九の段 『侍ぜにま』VS『黙阿弥ててて』 ③
立ち上がりててて、第五の和傘を開いてみれば、白浪模様に方位磁石。
「さてどん尻に控えしは、十四の頃から親に放れ、生まれは遠州浜松在、身の生業も白浪の、沖を越えたる夜稼ぎの、盗みはすれど非道はせず、賊徒の張本日本駄右衛門!」
和傘『日本駄右衛門』の手元にあるネジ巻き回せば、先から出てくるパイプ。巨大な煙管となる。
てててがそれを豪快に吹けば、白煙が沸き始め。
「さぁさ、今宵は客席の観客たちにも出番でありんす! わっちが配った足元の銭、わっちに勝ってほしいなら、侍向かって投げつけな!」
「おい! 銭投げろってよ!」「そりゃいいや! やっちまえっ!」
えいや、えいやと観客たち、銭を拾ってぜにまに投げつける。
――ピシッ! ピシッ!
小石ぐらいの銭がぜにまに飛ぶ。刀を失ったぜにまはカラクリ義手で防ぐ事しか出来ない。
ててて自身は和傘で身を守る。
「みんなやめてー! きゃっ!」
「立つと危ねぇでごぜゐます、お波!」
小さいお波が止めようとするが観客たちには届かない。
むしろ銭が当たりそうになるのを、ゑいかが庇う。
「こんなのって……こんなのって無いわ……」
拳を握るお舟。
「なんだか楽しくなってきやがった!」「投げろ投げろ! 投げ銭! 銭投げ! こりゃ止まらん!」
「おやめください! 皆々様! 歌舞伎舞台への投合はルール的には粋で無いため禁止されております! ああっ痛い! わたくしに銭を投げるのもやめてー!」
ぜにまの頭には銭が当たり、血が流れる。ぽにーてーるもほどかれて髪が垂れてしまっていた。
しまいにどんどん銭の山、身動き取れずに埋もれてく。
「貧乏全てが自己責任、問うならわっちのこのKABUKI、全て責任持ってお送りするでぇ〜あ〜り〜ん〜す〜」
そして舞台はててての煙管の煙で見えなくなってしまった。
「どうしたどうした?」「なんでぃ、煙から何か出てくるぞ」
煙が晴れるとそこには浜松屋から変わり、稲瀬側土手セットにどんでん返し。
ぜにまは縄で両手両足縛られて、そのまま木の枝から吊るされていた。
「ギダユウ、例のアレ、今ここで使うでありんす」
「はっはいぃ! 大道具のアレですね。黒衣スタッフお願いします!」
MCギタユウが合図すると、何処からか煮える音が聞こえてくる。
KABUKI舞台のセリが上がってくると、現れたはゴポリゴポリと音立てた、煮え湯入った五右衛門風呂が登場。
「ちぃとお待たせしたでありんす。黙阿弥ててての白浪KABUKI、ラストは五右衛門風呂の釜茹で処刑で、ありんすえ~〜!」
てててはカラクリ滑車のゼンマイネジ巻きをカチリカチリと回す。
すると滑車の縄で逆さ吊りになったぜにまは、少しずつ五右衛門風呂に向かって下がっていくではないか。
「やっちまぇ! おぼろ太夫!」「こいつはド派手な演出でぃ!」
「やめてー!」「ぜにま姐さんっ!」
ぜにまの垂れ下がった髪の先が、白く濁った湯につく。
ゑいかたちの叫び声も、釜を煮る炎の如く燃え上がった客席の声で掻き消されてしまう。
沸騰した釜湯からは、一際大きな泡が音立てて破裂し、熱湯がぜにまの顔にはねる。
「くっ!」
「これでおさらばえお侍さん、わっちは自分の定めを果たすでありんす」
ぜにま何とかもがいてみるが、抜け出せない。
絶体絶命。
ぜにまのほどけた髪は半分以上が湯に浸かる。
そしてついにぜにまの頭が湯につかる。
「いやーーーっ!」「ぜにま姐さぁーーんっ!」
――ヒュンッ!
その瞬間、一筋の矢が客席から放たれる。
矢はぜにまの腕の縄を切り、そのまま木に刺さる。
「誰でありんすか!?」
客席も弓を構えた者を何処かと探し始める。
矢を放ったのは、なんとお舟であった。
「ぜにま様っ! 絶対に負けちゃダメよ! 汚いお金にとらわれてる人たちなんかに、負けちゃダメ! 私は信じてる! ぜにま様は、立派なお侍さんなんだからーーーっ!」
「おメェ何してんだい!」「KABUKI勝負に水差しやがって!」「こン娘、捕まえろ!」「おうっ!」
「きゃあ!」
怒り狂った観客たちがお舟を捕まえようとする。
ゑいかはお舟を守ろうとするが、男達数人たちがすでに二人を取り囲んでいる。
するとそこへ、刀を持った白髪の男が一人。
「てやんでぃ! てやんでぃ! てめぇら、俺の娘に何してやがる!」
「お父さん!」
そこに現れるは福内とん兵衛だった。
お舟の前に駆けつけると慣れない刀をぶん回して威嚇する。
「ひぇぇ!」「なんだぁこいつ!?」
「オレぁ父親だぁ! このお舟はなぁ、親よりも良く出来た、俺の大事な大事な娘なんだよぉ! もし指一本でも触れてみろ。そんなやつは容赦しねぇ! 俺が叩き斬ってやる!」
「黒衣スタッフ! あの殿方を何とかしてください!」
MCギタユウの指示によりスタッフたちが取り抑えに来る、しかし暴れて抵抗するとん兵衛。
「何突っ立てんだ侍! お舟がお前に託したんだ! さっさとそいつをやっちまえっ!」
とん兵衛は舞台にいるぜにまに喝を入れる。
「お父さん……!」
「へへっ、少しはぁ父親らしいこと、してみたいってもんよ!」
「かたじけないでござる……! お舟、とん兵衛!」
ぜにまは木に刺さった矢を取り、矢じりを使って縛られた足の縄を斬り見事に回転して着地する。
「ギダユウ! 早くあの親子を抑えるでありんす! これ以上わっちのKABUKIに余計な邪魔は入れさせないでありんす!」
「はいぃ〜!」
黙阿弥ててて、取り乱し。
MCギダユウも全身に汗をかきながら返事する。
「いいでしょう、お侍さん。最後の決着をつけるでありんす……!」
『神霊矢口渡』……浄瑠璃・歌舞伎演目。福内鬼外(平賀源内)作。新田義貞の息子、義興と義峯の物語。足利尊氏に兄義興が殺され、逃げ伸びる弟義峯。義峯に恋する矢口の渡し守の娘お舟と父頓兵が出てくる。金に目がくらんだ父と命をかけて必死に抵抗する娘の演技が見所。
神霊矢口渡では親子二人とも死んでしまうが、この作品では親子が協力して弓を放つ。




