八の段 『侍ぜにま』VS『黙阿弥ててて』 ②
煙の上がる肩を痛がるぜにま。
すでに衣服はボロボロになり満身創痍。ぜにま劣勢。
「てやんでぃ! 今の攻撃かわすとは、尋常じゃない侍だぜ」
「……お主も次から次へと、ケレン味な絡繰り。拙者、見たこと無いものばかりでござる」
「そうかいそうかい。ただお侍の鈴つきの高貴な刀。それが何やら怪しいなぁ……!」
てててはぜにまの刀を指差す。
「ならば盗んでみせましょう! 続いて次に控えしは、月の武蔵の江戸育ち、ガキの折りから手癖が悪く、あとを隠せし判官の、お名前騙りの忠信利平!」
ててて、スッと背から引き抜くは、第三の傘。
和傘をまたまたバサッと開けば、描かれているのは雲模様。合間に見えるは、暴れ狂った登り龍。
てててはその傘で自分の全身を隠す。
開いた傘の周りからシューっと霧が出て、霧吹き霧吹き、霧が出る。
「なんだぁこりゃあ!」「舞台が白くて見えやしねぇ!」「ギタユウ何とかしろぃ!」
「何とかしろと言われましても……私にも見えないのですが……。ええい、やけくそ! さぁ! 二人にしか見えない世界、一体何が起こっているのか〜!」
ぜにまの視界からは、ててての紫の傘が霧の中でもわずかに見える。
するとその傘がぜにまに向かって近づいてくるではないか。
――リィィィィィン
居合抜刀、一文字。
ててての和傘を一刀両断。
「コン!」
狐の鳴き声、ててての気配。
ぜにま、声する後ろに一太刀いれる。しかし刀は霧を斬り。
「コンコン!」
またもや声が。ぜにま刀を振るう。
しかし斬るは残像姿。
「コンコンコーン! 神出鬼没の忠信利平! 重ねた盗みは雲まで届く!」
(上か!?)
今度は本物ててて、螺旋状に回転しながら龍の如く、上空から降ってくる。
ぜにま瞬時に気づき、刀を振り上げる。
しかしててての胸の衣服は斬れるが、これ上手く避けられる。
てててはぜにまの背後に着地して腰の鞘に小指を突き差す。
そのまま返すなら、鞘の腰紐ほどいて奪う、盗みの早技奥義。
ぜにまはそちらに気を取られる。
その隙利用して、てててはぜにまの手にある刀も奪う。
親指滑り込み返すなら、刀は握り手からするりと離れ、薬指中指、二本の指であれよあれよと刀を奪う。
ねずみ小僧もびっくりの手際の良さ。
しかしぜにまも負けてはおらぬ。
奪われ刹那、てててに取っ組み、カラクリ義手で裏拳おみまい。
――パリンッ!
衝撃で、ててての着けていた狐仮面が粉々に割れる。
ぜにまから跳んで離れるててて。
そして第四の和傘を背から引き抜く。
「亦その次に連なるは、江ノ島の岩本院の稚児あがり、普段着慣れし振袖から、髷も島田に由比が浜、島に育ってその名せえ、弁天小僧菊之助!」
和傘は白蛇に菊模様。
ててては盗んだ刀をその傘に入れるなら、跡形もなく刀が消える。
和傘『菊之助』の消失カラクリ。
「おう何が起こってる!?」「見ろ! 霧が晴れてきやがった!」
霧が晴れた歌舞伎舞台。
仮面が割れて、露わになったててての素顔。
その素顔に会場からどよめきがあがる。
「おい嘘だろ……ありゃあ、おぼろ太夫じゃねぇか!」
晴天の霹靂。
黙阿弥ててての正体、それは花魁おぼろ太夫であった。
整った白顔の額には、三日月模様の傷がつき、血が歌舞伎舞台にポタリと垂れる。
ぜにまに切られたドテラ衣装の胸元には、サラシで収めていた胸の谷間がチラリと覗く。
「おっ〜っとこれは衝撃の展開! 天下の大泥棒! 義賊のててての正体! それは、今をときめくすーぱー花魁、おぼろ太夫だったぁ!?」
「どっ、どういう事でぃ!?」「するってぇとアレかい? ててては女だったのかい!?」「誰か説明してくれよぉ!」
観客たちは目の前の光景に混乱しはじめる。
「さぁさぁさぁさぁ!」
てててはそんなニワカ達を、大声かけ声、黙らせる。
「もう化けちゃあいられねぇや……わっちぁしっぽを出すでありんす」
ててて、弁天小僧の傘開き、かさに隠れて一回転。
くるりと回ってぶっ返り、出てくるは花魁姿のおぼろ太夫じゃありゃせんか。
その姿慎ましく、艶やかな笑みのおぼろ太夫。
