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二の段 善草寺の『松洛』と『お鐘』

 ぜにまは町娘に場所を教えてもらった場所へ向かう。

 喧騒を抜け、隅田川、花川戸の近くに小さい寺があった。


 善草寺である。


 門をくぐると杉の木生えた境内。

 立派な鐘が吊るしてあり、本堂はこじんまりとした古い木造建築が静かに構える。


 つづく石垣の道にはうっすら苔が生えていた。


「ここが善草寺でござるか。なかなか趣きのあるお寺でござるな〜」


「あっ、参拝の方ですか?」


 ぜにまに声をかけるは巫女衣装、メガネにショートボブな女性。

 箒を持って、境内を掃く様子。


「はじめましてで候。拙者、ここにいる住職殿に相談があって伺ったでござる。おや、その姿。寺なのに巫女服、ここは神仏習合か」


「あっ、そうですね。ただこれはこっちのほうが男性の参拝客の方に人気だから、ちょっと現金な理由なんです」


 メガネの巫女は申し訳なさそうに答える。

 見渡せば境内には小さな鳥居がある。


「これはこれは……かの有名なぜにま様ではないですか」


 そこに本堂の廊下から現れるは、黒い法衣姿の僧。

 周りには子供たちが取り囲んでいる。


 ぜにまは笠を脱ぎ、頭を下げる。


「拙者の名をご存知か」


「えっ! まさか、あのKABUKI勝負の」


「わーすごーい!」「本物のぜにまだー!」「どこどこ?」


 子供たちもぜにまに気付き、無邪気に騒ぎ始める。

 

「今やOHーEDOでぜにま様を知らぬものの方が少ないでしょう。自己紹介が遅れましたな。私はここの住職をやっております、松洛(しょうらく)と申します。今日は何用でしょうか?」


 松洛と名乗る住職は、優しそうな声でぜにまに尋ねる。


「拙者、聡明な住職殿に将棋の手ほどきを頂きたいと思い、訪ねにきたで候」


「ぜにま様が将棋ですと。……それはなかなか深い訳がありそうですな」


「いや、そういう訳ではないが……」


 ぜにま頬かき焦り声。


「いやいやいや。分かりますよ。きっと言えない訳がある勝負なのでしょう。それならば私ではなく、おかねが将棋の手ほどきをしましょう」


「わっ、私ですか……?」


 メガネの巫女お鐘と呼ばれた娘、名前を呼ばれておっかなビックリ。


「引っ込み思案ですが私よりも知恵が回ります。私はこの子たちの授業もありますゆえ失礼。お鐘、是非ぜにま様のこと頼みましたぞ」


「はっ、はい! 頑張ります! ぜ、ぜにま様どうぞこちらへ!」


「うむ。よろしく頼むでござ候」


 ぜにまはカチカチに緊張したお鐘に導かれ、寺の中へと入っていった。


ーーーーーーーー


 案内されるは畳の匂いが立ち込める茶室。

 お鐘がお茶と将棋盤を用意して、二人は正座して向かい合う。


 ぜにまはお鐘の指南を真剣に受ける。


「ぜにま様、こちらが囲いの形となります。そしてこれが……居飛車。あとは詰みの形。初めての方はとにかく、定石となる手筋を覚えるのが基本となります」


「ほうほうほう……! 拙者、なんだか強くなってる気がするでござる!」


「ふぅ~、良かったです。私なんかでお役に立てるのであれば……」


 喜ぶお鐘。

 しかし駒をパチッと打つと、駒は勢いよく飛んでいき、ぜにまの目に直撃する。


「ぬぉーっ! 拙者の目がー!」


「ああそんなっ! すみません、ぜにま様っ!」


 お鐘がぜにまを心配して膝をついて立ち上がろうとする。

 すると今度はお鐘の膝に、用意された湯飲みがぶつかり熱々のお茶がぜにまの身体にぶっかかる。


「アチャチャチャチャッ!」


 ぜにま片目を抑えつつ、熱さに悶絶。


「ああっ! どうしよう、どうしよう……ってうわぁっ!」


 今度はお鐘、畳につまずきぜにまに倒れ込む。


「すっ! すみませーんっ!」


「お鐘! 上にっ!」


「上……?」


 空中飛ぶは将棋盤。

 ひっくり返り、お鐘とぜにまに降り注ぐ。


「「ぎゃー!」」


ーーーーーーーー


 それから。

 土下座して謝るお鐘。


「ごっ、ごめんなさーい……! 私、緊張するとドジばっかりしちゃって……」


「いやはや神がかり的なドジでござるな……」


 ぜにまも座って手拭いで体を拭く。

 拭きながらぜにま、一つ質問をしてみる。


「ところで気になったのでござるが、お鐘殿は住職殿とは親子なのでござるか?」


「いえ、私に身寄りはございません。松洛様は行き倒れた私をここに住まわせてくださったのです」


「行き倒れ?」


「はい。実は私、記憶喪失で……気付いたら善草寺の鐘のところで倒れていました。それを松洛様が私の記憶が戻るまでと住まわせてくださっているのです」


「なるほど。だからお鐘か。それにしても松洛殿は心が広いでござるな」


「はい。他にも松洛様は寺子屋として地域の子供たちを集め、読み書きを教えたりしているんです。私もそんな松洛様の力になれればと日々お手伝いしております。ただ松洛様には少し悪い癖があるんです……」


「悪い癖でござるか?」


 お鐘は部屋内を見回す。

 人がいないのを見計らいぜにまに耳打ち。


「松洛様は収集癖があるんです。それもかなりの重症……。珍しい骨董品を見つければ高いものでもすぐ買ってしまって……そのせいでお寺はいつも貧乏に……」


「ウオッホン!! ゴホゴホッ!」


「松洛様!? いつの間に!?」


 すると襖から咳をする松洛が現れる。


「ぜにま様どうですか、将棋の方は?」


「と、とても学ぶことが多い。お陰様で勉強になったで候」


 松洛はお鐘の質問を無視してぜにまに話しかける。

 ぜにまは気まずくなりながらも頭を下げる。


「松洛様、無視しないでくださいよ〜!」


「お鐘、私の買うものは後世に残さねばならない価値ある文化的存在なのだ。それを分からぬとは……」


 ぶつぶつ呟く松洛。


「でっ、でもうちのお寺は火の車、お金の余裕なんてどこにもありません。だいたい前買ったやつなんて贋作の偽物だったじゃないですか!」


 お鐘も部屋内の壺を指差しついに反論。


「そ、それは猿も木から落ちると言ってだな……中には本物もあったであろう? あのやうな貴重な物たちが価値の分からぬものの手にあるのがおかしいのであってーー」「そんなのただの趣味と言ってーー」


「拙者……そろそろおいとましようかな……」


 ぜにまはやんやかんやと争う二人にたじたじ。その場を立ち上がる。

 二人もぜにまに気付き、恥ずかしそうに一旦口争いを止める。

 

「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしました。実はぜにま様にお伝えしたいことがありましてな……」


「伝えたいこと、でござるか」


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