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一の段 ぜにま、将棋をする

 OHーEDO八百八町。

 今日も天気は日本晴れ。


 春はあけぼの。暖かい風がどこからか花の香りを乗せてくる。

 ここは日本橋にある水茶屋『(いっ)ぷく』。福内姉妹が働いている。

 昼の光射し込む縁側に座り込むは、ぽにーてーるな侍ぜにまと妹お波。


 二人が何をやっているかといえばあやとりだ。


「それでね、次はこっちをぜにまさんが持って〜」


「ほう? ほうほう?」


「そっちじゃないよ〜、こっちこっち」


 二人は赤い糸を手首に通して親指小指、糸を取り合う。

 お波の可愛らしい小さな指で交差された糸を、ぜにまが引き抜くと一瞬にしてするするするとほどけてしまう。


「あ〜あ、くずれちゃった。もう一回作るから今度はこっちをつまんでみて」


「こうでござるか」


 またもやぜにまが糸引き抜くと今度は糸が絡まって、一瞬にして赤い毛玉に。


「こんなにヘタな人わたしも見たことないよ!」


「むむむ……なかなか高度な遊びでござるな〜」


「もうぜにまさんはわたしがやるとこ見てて。こうやるんだよ」


 お波、崩れた糸をまた手首に通し、基本の構え。

 上から下から器用にヒモ取り形を作る。


「こうしてこうすると、じゃ〜ん! ほうき! こっちは……二段はしご! さらに蜘蛛! 最後は……OHーEDO城! どうすごいでしょ?」


「見事! お波は器用でごさるな!」


 ぜにまは次から次へと形を変える糸に感嘆。


「へっへ〜ん。それじゃあ今度は何して遊ぼっか〜。双六も折り紙もこの前やったし……あっそうだ」


「おや、それは絵双紙で見たから拙者も知っておる。将棋とやらでござるな」


 お波は、和室の奥から脚のついた将棋盤をいそいそと持ってくる。


「おとーさんに教えてもらったんだ。ぜにまさんにはわたしが教えてあげる」


「おー! 是非お願いするでござる! 拙者、将棋を覚えたいでござる!」


 自慢げなお波に、ぜにまは目を輝かせて教え乞うのであった。


 お波の指導の元、二人で駒をパチパチと将棋盤に並べゆく。

 駒の動かし方を一つずつ確認する。


「とにかく王の駒を取るんだよ」


「分かったで候。行くでござるよ」


 ――パチッ


 ぜにま、歩の駒をひとつ前に進める。


「そうそう、じゃあ次はわたしの番ーー」


 ――パチッ パチッ パチッ


「まってまって! すとっぷ! 将棋は変わりばんこでやるんだよ」


 歩をどんどん進めるぜにま。


「むっ!? そうだったでござるか。不覚……」


 なんだかんだで二人は少しずつだがゆっくりと将棋を指し始める。


「あら二人とも、妙に真剣にやってるのね」


 着物姿の福内お舟。手には畳んだ洗濯物。

 静かにしている二人の様子が気になって見に来た。


「むむっ……! 打つ手無し。参りましたで候」


「やった〜! これで全戦全勝!」


「ふふっ。将棋だとお波の方が一枚上手のようですね」


「へっへ〜ん!」


「将棋は難しいでござるな。これは、特訓するしかないでござる! お舟、拙者に手ほどきをしていただけないか?」


「んー私はあまり得意では無いですし……」


 ぜにま涙目、お舟に必死の懇願。

 お舟、口に指当て考えると何かを思いつき手のひらポンっと叩く。


「そういえば、浅草の善草寺ぜんそうじにいる住職様はとても聡明な方と聞きました。困っている人の様々な相談に乗ってくれるとか。将棋だけでなく、もしかしたらぜにま様のお師匠様についても何か知ってるかもしれませんよ。ついでに観光も出来ますしね」


「ほう、浅草の善草寺か……。拙者、行ってみるとしよう」


「いいなー、あたしも行きたい」


「お波はこの後店の手伝いがあるでしょー」


「ちぇ~」


「拙者、強くなって帰ってくるでござる。お波、待ってるでござるよ!」


「うんっ、いつでもかかってきて!」「お気をつけてぜにま様」


「いってくるで候!」


 思い立ったが吉日、すぐさま出かけるぜにまであった。


◆◇◆◇◆


 OHーEDO浅草。

 隅田川すみだがわの近く、ぜにまは調理器具などを売っている合羽橋かっぱばし道具街を抜け、多くの通行人が行き交う仲見世大通りに出る。

 

 通りには寿司屋に天ぷら、おもちゃ屋なども立ち並ぶ。出店が連ねる繁華街。何処からか、美味しそうな出汁の香りも漂ってくる。


「おいでおいで!」「美味いしいよ〜!」


 提灯、のぼりに看板掲げ、家族連れのOHーEDO町人。

 人力車も走る人だかり。


「きゃー! 引ったくりよ!」


 そこに若い女の叫び声。

 菅笠の女が追いかけるは、人混みを掻き分ける図体のデカい男。手には巾着袋。

 ボサボサ頭の髪に髭面、粗暴な外見。


「なんだなんだ!?」「盗みか?」「おう、捕まえろっ!」


「オレに触るんじゃねぇ! これで切るぞ!」


 異変に気づいた通りのちょんまげ頭たちが、ひったくり犯を捕まえようとする。

 しかし引ったくり男は短めのドスを抜き、ギラギラと刃を光らせる。

 それを見た通行人たちからは悲鳴が上がる。


 ――ピシッ!


「あ痛っ!」


 男が瞬きをしたわずかな瞬間。

 横から串が飛び、男の巾着袋を持っている手に当たった。


 男はその拍子に手を開いてしまい、巾着袋が地面に落ちる。


「誰だっ!?」


 颯爽と現れたは『善』の字ついた三度笠。団子を頬張るぜにまの姿。


「ほふひほはひへ」


「ああんっ!? 何言ってやがる!」


 ぜにまは団子をごっくん飲み込んで、頭の笠を放り投げる。


「お主の相手、この侍ぜにまがつかまつる」


「いい度胸じゃねえか……叩っ斬ってやる!」


 男はぜにまに向かって走り出し、ドスを力のままに横に振る。


 ぜにまは膝をついて上体逸らして、男の股の間を滑りぬけていく。


 ――リィィィィン


 鳴るは鈴、抜くは刀、ぜにまの居合は目にも留まらぬ。


「うぉぉ!?」


 刀の抜き様、男の草履の鼻緒を切っていた。

 男は突然草履が脱げ、足がもつれて勢いよくうどん屋の屋台に突っ込んでいく。


 ――ガンガラガッシャーッン!


 男は頭から屋台にぶつかり、うどんの出汁を被ってノビていた。


「お見事っ!」「いよっ!」「こいつはすげぇや!」


 一連の見事なやり取りに、周りからは称賛と拍手。

 ぜにまは膝についた砂を払い、投げた自分の笠を拾う。


「あのっ……お侍様。財布を取り返して頂き、ありがとうございました……!」


 その元に被害にあった娘がお礼にくる。旅芸人風の菅笠を被った格好。手をもじもじしながら嬉しそうである。


「怪我人が無くて良かったでござるな。ところでお主、すまぬが一つ頼みがある」


「はい、なんなりとお申し付けください!」


 ぜにまの頼みごとに娘は嬉しそうに返事する。


「善草寺は……どちらでござるか?」

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