06.一緒にご飯
ヴァイスハイトは私の方へ着いてきたので、彼と共にキッチンへ入る。
見慣れない場所に戸惑っているのか、ヴァイスハイトは周辺をぐるぐる回って何かを確認していた。引き取られたばかりの犬みたいだ。
ヴァイスハイトは頭がいいみたいだし、自由にさせていても大丈夫だろうと判断して、ささっと朝食の準備に取り掛かる。
料理は料理好きな祖母から学んだものだけど、祖母は専ら和食を作ることが多く、必然的に私が教わったものも和食が多い。とはいえ、洋食や中華を作らないという訳でもない。
マティアスさんは西洋人っぽい雰囲気なので、やっぱり洋食にしたほうがいいかな。
我が家の朝食は基本和食なんだけど、今日はお客さんのことを考えて、洋食にしよう。
スープは具沢山ポトフにする。
時短のため人参やジャガイモは予め電子レンジで加熱。鍋に水とコンソメを入れて、加熱した野菜と玉ねぎを入れて少し煮込む。
ポトフを煮込んでいる間にメインであるクロックムッシュを作ろう。
クロックムッシュはパンにハムとチーズを挟んで焼いたサンドウィッチだ。バターを溶かしたフライパンで焼くこともあるが、今日はオーブンで焼くことにする。
食パンにホワイトソースを塗り、ハムとチーズを挟んでもう一枚の食パンを乗せる。あとは予熱したオーブンで数分焼くだけだ。
オーブンで焼いている間にポトフを確認すると、野菜にはもう十分火が通ってるみたいだ。ここにウィンナーを投入して一煮立ち。塩胡椒で味を整えればポトフは完成だ。
最後にレタスとトマトのサラダを作っている所で、濡れた髪のマティアスさんがキッチンに顔を出した。
水も滴るいい男、って感じなのだが、爆睡していたり、お腹が鳴っている姿を見ていたせいか、マティアスさんの姿を見た瞬間、私の脳裏によぎったのは「カッコいい」より「風邪ひいちゃう!」だった。
「マティアスさん、こっち座ってください」
リビングに移動して椅子に座らせ、急いで洗面所にタオルとドライヤーを取りに行く。
戻った私は、手に持ったタオルでマティアスさんの髪の毛を拭った。
「えっ、あ、あの……」
「髪の毛濡れたままにしていると風邪引きますよ。ただでさえあんな雪の中で倒れていたんです。いつ体調が悪くなってもおかしくないんですから、気を付けなきゃ」
もごもごとタオルの下でマティアスさんが唸っていた気がするが、そんなことで今の私は止められない。髪の毛は短く整えられているので、タオルで少しわしわしすればあらかた水気は拭えたと思う。
ドライヤーも使って完全に髪を乾かし終えた時、私は満足げに一つ頷いた。
マティアスさんは髪質がさらさらだったので、ヘアオイルまで使って整えてしまったが、男前度が1上がった気がする。とはいえ、元々男前度カンストしているようなものなんだけど。
手櫛で整え、よし完成!と頷くと、ちょうどオーブンが調理完了を知らせた。
「あ、丁度出来たみたいです。朝食持ってくるので少し待っていてくださいね」
そういってキッチンへ戻った私は、背後のマティアスさんが顔を真っ赤にして唸っていたことなど知る由もなかった。
朝食をテーブルに並べ終え、「お待たせしました」とマティアスさんに声をかけると、彼はテーブルの上を見て驚いたような表情を見せた。
「……豪華な朝食ですね」
「え?」
豪華?
特に高級食材なんて使っていないし、極々普通の朝食メニューだと思うんだけど。
スープ、サラダ、メインの三品が多かっただろうか。朝はあまり食べないタイプの人だったとか?