「お侍さん、わっちぁ花魁おぼろ太夫でありんす! どなた様もぉ、まぁ〜〜~っぴら、ごめんね!」
舌出し、てへぺろ。
うぃんくして謝るおぼろ太夫。
「なんでぃ! そりゃあ!」「かーっ! 騙された!」「それでもめんこいなぁおぼろ太夫は」
観客たち、衝撃を受けつつも美人に弱い。
だが客席の中で一番しょっくを受けていたのは、近松ゑいかだった。
「なっ、なっ、なんだってぇ!? おぼろ様が、あのてててだったなんて!? ……し、信じられないでごぜゐます……がーん……」
「元気出して、ゑいかさん」
がっくり肩を落とすゑいか。
小さなお波が肩をさすって慰める。
「ふふっ……ふっふっふっ! もう投げやりだー! ててて、許さないでごぜゐます! 姐さんやっちまってください!」
憧れ純情踏みにじられ、なりふり構わず取り乱す近松ゑいかであった。
「わっち、それにしても男の格好は窮屈で、ひでぇ目にあったでありんす。ちょいといっぷく、休まさせていたしんす」
ててて地面に艶かしく座りこんだら第五の和傘。
背中から取り出し、絡繰り仕込みをカチリと回せば、巨大な煙管に変わる。
ててては煙管を、赤い紅塗った色っぽい唇で、ゆっくりと吸う。
「お侍さん、わっちの正体には気づいていたんしょ?」
刀を取られ、丸腰のぜにま。
腕組み応える。
「……ああ。昨日の問答、お主に何か訳ありと感じたでござる」
「訳、でありんすか……」
「うむ。拙者はそれを見極めにきた」
「フーーーーッ」
煙を吐く長い息。
ててての顔の表情からは先ほどまでの笑みが消える。
艶やかな雰囲気から一変、ててては着物を整え、客席向かって見得をする。
(いょおおおおおおお〜っ!)
「知らざあ言ってぇ、聞かせやしょう〜〜〜!」
ててては手にした煙管で舞台を叩く。
――カツン!
「わっちの父は人好しで〜、親しき友に金を貸す〜、したらそいつは高飛びで〜、懐なくなり無一文。母は見捨てて家を出た!」
――カツン! カツン!
「父は借金、OHーEDOスパイラルゼンマイ工場、過酷な労働わずかな稼ぎ。それでもわっちのことを考えて、離れて必死に仕送りを〜。幼いわっちも傘張りし、離れた父を思う生活。けれども父は身体を壊し、高い薬を買う金もなく、ついには父が血ぃ吐いて、背負って向かうは病院へ。父の体のその軽さ、何たる事かと涙をこらえて」
ててては続ける。
「春雨うたれて病院行くと、見れば患者の大行列。そんなわっちら差し置いて、越後屋の、親の金と権力の、傘の下いるバカ息子、列を無視して通される。そいつがわっちらに放った言葉『邪魔だドケ〜、汚ぇ貧乏人のゴミ共が、テメェらは地面に這いつくばっていろ〜』」
――カツン!
「父はわっちの背の上で、そっと息を引き取りんした。人が人を殺さずに、金が人を殺すなら、増える首吊るてる坊主! このOHーEDOでは毎日金が無くなって死んでいく人たちがいる。誰も赤の他人には、金を分け与えないでありんす。だからわっちだけは、わっちだけはバラまく! 金を! 光を! 命の雨を! 天下の大泥棒、黙阿弥てててたぁ! あちきが〜〜〜〜ことだぁ〜〜〜〜!」
カカンッと拍子木の音。
ててては客席に肩をはだけて、見せる入墨、小判の吹雪。
「いよっ! 黙屋!」「いいぞーててて!」「ててての言う通りよぉ!」「越後屋は腹切れー!」
観客は一斉に怒号を飛ばし始める。中にはててての話を聞いてしくしくと泣き出す町人も。
「貧しい者から巻き上げる、この愚かなOHーEDOスパイラル、断ち切る為にお侍さん、ここで死んでおくんなし」
『弁天小僧』……「青砥稿花紅彩画」の中でも弁天小僧が主役の場面は人気があり、独立してその場のみを上演する際には「弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおの しらなみ)」と題を変えて上演される。美しい娘がお金をだまし取ろうとするが、実はその正体は男の弁天小僧だった。見破られた弁天小僧は開き直り、娘の姿で途端に男っぽい演技になるのが見所。
作中ではててての正体が花魁おぼろ太夫だったことが判明。




