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KABUKI大江戸すぱゐらる ~女侍、美しき居合で悪を断つ!~  作者: 歌学羅休
第二幕 『白浪五人男』 天下の大泥棒!義賊!黙阿弥ててての段
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四の段 『ぜにま』と『武蔵』 ①

 床についていたお舟が目を覚ます。


 なんだか不安な胸騒ぎ。

 久しぶりに帰ってきた父親の事か、それとも水茶屋の売り上げの事か、はたまた隣で寝息を立てる幼い妹の将来の事か。


 様々な事が気になって、どうにもこうにも寝付けない。


「むにゃ……おかーさん……」


 お波の寝言。


 ふとお舟は隣室にいるはずのぜにまが気になり、ふすまを開ける。

 見ればそこには布団のみ。


(ぜにま様、一体どこへ? これは……ぜにま様の刀!? そんなまさか!)


 慌ててお舟、戸の入口を確認する。


「おかしいわ。確かに最後につっかえ棒をかけていたのに」


 お舟は普段、外から開けられないように戸の裏側につっかえ棒をしていた。

 しかしそれが外されている。


 疑念は確信に変わる。

 寝ているお波を揺すって起こすお舟。


「むにゃ……どうしたのお姉ちゃん?」


「お波、ぜにま様がいないのよ。きっと何かあったに違いない。お侍さんが刀を置いてどこかに行くはずないんだから。姉さん今からゑいかさんのとこ行くから、お波はぜにまさんの刀を見てて」


「刀……? うん、わかった……」


 眠そうに返事するお波。


「すぐ戻ってくるからね! 待ってなさいね」


「おねえちゃんも、きをつけてね……ぐぅ」


 お舟は護身の脇差しを懐に入れて、傘をさし、急いでゑいかのいる文楽座に走るのであった。


ーーーーーーーー


 ぜにまは意識を取り戻す。


 ツンとした古い空気。

 冷んやりとした肌寒さ。

 どこかの建物にいるのだろうか、暗闇であたりは何も見えない。


 体は縄で柱にくくりつけられ身動きが取れない。

 

 ぜにまは朦朧とした意識の中で、何があったかを思い出す。


 数人の輩に拘束されて籠に入れられた。

 その時に嗅がされた手拭いに薬でも入っていたのか、眠らされていたようだった。


 抜け出そうと試しに力を入れてみるが、縄はきつく縛られていてビクともしない。

 ぜにまの木造カラクリ義手が締め付けられパキパキと音が鳴る。


 これは一体誰の仕業か。考えてみても見当もつかない。

 ぜにまが見上げると、上部には格子窓がありわずかに雨音が聞こえる。


(雨か……)


 雨音を聴くと、ぜにまは自然と昔の記憶が思い出される。

 ぜにまはその思い出に身をゆだねるのであった。


◆◇◆◇◆


 ぜにまが今より若き頃の思い出。

 緑の生い茂る山道。


 ――ガリガリガリ


 刀で地面を掘り、土だらけの木の根を切り取ればそれを噛んでしゃぶる少女の姿。


 無造作に垂らした長髪はボサボサで、着物は擦り切れ土だらけ。

 肌も土で浅黒い。


 実はこの少女こそぜにまであった。

 愛刀『膝丸』だけを手に、山で獣のような日々。

 腹が空けば野山の生き物を食らい、喉が乾けば川の水を飲む。神も仏もいない。


 東海道中、京に続く山。

 ぜにまは荒んだ生活を送っていた。


 ――ぐぅ〜〜〜


 鳴るは腹の音。

 ある時、山の動物たちが見つからず、ぜにまは食べ物に困っていた。


 満月の夜。


 山から見下ろすは点々と明かりがついた村。

 空腹耐えかねたぜにまは、ついに山から人里に下りる。


 都に入る大橋に辿り着くぜにま。

 もう住民たちも幾分か寝静まり、夜の風が吹く。


 ぜにまの空腹は限界を超えていた。

 口からはよだれが垂れる。


 見れば橋には頭に布を被った大きな男の姿が。


「がるるるるっ!」


 男はぜにまに気付くが、その顔は影で見えない。


 ぜにまは走りだす。もう僅かな理性すらも残ってはいない。


「めし……!」


 勢いつけ、ぜにまは人影に向かって刀を振りかざした。


 ――ガキンッ!


 その刀を薙刀が受け止める。


 薙刀は男のものであった。

 体は岩の如く巨大で、頭は白の袈裟、黒の腹巻甲冑着込んだ坊主姿。首から数珠下げ、背には数多の刀が入った長籠。


 大男は鬼のような眼光で目の前のぜにまを睨みつける。


「……命が惜しければ、それ以上はやめておけ」


 ――キンッ!