「私たちの国は今食糧難に陥っているので……。朝からこれだけの量を食べられるのは、それこそ金にものを言わせて食料を独占している貴族くらいのものですよ」
……な、なんだか物凄く含みのある言い方だ。マティアスさんの整った顔が一瞬歪んだのを、私は見逃さなかったぞ。
私は勿論そんなお貴族様とは全く関係ないのだが、なんだか私まで責められたような気さえした。
「え、えっと……、な、なんだかすみません……?」
「……ふふ、何故貴女が謝るんですか。こちらこそすみませんでした、食料を譲っていただいたのに、失礼な物言いをしてしまいました」
「い、いえいえ。……とりあえず、冷めない内に食べましょうか」
爽やか笑顔のマティアスさんに戻った所で、私は両手を合わせて「いただきます」と呟いた。
正面に座るマティアスさんは、両手を祈るようにして組んで、小さく何かを呟いている。聞き取れたのは「神と精霊に感謝を」という一文。
マティアスさんの世界では、食事の前に神と精霊に祈りを捧げる風習でもあるんだろうか。
世界が違うと文化や習慣も違うものだなぁ、と思いながら、ポトフに口を付ける。ジャガイモと人参は電子レンジで温めてから火を通したが、ちゃんと柔らかくなっている。味付けもいつも通りで問題ない。
食事に口を付けつつ、正面のマティアスさんを見ると、私と同じようにポトフから口を付けたらしく、スープを口に含んでゴクリと飲み込んだ瞬間、ふにゃりと表情が崩れた。
「……あぁ、美味しいです」
噛みしめるように呟かれた言葉に、私の顔も思わず崩れた。
人に自分の作った料理を食べてもらうのは久しぶりだったが、やはり相手から美味しいと言ってもらえるのは嬉しいものだ。
その時、タタタっとヴァイスハイトがマティアスさんへ駆け寄った。
そのままぴょんとマティアスさんの肩に止まったヴァイスハイトは、マティアスさんが持っているポトフの器に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。
「ヴァイス、どうした?」
「あ、ヴァイスハイトもお腹が空いたんですかね?」
「いえ、ヴァイスに食事は必要ないですし、今まで興味を示したことすらなかったんですが……」
「え?」
……めっちゃ桃食べてたけど? それに私が朝食の準備してた時も、興味津々って感じで見つめてたけど?
というか。
「食事が必要ないってどういうことですか? ……え、もしかして人間の食べ物が害になるってこととかないですよね⁉ ヴァイスハイトに桃をたくさん食べさせちゃったんですけど!」
まさかと思って聞いてみると、マティアスさんは驚いたように私とヴァイスハイトを交互に見つめた。
「いえ、食事が害になることはありません。ドラゴンの中には、あくまで嗜好品として人間の食べ物を食べる個体もいます。ただ、ヴァイスはこれまで一度も食べ物に興味を示したことがなかったんですが……」
「あ、特に害はないんですね……」
よ、よかった。体に良くない物を食べさせてしまったのかと焦ったけど、食べても問題ないのね。
しかし、食事が必要ないってどういうことなんだろうか。
もしかしなくても、ドラゴンって普通の生き物じゃない?
ドラゴンの生態に疑問を持ちつつ、未だにマティアスさんのポトフを狙っているヴァイスハイトに声を掛ける。
「ヴァイスハイトもご飯食べる?」
「クキャー!」
今のはきっと「食べるー!」と言ったに違いない。私には間違いなくそう聞こえた。
そしてマティアスさんにもそう聞こえたのだろう。驚きつつも若干の呆れを滲ませた表情を浮かべ、頭を振っていた。
「今私たちが食べてるものと同じがいい? それともまた桃にする?」
「クキャ」
ツンツン、とマティアスさんのポトフを突く。どうやら私たちと同じ朝食がいいらしい。
今まで食事を取ってこなかったって話だし、一度食べたことのある桃より、目新しい物の方に興味が湧いたんだろうか。
「マティアスさんはそのまま食べててください。ヴァイスハイトの分、持ってくるので」
きっとマティアスさんは遠慮すると思ったので、彼からの返事を待たずに私はキッチンへと向かった。
いくら食事が必要ない不思議生物だとしても、本人(本ドラゴン?)が食べたいって言ってるんだから、私に食事を提供する以外の選択肢はない。
私の脳裏に浮かんだ腹ペコ子供が二人に増えた。
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