表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第二幕 『白浪五人男』 天下の大泥棒!義賊!黙阿弥ててての段
11/52

五の段 『ぜにま』と『武蔵』 ②

 その後、武蔵とぜにまは鞍馬山くらまやまにある小屋で共同生活を始める。

 それは武蔵が山伏の修行に使っていたものだった。


 武蔵は一人で経を読み、筆を取り、時に仏像を掘った。その内ぜにまも真似をするようになる。


 そんなぜにまを見兼ねて武蔵は小屋にある書物で言葉と教養、読み書きそろばんを教える。


 そこでぜにまは一冊の絵草紙えぞうしを武蔵から貰う。

 絵草紙とは絵入りの小説のこと。内容は刀一本で悪者や妖を退治し、村人を助ける侍の武勇が描かれていた。

 ぜにまにとってその絵草紙はお気に入りとなった。


 武蔵とぜにまはお互いに家事を協力して行うようになる。

 共に畑を耕し、川で洗濯し、部屋を掃除をし、そして共に同じ釜の飯を食べた。


 生活の中でぜにまは徐々に人間らしさを取り戻していく。

 武蔵の情がぜにまを獣から人に戻していったのだ。

 

 ぜにまの背が伸び、成長するにつれて武蔵は刀や槍、弓術なども指南した。


 非力なぜにまでは力の勝負は分が悪いと考えた武蔵は、一瞬で勝負を決める居合いあい術を教える。

 武蔵の力強い鍛錬によりぜにまは日進月歩、めきめきと腕を伸ばした。


 ーーそして数年の時が経つーー


 日が昇る前の早朝。

 蒼白い空。


 武蔵はぜにまを部屋に呼びつける。


「先生、言われた通り身体を水で清めてきたでござる」


 袴姿のぜにまが部屋に入る。

 小柄の少女は背が伸び、髪はトレードマークのぽにーてーる。

 顔は凛々しく成長していた。


 畳の部屋に武蔵は座って待っていた。


「まあそこに座れ。……それよりその言葉使いなんとかならんのか。聞いてて肩がこるぞ……」


「そうでござるか? 先生が侍の絵草紙で言葉を教えてくれたではござらぬか。拙者は気に入っているでござる」


 武蔵の言葉に、ぜにまは首をかしげる。


「……そういえばそうだったな。ゴホン。それはさておき今日は免許皆伝の日だ。最後の試練として本日、日が登ると同時に鞍馬山奥深くにある『天狗てんぐたに』に迎え。谷にはこの山のカミでもある鞍馬天狗がいる。天狗が出す試練にうち勝てば、人知を超えた神通力じんつうりきをも手にすることが出来ると言われている。無事、試練に勝利してここに戻ってくるがよい」


御意ぎょいに」


「今からこの刀、『膝丸ひざまる』をお前に返す。お前が持っていた唯一の物だ」


 ぜにまは黒漆の鞘に収まった『膝丸』を両手で受け取る。

 鞘には紅白の鈴緒が、シャンと鳴る。


「……この鈴は?」


「まじないの鈴だ、着けおけ。谷までの道は天狗が教えてくれるだろう。無事にここまで帰ってきたなら、山を下り、これからは『ぜにま』と名乗れ。善と仁を巻くと書いて善仁巻(ぜにま)だ。その名の通り、各地を行脚して百八の人助けを生業として生きてゆくのだ」


 頭を深く下げるぜにま。


「……武蔵先生……今までお世話になりました。命を助けていただいた御恩、決して忘れません。見事108の人助け、果たしてみせるでござる」


「うむ。さあ、固苦しいのはもうよい。ぼやぼやしてると日が昇ってしまうぞ」


「分かり申した。それでは早速……」


「おっとっと、そうだったそうだった。これを忘れていた」


「はて?」


 ポンと渡されたのは、竹の皮で包まれた巨大なおむすび。


「大好きな塩むすびだ。お前は人一倍食いしん坊だからな、腹が減ってちゃ何もできんだろうと思って作っておいた」


「武蔵先生……」


「これがワシからお前に送る最後のものだ。道中はきっと大変だろう……でも自分の信じた道をゆけ」


「はい……」


 ぜにまは胸から込み上げる思いを抑えるのに精一杯であった。


ーーーーーーーー


 ぜにまは小屋を出発する。


 肌寒い気温。

 まだ薄暗い山を、天狗の谷を目指して奥深く歩いていく。


ーーとおりゃんせ とおりゃんせーー


 山の奥に行けば行くほど空気は澄み渡り、不思議と雑音が消えてゆく。耳は研ぎ澄まされて、心臓の鼓動が頭に響く。


ーーここはどこの細道じゃーー


 山道を行くと、ぜにまの後ろから落ち葉を踏みしめる足音が聞こえる。何者かがついてきている。

 しかし足音にしては一歩一歩の感覚が異様に長い。


 人のそれではない。ぜにまはあえて意識しないようにするが、その足音は確実にぜにまの後ろを追ってきていた。


ーー天神様の細道じゃーー


 ふと気がつけば日は登り、辺りは真っ赤な紅葉樹。ヤツデの葉も生えている。その美しさに目を惹かれるが、頭の後ろから何かが追ってくる音は以前消えない。


ーーちっと通して 下しゃんせーー


 近い。足音から察するに、その何かはすでにぜにまの頭の真後ろにいる距離だ。


(……試されている)


