十の段 ててて決着!親子の想い
てては弁天小僧の仕込み傘から、また新たな五本の傘を取り出した。
全ての和傘をバサっと開けばそれぞれ「志ら浪」の字。
出した和傘を背中に挿すとそれぞれが回転し始める。
てててはへりこぷたーの如く宙に浮き、手には巨大な煙管でぜにまを殴りつける。
空中回りを飛び交って、ヒラリと優雅に舞うててて。
――キンキンッ! ガキンッ!
「お侍さん、どこまでその細い矢で戦えるでありんすかね」
ててての一撃を、お舟の矢だけでいなすはぜにま。
「師から教わった。刀が無くても戦える術を」
「ぜにま姐さん! 義手のゼンマイ使ってください!」
客席からはゑいかのかけ声。
「そういえばすっかり忘れていた……!」
ぜにまは義手に付いているゼンマイネジ巻きをカチリと回す。
すると義手の掌がパカッと穴が開き中から矢が放たれる。
矢は勢いよくドーム天井に刺さり、その矢尻と義手が縄で繋がる。
ぜにまは空中吊りあげられて、体の反動使うなら振り子運動わいやーあくしょん。
「ぜにまさんが飛んでるわ!」
「私のカラクリ人形の技術を、そのまま義手に仕込んだでごぜゐます。いよっ! 近松仕込みの善常宙乗り!」
ぜにまとててて、二人は客席頭上を飛びながら、空中立廻りを繰り広げる。
今宵これが、最後の無郎チャンバラ。
「二人とも飛んでやがるぞ!」「うおっとあぶねぇ!」「近すぎて当たりそうだぁ!」
「お侍さんがここまでするとは。その覚悟、わっちと似よりゆえ。後は小細工無しの命ずく……!」
「黙阿弥ててて! 勝負!」
二人は共に、円を描きながら何度も刀と煙管をぶつけ合う。
ぶつかり合えば離れ、またぶつかり合えばお互いの得物を奮う。
命を込めた二人の空中チャンバラ。
てててはぜにまの刀を煙管で受けながら、回転する和傘でぜにまをえぐる。
「ぐっ!」
しかしぜにまも負けはしない。
ててての背中の傘を一本、また一本と根元から斬っていき、ついにはててての傘を全て斬り落とす。
舞台に転がり落ちるは黙阿弥ててて、残った武器は煙管のみ。
ぜにまも地上で立廻る。
黙阿弥ててては花魁衣装が崩れながらも、ぜにまに直進、煙管での最期の一撃を。
ぜにまも腰を落とし、矢を鞘に納めるような体勢で迎え撃つ。
「いざ!」「いざぁっ!」
二人の雌雄はこの一撃で決す。
ぜにま、心に描くは師との思い出。かけがえのない大切な日々。
その目からは血涙たらりと流れ落ちる。
ぜにまの意識は覚醒し、鈴の音無しの神通力。
「いやあーーーッ!」
「はあああああっ!」
ててての巨大煙管、横大振り。
それを下から滑らせた、しなるぜにまの矢の切っ先。
鞍馬夢想流『真剣白刃居合い斬り』
――キィンッ!
お互い最後の一撃、刹那の見切り。
根元から切れるは黙阿弥ててての煙管だった。
ぜにまはてててに歩いて近づき、その喉元に矢を光らせる。
お互い息も絶え絶え。
「……お侍さん、この喉笛、切ってようありんす」
ててては覚悟した表情で言い放つ。
「拙者お主の夢も、親子の夢も叶えたいで候」
「人の夢と書いて『儚い』と書く……そんな事は言いなすんな」
ててての哀しき表情。
それを見てぜにま、てててに向けた矢を舞台に投げ捨てた。
そして観客に向け大きく見得をする。
カカンッと鳴るは拍子木の音。
「親子の別れを悲しみて、金の音留めたに疑いなし。それほど親子の情ゆえに、物を思うがKABUKI舞台。我とて生類の恩愛の節義身にせまる一日の親孝行もなく、師武蔵を夢見草、日陰、鞍馬に一人なり。このOHーEDOに来たりしは、花の業は、我も業、叶えてみせよう、あっOHーEDOス〜~パ~〜イ~〜ラ~〜ル~~~~〜!」
ぜにまの目からは血の涙がこぼれ落ち、頭を下げる。
ててての身の上、親を想う子の情。
その美しき姿に自分と師を重ね合わせる。
するとててて立ち上がる。
ぜにまに近づきその手を持ち上げる。
「この勝負……わっちの負けでありんす」
一連の出来事に見入っていた観客、舞台の二人に対して自然と拍手が起こった。
「いよっ! ぜにま屋!」「二人とも良かった!」「あっぱれ!」「ててても侍もよくやった!」「最高のKABUKIを見せてもらったってぇもんよ!」
「ぜにま姐さん! 流石です!」「やったー!」
客席のお舟ととん兵衛も黒衣スタッフに取り囲まれながら、舞台を見つめて涙がこぼれる。
「ぜにま様……良かった……」
「オレぁ涙が嫌ぇなんでぃ! うおおおおん」
てててとぜにま、今度は二人揃って頭を下げる。
会場からは二人にさらにいっそう雨のような拍手。
「まだわっちがお侍さんを殺すかもしれないのに、矢を捨てるとは」
「お主の気持ちは伝わったでござる。拙者にも、OHーEDOの皆にも」
頭を下げながらぜにまに話すててて。
「口説くために言ってるでありんすか。やっぱり甘いお侍さんでありんすぇ」
「KABUKI十八番勝負! 勝負ありィ! 勝者は侍ぜにま、侍ぜにまー! 死闘を繰り広げたKABUKIもの二人に、より大きな拍手をお願い致します! これにて本日のKABUKI十八番勝負、閉幕ゥーー!!」
二人は幕が閉まる中、頭を上げて観客に向かって手を振る。
――カンカンカンカンカンカン!
