるでござる、お舟とやら」
「はい……」
江戸小紋、町娘のめんこい姿。ぜにまと同じくらいの年齢か。
しかし彼女の佇まいは凛としていて、その内に秘める芯の強さを感じさせる。
「拙者、名をぜにまと申す。師の言いつけで108の人助けを生業としているで候。妹お波にはOH-EDOについて色々と教えてもらった、むしろ感謝せねばならないのはこちらでござるよ」
「……勿体ないお言葉、痛み入ります」
二人はお互いに礼儀正しく頭を下げる。
そこにちょこちょことぜにまの袖を引っ張る手。
「ねぇねぇ。ぜにまさんも一緒にKABUKI十八番勝負見ようよ」
「コラお波。お侍様にそんな失礼な態度……」
「いや、気を使わないで大丈夫でござる。お舟殿もぜにまと呼ぶで候」
「はぁ……お侍様がおっしゃるのなら。ぜっ、ぜにま様! 私も妹の案に賛成です! よろしければ是非一緒にKABUKIを見ましょう」
お舟は恥ずかしそうに両手を合わせる。実はお舟も見た目では落ち着いてはいたが、同じ年ぐらいの女侍を前に興奮していた。
「あー! お姉ちゃんもわたしと同じ事言ってる」
「だっ、だっていいじゃない。お侍様と一緒にKABUKIを見るなんてなかなか無い事なのよ」
「むう、そうでござるな。これも何かの縁。折角OHーEDOまで来たのなら、この目にKABUKIなるもの一目拝みたいでござる」
「やったー」「良かった」
妹のお波は子どもらしくぴょんぴょんはねる。
「だったら早く行かないと。もう始まってる時間だよ」
ぜにまの手を嬉しそうに引っ張るお波。
手を引っ張られながらも、ぜにまは笠を被り直し、心の中で思った。
(迷子の姉探し。人助けに数えられるだろうか)
「お波、そんなに手を引っ張っちゃ危ないわよ」
(否、二人が出会えたのは姉の妹を思う気持ちゆえ。だから『のーかうんと』だと)
「……まだ100人目には数えられぬな」
「何か言った? ぜにまさん」
「いや、なんでもないでござる」
「ほらあそこ。あれがKABUKI座入場大手門」
お波が指差す先にKABUKI座ドームに入場する大きな門があり、そこには長蛇の列が出来ていた。
「あちゃー並ばないと中に入れないみたいだね」
「そうでござるなぁ……おや?」
ふとぜにま、気になった。
列にも並ばず遠くから、長蛇の列から離れてKABUKI座ドームを見上げるか細い女。手にはみすぼらしい人形を持っている。
病を患っているのかコホンコホンと咳をする。
病弱な姿だが、その銀髪の髪はとても美しく、ぜにまのその目に止まったのだ。
「……はてさて、彼女は一体?」
「こっちだよー! ぜにまさーん!」
『歌舞伎座』……銀座にある歌舞伎専用の劇場。ちなみに歌舞伎町には歌舞伎座が無い。
『黒衣』……黒子とも呼ばれる真っ黒な服を着た人、衣装。主に歌舞伎の演技の補佐をし、観客からは見えないという設定。人形浄瑠璃にもこの衣装を着て行われる。企業のCMで見た人もいるのでは。
『鳴神上人』……歌舞伎十八番と呼ばれる演目の中の一つ、「鳴神」の登場人物。今作ではちょい役だが、元ネタでの歌舞伎ではすごい。