六の段 お舟の想い
◆◇◆◇◆
場面は水茶屋。
布団の中でぜにまの刀を大事に抱えるお波がいた。
そこに息を切らして帰ってくるは姉のお舟。
隣には近松ゑいか、お舟に呼ばれてかけつけた。
「ただいま! お波、大丈夫だったかい?」
「お帰りお姉ちゃん。こっちはなんとも無かったよ」
眠たそうに答えるお波。
ゑいかはお波の持っている刀を確認する。
「これは間違いなくぜにま姐さんの『膝丸』。侍の魂を置いてくなんて、何かあったに違いねぇでごぜゐます」
「まだこの近くにいるかもしれない。私、探してきます」
お舟が外に飛び出そうとする時、ゑいかがふと気付く。
「いや、もしかするとこの事件、盗賊ててての仕業かもしれない。明日はKABUKI十八番勝負。てててのやつ、姐さんをどこかに閉じ込めて不戦勝を決め込もうって算段か……!」
「そんな! あの盗賊の? そうなったら、¥何処を探せばまったく分からないじゃない……」
その時だった。
――ガララ、ピシッ!
襖を開ける軽い音。
外から帰ってきたは、雨に濡れて寒そうにする姉妹の父とん兵衛であった。
「ぶぇっくしょい! てやんでぃ! 夜は冷えんなぁ。厠に行くのも一苦労ってもんだい」
とん兵衛はゑいかに気付く。
「んん? オメーサンはお舟の客かい。こんな夜更けに小娘が一人で来るもんじゃねえ。さっさと帰りな」
難癖つけて部屋に戻ろうとするとん兵衛。
お舟はそんな父の様子を見て何かに気づき、両手を広げて進路を塞ぐ。
「お父さん、何か隠し事しているでしょ! どうみても怪しいわ!」
「きゅっ、急になんでぃお舟! オメェ、自分の父親のどこを怪しむ必要があるってん言うんでぃ!」
「そうだよお姉ちゃん」「お舟、一旦ここは落ち着くでごぜゐます」
父を疑うお舟に対して二人もなだめに入る。
しかしそんな二人の静止も聞かず、お舟は壁にかかった弓矢を取る。
矢をとん兵衛に向け、ぎりりと絞るお舟。
「いいえ、今回だけは譲りません! お母さんが亡くなった悲しみから現実に背を向けて、幼いお波を一人にして、自分は博打にお酒漬け! 私たち姉妹だって悲しいのに……! それでも二人で前向いて汗水流して働いてた! でも突然お父さんが帰ってきて、こんな事が起きて!」
涙を流しながら鬼気迫る表情でまくし立てるお舟。
「なんでぃ、なんでぃ! 茶屋の稼ぎなんてなぁ、一瞬で消えちまうんだっ! この家はよぉ泥舟なんだ! あくせくあくせく水を掻き出しても掻き出しても、いつかは沈没しちまう! オレはお前らを少しでも楽にしようと……義賊のてててに協力して、たっぷり銭を稼いでやったっていうに、それをお前……っ!」
とん兵衛はお舟の迫力に押され、つい自分の悪事を話してしまう。
「お金が無いことを自分の言い訳に使わないで! それに、それにぜにま様はお波の面倒を見てくれる良いお侍さんです! だから私は、私は…………!」
「お姉ちゃん!」「お舟、やめるでごぜゐます!」
ギリリリリ!
弓を強く引き絞る音。
「ひぃぃぃ! 分かった! 俺が悪かった!」
ついに腰つき認めるとん兵衛。その懐からは一枚の小判がポロリとこぼれる。
「俺の負けだーっ! 侍の場所を教える! だから頼む、その弓を降ろしてくれ!」
とん兵衛は隠していたぜにまの場所を白状した。
「…………ふぅ。ゑいかさん、今すぐ行きましょう」
「そうですごぜゐますね……」
ゑいかは心の中で思った。
お舟を怒らせると怖いと。
二人はうなだれるとん兵衛を置いて、ぜにまの元へ向かうのであった。
◆◇◆◇◆
ぜにまが囚われた蔵。
蔵の外から声が聞こえる。
「オメェさんたち、今日はよくやった。こいつは俺からの感謝の報酬よぉ」
「ありがてぇや! これでかみさんに美味いもん食わせられる!」「ててての旦那! KABUKI十八番勝負、応援してますぜ!」「これからも頑張ってくだせぇ!」
「へっ、任しときな。おめぇらも、貧乏人から盗むんじゃねぇぞ」
「「「へい!」」」
ぜにまは今回の事件が義賊てててによるものだと気づく。
外の声が聞こえなくなった幾ばくかのち、重たい扉がギィーっと開かれる。
「ぜにま様!」「ぜにま姐さん!」
蔵にかけつけたお舟とゑいかに救われるぜにまであった。
◆◇◆◇◆
翌日、KABUKI勝負十八番、二回戦目の朝。
ぜにま一行は水茶屋にいた。
OHーEDOの天気は昨日に引き続いて大雨。
重たい雲が空を占める。
「ぜにま様、昨日は父の件、誠に申し訳ありませんでした!」
お舟はぜにまに頭を深く下げる。
「拙者、全然気にしていないでござる。盗まれてみるというのもなかなか貴重な体験でござった」
「悪いのはてててでごぜゐます。とん兵衛を金でたぶらかさなければ、こんな事にもならなかったんですから」
「そういえばお舟、とん兵衛殿は?」
「それが、目を離した隙にまたいなくなってしまって……」
お舟が水茶屋の奥の方を見る。
布団にはとん兵衛の姿は無く、お波だけがスヤスヤ枕を抱いて気持ちよく寝ていた。
「きっとまた戻ってきますよ。それよりも姐さんの義手、私が新しいカラクリ仕掛けを施してみたんで、いざという時にそのネジ巻きを回してみてください」
ゑいかが指差す。
ぜにまの義手には新たにゼンマイネジ巻きが着いていた。
「感謝するでござるゑいかよ。頑張るでござる。それに……」
「それに、なんです?」
「拙者、ててての真意を知りたくなったでござる。義賊の盗む、義ってやつを」
「そんなものあるんですかね?」
「大丈夫。ぜにま様ならきっと分かると思います。私、信じてます」
「ありがとうでござる。それでは拙者、そろそろ行ってくるで候」
気持ちを引き締め、ぜにまはKABUKI座ドームに向かうのであった。
『義賊』……一般的に悪い金持ちなどから窃盗を働き、それを貧しい民衆の救済に使用する盗人。
海外の「ロビンフッド」や「ルパン」が有名だが、日本では「石川五右衛門」や「鼠小僧」の名前が挙がる。
鼠小僧は実際にいた盗人であるが義賊のようなことをしたかは定かではない。石川五右衛門にいたっては多くが謎に包まれている。どちらも歌舞伎化されており、江戸時代の反権力の英雄として扱われたりもした。