――パチパチパチパチパチ!
こうして、ぜにまたちのKABUKI十八番勝負、二回戦目は終わったのであった。
◆◇◆◇◆
黙阿弥てててとのKABUKI勝負を終えた次の日。
ぜにまとゑいかは、日本橋、福内姉妹の水茶屋『一ぷく』の長椅子でくつろいでいた。
ゑいかは瓦版を読んでいる。
「どうやらあの後、越後屋の親子から直々に、てててに謝罪があったらしいです。北町奉行所も盗んだ銭の金額を返せば罪には問わないと恩赦が出たとのこと」
「それはそれは。奉行所も粋でござるな」
ぜにまは茶をズズズとすする。
「花魁やってたのも金持ち憎さにふんだくる目的だったとか。さらに人気に箔がつく始末。まったく、みんな甘ぇです」
どうやらゑいかは、ててての後始末に腹を立てているらしい。
「それにしてはゑいか、そんなに怒ってないようでござる」
「バッ、バカ言っちゃいけねぇっす! 何寝ぼけた事言ってるんですか姐さん。もしあるとしても、それはきっと福内姉妹が元気になったからに違いないです」
「ふーん……そうでござるか……ズズズ」
ぜにまはお茶を飲みながら、ゑいかを横目に見る。
ゑいかは口を尖らせ、ぷりぷりしていた。
「あちち!」「そうじゃないよお父ーさん」
「おや」
ぜにま達が水茶屋のほうを振り向くと、団子を焼く親子の姿が見えた。
あの後とん兵衛心を入れ替え、水茶屋で真面目に働くことを決意。
「お父さん無理しなくてもいいのよ?」「てやんでぃ! 団子の一つや二つ、男とん兵衛焼いてみせるぜ、うおっあちちぃ!」
今は団子の焼き方をお舟とお波から教わっている最中。
――カツン カツン
そこへ一人、雅に歩いてくるは花魁姿の黙阿弥ててて。
長椅子に腰かけたぜにま達の目の前にやってくる。高下駄、上から目線。
「噂をすればてててではないか」
「主さん、昨日はようありんした。さりとてわっち、主さんの考え、いまだに頓痴気だと思っているでありんす」
「と、頓智気……」
ててては昨日の今日とて高慢な態度をとる。
「わっちのこの目の黒いうち、主さんの善常千本桜とやらを見るまではその考え決して変わりんせん。この後のKABUKI十八番勝負、わっちに勝手でおっちまないようおくんなし」
「ぜにま姐さんに負けておきながら、生意気なこと言ってるんじゃないでごぜゐます!」
するとゑいかが瓦版をくしゃくしゃにしながら突っかかるではないか。
「なんした、このガリガリの爪楊枝みたいな女子は。わっちらの話に水を差さないでおくんなし」
「つ、つ、つ……つまようじだって〜!」
ゑいかの顔が真っ赤に染まる。今にも頭から湯気が出そうな勢い。
「まぁまぁ、落ち着くでござる。ててても座るでござるよ。腹が減っては戦も
出来ぬ。まずは三色の親子団子、共に食べるでござる。お舟たち、お団子三本〜!」
「分かりました!」「あいよ!」「わたしも作る〜!」
「団子でありんすか。それは良きでありんすぇ」
「姐さんからも何か言い返してくださいよ〜!」
ぜにまはゑいかをなだめ団子を注文する。
長椅子に三人、おぼろ太夫、ぜにま、そして馬鹿にされ腹を立てた近松ゑいか。
「そんなに怒らなくてはもよいではないかゑいか。今日は折角の天気なのだから」
ぜにまは天を仰ぐ。
昨日までの大雨は止み、今日はEDOの空も日本晴れ。
「ふっ……そうでありんすね。春の眺めを値千金とは小せえたとえ、うららかな眺めでありんす。絶景かな絶景かな」
「もう〜姐さんったら〜!」
春縁起よく、並ぶは三つのてる坊主、団子を作る姿を眺めて。
(第三幕に続く……)
『源九郎狐』…… 「義経千本桜」に出てくる義経の通称源九郎の名を譲られた狐。親狐の皮で張った静御前の持つ初音の鼓を慕って、佐藤忠信に化け静御前を守る。
この時の義経の台詞を元にして、ぜにまがててての親子の情を感じた後舞台で披露したセリフに登場。
『絶景かな絶景かな』……歌舞伎「楼門五三桐」で大盗賊石川五右衛門が南禅寺の山門の上から満開の桜をめでて言う台詞。
黙阿弥ててての最後の場面で使用。