 ぜにまはそう感じていた。

 刀の鈴をシャンと鳴らし、師の顔を思い出すぜにま。心をそうして落ち着かせるしかなかった。


ーー御用のないもの 通しゃせぬーー


 険しい獣道を超え、紅葉樹が生い茂る谷深く。

 入り組んだ岩肌地形の奥に天狗の鼻のような形の岩を見つける。


 ぜにまは心で感じた。ここが天狗の谷であると。

 気づくと、先程から付いてきていた者の気配も消えていた。


ーーとおりゃんせ とおりゃんせーー


 こうしてぜにま、天狗の谷に辿り着く。


 それから三日三晩。

 その後見事、ぜにまは天狗の試練に打ち勝ち、明鏡止水の扉を開く断魔理だんまり神通力じんつうりきを手に入れるのであった。


ーーーーーーーー


 ぜにまは来た道と同じ道を辿り、武蔵のいる小屋へ戻る。

 その日も雨の日であった。


「あれは!?」


 山の一部に火の手が上がっている。

 火元は武蔵の小屋の辺りからだ。


 ぜにま駆け足。

 小屋に着く頃には息も絶え絶え。


 辺り一面は燃え盛る炎によって包まれている。

 しかしぜにまは火を気にもせず、小屋の中へ入っていく。


「先生ー!? 武蔵先生ご無事でごさるかー!?」


 声を出して呼びかける。返事はない。

 煙を吸わないよう、袖で口を覆いながらもぜにまは武蔵を探す。


 畳の間、そこに武蔵はいた。黒い山伏姿の仁王立ち、手には大薙刀を持って。


「先生! 良かった! ここにいらしたんですか、早く外へ……」


 ――シュッ


「えっ」


 瞬きする間も無く、気づけばぜにまの左腕は宙に舞っていた。


「ぐあぁぁぁっ!」


 激痛が走る。


 ぜにまには目の前で起きた事が理解出来ない。

 それは武蔵が奮った大薙刀の一振り。


 切られた腕を抑えるぜにま。腕の断面からは大量の血がこぼれ落ちる。


「うう……なぜっ! なぜこんな事を!」


 燃えさかる火炎の中で師に問いかける。


 しかし炎に照らされた武蔵の顔は、ぜにまの知っているものでは無かった。

 眼に血ほとばしる鬼神の表情。


「なぜ! 私は……あなたのことを信じていたのに……!」


 激痛と煙の息苦しさでぜにまの意識は薄れてゆく。

 視界が炎によって埋め尽くされるまで、ぜにはずっと同じ事を叫んでいた。


◆◇◆◇◆


「なぜですか……せんせい……」


 過去の思い出が、ぜにまの口を無意識に動かす。


 時は現代へ。

 深夜に男衆にさらわれ、蔵の柱で縛りつけられているぜにま。


 思い出したくもない過去をつい思い出してしまう。

 あの後ぜにまは炎の中で意識を失う。そして目覚めると何故か山のふもとの河原で倒れていた。

 切られた腕は誰かに治療され、手元に残ったのは『膝丸』のみ。


 小屋に戻ってはみたが焼け焦げた家以外、武蔵の姿はどこにもなかった。


 あれから一年。

 ぜにまは武蔵が倉にしまっていた数多の刀を籠に入れ、108の人助けを行いながらも東海道を巡る旅。

 途中、凄腕の絡繰り技士から義手を手に入れるが武蔵の情報は手に入らず、ここOHーEDOに至る。


「先生……あなたはいま、どこにいるのですか」


 亡くなった左腕、つけられたカラクリ義手を見る。


 ぜにまには迷いがあった。

 なぜ師が自分の腕を切ったのか。そのようはことをする人ではないと知りながらも、その疑問は消えなかった。


 顔を上げ、窓格子から僅かに覗く雨雲を見上げる。


「拙者は……先生を信じたい。先生は光を与えてくれた。だから今は信じて、108の人助けをするでござる……」


 ぜにまは自分に言い聞かせるように、呟くことしか出来なかった。


『鞍馬天狗』……牛若丸に剣術を教えたという伝説がある。鬼一法眼と同一視されることがあり、これを元にした『鬼一法眼三略巻』という浄瑠璃・歌舞伎作品がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