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09.思わぬ来客

「……今日も裏口は異世界に繋がったまま、か」


 毎朝の日課に、裏口の向こうを確認するという作業が追加されてしばらく。今日も代わり映えしない極寒の雪景色を見て、そっと扉を閉める。


 この現象が精霊さんの悪戯によるものだったら、その内遊びにも飽きてささっと元に戻してくれないかなーという淡い願望を抱いていたのだけど、今の所その様子は見受けられない。


「せめてあの大雪じゃなければ、精霊さんを探しに行けたんだけど……」


 《精霊の落とし穴》は天候の移り変わりがかなり激しく、雪が止んでそよ風程度になったかと思うと、突然突風吹き荒れる猛吹雪になったりする。


 特にマティアスさんが帰った日以降、天候は荒れに荒れており、ここ数日は猛吹雪が続いている。とてもじゃないが、この間のように探索には出かけられない。


 今日もまた探索を諦め、私は仕事に取り掛かった。




 私の職業は、絵本作家だ。絵本作家は、ストーリーとイラストをそれぞれ別の人が担当することもあるが、私はストーリーもイラストも一人で担当している。


 また、副業の一環としてイラストレーターとしても活動しており、つい最近はアプリゲームの挿絵を描いたばかりだ。


 本職も副業も、担当者とのやり取りはメールや電話が主で、仕事自体は全て家の中で完結出来るもの。

 こんな特殊な仕事だからこそ、祖父母が亡くなり、家の相続をどうするかと言う話になった時、私にお鉢が回って来たのだ。


 親戚は皆会社勤務だし、子供の学校の問題もあったりして、こんな辺鄙な土地に移り住めるのは、在宅で仕事をしている私くらいだった。


 相続が決まった時は「本当に田舎だから、若い人には向かないかもしれないけど……」と心配されたが、住めば都とはうまく言ったもので、今の所生活に不便を感じたことはない。




 さて、本題の仕事についてだが、私が書く絵本は御伽噺というか、魔法や妖精が出てくるような非現実的な内容のものが多い。……ついこの間、私の中では非現実ではなく現実になってしまったが、それはさておき。


 そんなファンタジー系絵本作家である私が、ドラゴン・精霊・異世界人・魔法の四コンボを食らったのだ。……これを話のネタにしないわけがなかろう?


 マティアスさん達を見送った後、私はすぐさまイラストを描き始めた。


 モデルは勿論、あの可愛くてカッコいいドラゴン、ヴァイスハイト。そしてその相棒に騎士を志す優しい少年。こちらのモデルはマティアスさんだ。


 決して腹ペコやお寝坊姿が子供と重なったから、マティアスさんを少年姿で描いたという訳ではない。子供むけの絵本だから、メインの登場人物を子供にしただけだ。……そう、それだけだ。

 見た目だけならキリッとしたイケメン騎士なのに、なんかショタみあったよな、なんて思ってませんとも。えぇ。


 主人公は、体が大きくて顔が怖いドラゴン。とても心優しい性格なのに、その見た目のせいで人間から怯えられており、ドラゴンはいつも独りぼっち。そんなドラゴンが騎士を目指す少年と出会い、生涯の友を得たドラゴンはいつまでも幸せに暮らしました。


 絵本の簡単なあらすじはこんなところだ。

 頭の中でストーリーを組み立て、それに合うイラストをいくつも書き続ける。


 幸いというか、私はドラゴンをこの目で直に見ることが出来たのだ。頭に記憶したドラゴンの姿を描き写すことは、さほど難しい作業ではなかった。


 そう、描き写すことは出来たんだけど……。


「んー……、ダメだ、ヴァイスハイトの可愛らしさが出せない……」


 ヴァイスハイトはカッコいいだけでなく、とてもキュートなのだ。桃を食べて喜び尻尾を振る所や、マティアスさんの食べ物に興味を示して鼻先で食器を突く姿や、テレビを見てぐるぐる回っていた所だとか。

 そんなキュートでチャーミングな所も入れ込みたいのに、私が絵で描くとどうにもイケメンドラゴンにしかならない。


 目か? 目がダメなのか?


 最後に桃の袋を渡した時に、歓喜の声を上げて頬を舐めてくれたヴァイスハイトの姿を思い出す。きゅるるん、という効果音がつきそうなあの可愛いお目目が描ければ、少しは可愛さが増すか?


 いやでも、ドラゴンの見た目自体は厳かな感じのままじゃないとダメなんだよなぁ……。内面の可愛さを出すには、やっぱりストーリー上でドラゴン可愛いエピソードを組み込むしかない?


 最早一つの物語を書くというか、ヴァイスハイトというドラゴンの素晴らしさを表現するだけのものになってしまいそうだ。


「……せめて写真だけでも撮っておけばよかった……」


 今更後悔したところでもう遅い。


 空を駆け、≪地上≫へと戻ったマティアスさんとヴァイスハイトは、きっともう≪精霊の落とし穴≫に来ることはないだろう。

 なにせここは御伽噺の中にしか登場しない、空想の地だったのだ。そうポンポンと来られるものではないだろう。



 そこでふと気付く。



 ……あれ、そもそもマティアスさんはどうやって≪精霊の落とし穴≫に来たんだろ?



 マティアスさんが≪精霊の落とし穴≫に来ることになった経緯も何も聞いてなかった。どうやって来たのか分からないのだから、どうやって帰ったのかもわからない。


 大きな姿になったヴァイスハイトに乗って空へ飛んで行ったからそれで≪地上≫まで飛ぶものだと思っていたけど、≪精霊の落とし穴≫から≪地上≫に戻るためには、≪地上≫のどこかに穴でも開いてない限り無理じゃない?


 例えばマティアスさんが≪地上≫に出来た穴的なものから≪精霊の落とし穴≫に落ちてきたのだとして。帰るためにはその落ちてきた穴を探さなければならないのだ。≪精霊の落とし穴≫の頭上を覆うあの広い範囲の中から。


「……え、無茶苦茶心配になってきたんだけど……。マティアスさん達、ちゃんと帰れたよね……?」


 まさか帰り道が分からず、あの雪の中を彷徨ってるとかそんなことないよね?


 なんだか心配になってきた私は、集中できなくなった仕事から一旦手を放し、裏口へと向かった。


 いや、きっと大丈夫だとは思うんだけどね。一旦嫌な想像が頭に浮かんでしまうと、中々消え去ってくれないものだ。


 そう考えながらあちら側を覗き込んでみようと裏口のドアノブに手を掛けた瞬間、コンコンという小さなノックの音が聞こえてきた。



 ……まさか本当に雪の中彷徨ってたの⁉



 雪塗れなマティアスさんとヴァイスハイトのことが脳裏に浮かび上がった私は、慌てて裏口の扉を開いた。


 しかし、そこにいたのは私が想像していた二人ではなく。


「あれ、あの時の……、精霊さん?」


 扉の前には、マティアスさんの元へ連れて行ってくれたあの精霊さんがふよふよと飛んでいた。


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