 男はぜにまの刀を払い除ける。


「がるるるるっ!」


 唸るぜにま。男を睨みつける。


「その刀……こわっぱが持つにはちと宝の持ち腐れよのう」


 大男、いぶかしげに独り言。


「うがあああっ!」


 息もつかせず男に向かっていくぜにま、無我夢中の上段振り上げ。


「ふんっ!」


 大男は薙刀をくるっと返し、峰打ち狙い。

 こちらに走ってくるぜにまの足元を、下段、なぎ払い。


 しかしぜにまは驚異のジャンプ力。

 身軽に空中一回転。


 ――シュタッ!


 男の薙刀にしなやかに着地すれば、音も無く即座に薙刀の上を走り、男の首へと渾身の横一閃。


「ぐ……!」



 だが、ぜにまの刀は男の首には届かなかった。



 ぜにまの放った一閃は、大男の片手によって握られていた。

 無論、男の手も無事では済まない。掌はパックリと割れ、傷口から赤い血がドクドクと流れる。


 ぜにまは何とか男の手から刀を引き抜こうとするが、その握力尋常でなく、びくともしない。


 男はもう片方の手でもぜにまの刀を握り、そのままぜにまごと持ち上げれば、力一杯振り回す。


「せいやあああ!」


「ぐがっ!」


 ぜにま耐えきれず手を離し、飛ばされて地面に全身打ち付ける。

 衝撃で意識が飛びかける。

 


 何とか持ち堪え、手をついて起き上がろうとするぜにま。

 しかし目の前には、鬼神の如く、仁王立ちする大男。

 男は薙刀を持つ腕を振り上げる。


「うっ!」


 攻撃が来る。

 ぜにまは咄嗟に顔を腕で覆う。


 ――カランッ


 だが何もこない。

 聞こえたのは武器を捨てる音。


「止めじゃ止め。ワシは強い者としか戦わん」


 男はそう言い放つと突如ぜにまの前にドカッと腰を下ろしてあぐらをかく。そして袖から布を取り出せば、出血している手にキツく巻き付け止血する。


「あイてててて……。お前さん、なかなか良い剣筋をしておる。動きもいい。ただ、力が全然入っておらんのう。」


 男は布を巻き終わると、懐をまさぐる。

 取り出すは竹の皮で包んだ、拳骨のような大きいおむすび、ぜにまに向かって差し出す。


「腹が減ってて力が出んのだろ。ほら。食え」


「……ぐるるるる!」


「安心せい、毒など入っとらん。まあワシの昼飯の余りだがのう」


「ほら、美味いぞ」


 ぜにまはおずおずと顔を近づけて、男の掌のおむすびに鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。

 我慢は限界、すかさず男の手からおむすびを奪い取るとぜにまはガツガツと貪り食べる。


「よしよし。すごい食いっぷりだ、よほど腹を減らしていたか。そんなに早く食うと喉に詰まるぞ」


「うがっ……!」


「だから言ったろうに……! ほら水筒だ、ゆっくり飲め」


 喉を詰まらせたぜにまに、男は竹の水筒を差し出してやる。ぜにまは中の水をゴクッゴクッと喉を鳴らして一気に飲み干す。


 無事ひと段落するならば、またもや夢中でおむすびを喰らう。


 そんなぜにまの姿に男は虚しさを感じた。これほどの子供が飢えで苦しんでいたのかと。ぜにまの姿は人ではない。野生の獣だ。


 男は気づけば自然とぜにまの小さい背中を撫でてやっていた。

 ぜにまの目には一筋の涙。


「うー……うー……」


 ぜにまは涙を拭きながらも、おむすびを食べ続ける。


「お前さん……どうやら親がいないようだな。まさか百本目の刀の相手が、こんなのになるとは。おかしなこともあるもんだ……くくく……」


 男はの肩がふつふつと震え始める。

 そして岩のような形相が一気にほころぶとーー


「はーっはっはっはっはっ!」


 突如として笑いはじめる。

 ぜにまは指についた米粒を舐め取りながら、男の笑いを奇妙に見つめる。


「坊主になって初めて、神も仏もこの世におるかもしれないと思ったわ! はーはっはっはっ! わーはっはっはっ!」


 男はしきりに笑う。

 そして笑い終わると、出た涙を拭く。


「はぁーっ、人生の中で一番笑ったわい……。さて、そろそろワシは行くかな。お前さんも達者でな」


 男は立ち上がり、去ろうとする。

 向かうは人里と反対方向の山へ。


 ぜにまは男に何かを感じたのか立ち上がる。男が捨てた薙刀と、自分の刀を拾いって小走りで男に駆け寄る。


 歩く男の服を、小さな手で後ろから握るぜにま。


「……好きにせい」


 男、その名も『武蔵むさし』と言った。

『五条橋』『橋弁慶』……京都の五条橋で牛若丸と武蔵坊弁慶の出会いを描いた歌舞伎。時に子役が牛若丸を演じることもある。

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