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三の段  妖しい気配、勝負の行方

「ぜにま様は古の存在、たとえば妖怪などは信じておりますかな?」


「妖怪でござるか。浮世絵や絵草紙やらでも良く描かれているが……それが一体?」


「こちらをご覧ください」


 松洛は部屋の壁にかかった掛軸を指し示す。

 掛軸にはおどろおどろしい鬼や亡霊、妖怪などの様々な魑魅魍魎の類が行進する絵画が描かれていた。


「『鬼』『河童』『天狗』。妖怪だけではありません。森羅万象この地には遥か太古から伝わる由来不明の何かが存在しております。八百万の神か、あるいは単なる人の迷信か」


「松洛様、あの事についてお話するのですね」


 お鐘が心配そうに松洛に話しかける。


「うむ。前回お鐘共々ぜにま様のKABUKI勝負を拝観していた時です。妖しい何かの気配に気づきました」

 

「妖しい何か……」


「それは今までに感じた事の無いほどの憎悪を持ったものです。それもかなりの数の。今日ぜにま様がこうして私共を訪れた。これも何かのご縁でしょう。一つ、お伝えせねばと思った次第です」


「ふむ……。御忠告感謝するで候。胸に刻んでおこう」


「よかった。こんな突拍子の無い話、信じていただけないと思ってましたから」


 ふっと胸を撫で下ろすお鐘。


「ところで住職殿、その隣の掛け軸に描いてあるものはなんでござるか?」


 ふとぜにま、横の掛け軸が気になった。

 掛け軸には白い鹿に乗る高貴そうな貴人絵が描かれている。


「ああこれは『タケミカヅチ』ですよ。雷を司る神と言われております。善草寺も昔は神社と一体でした。その名残で複数の祭神を祀っておるのです」


「タケミカヅチ……」


「古の神は大自然と等しく、その大いなる力に古代の人々は畏れを抱きました。しかし自然は人間に力を奮うだけではありません。荒魂あらみたま和魂にぎみたま。神は荒々しい側面がある一方、時に人間に恵みを与え、人の命を育む平和的な面も持ち合わせる。タケミカヅチも同じように力強さの中に優しさがあったと言われています」


「興味深い話でござる」


「さあお二人とも、そろそろ外が暗くなってきましたよ」


 お鐘に言われて気が付けば外は日が落ち夕暮れになっていた。

 

「よいしょっと……うわぁ!」


 お鐘は立ち上がろうとする。

 しかしまたもや突如つまずくお鐘。勢い余って松洛の掛け軸の方向に。


「お鐘! それはダメだ! それはかの有名なーー」


「ひっ、ひぇ〜〜!」


 お鐘の勢い止まらず、猪突猛進。掛軸向かって大慌て。


「せいやーーーっ!」


 ぜにま、『角』の駒を取ったなら、投げつけ部屋の柱に跳弾、お鐘の額にピシッと当たる。

 お鐘の軌道は逸れ、掛け軸の隣にある壁に激突する。


「ぎゃふんっ!」


「ああっ、ありがたや!」


「ぎ、ぎりぎりせーふで候……」


ーーーーーーーー


 善草寺の門の前で、二人に別れの挨拶をするぜにま。

 夕暮れのオレンジの中、遠くからカラスの鳴く声や家に帰る子どもたちの声が聞こえる。


「ぜにま様、是非またいらしてください!」


「かたじけないでござる。それと最後に一つ。拙者、武蔵むさしという名の僧を探しているで候。上方で生き別れて以来出会えなくてな。何か知っていたら教えていただきたいでござる」


「武蔵というと、破戒僧の噂を聞いた事があります。こちらで調べておきましょう」


 松洛は武蔵という言葉に聞き覚えがあった。


「かたじけない。それではこれにて御免」


 頭を下げ、別れるぜにまであった。


◆◇◆◇◆


 明くる日。

 水茶屋『いっぷく』。


「勝負でござるお波! 特訓の成果をみせるでござる!」


「へへ〜ん、私も負けないもんね〜」


 軒下、将棋盤の前で熱意を燃やすぜにま。


 ――パチッ! パチッ! パチッ!


「矢倉囲い! 居飛車! 棒銀!」


「はい王手」


「ぬわあああ! また負けたでござる〜!」


 特訓の成果はまるで無かったぜにまであった。


                       (第三幕へと続く……)

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