04.精霊ではありません
「おぉー、いい食べっぷりだねぇ」
私は、裏口の前で忠犬のように待っているドラゴンに桃を差し入れ、男性が目を覚ますのを待っていた。
一見肉食っぽいドラゴンは、桃を食べるや否や大きな尻尾を振って喜びを表しており、彼?の尻尾の一振りで裏口付近は一気に雪かきされた状態になった。多分あの尻尾でぺちっとされれば、それだけで私の体は吹っ飛んでしまうだろう。喜んでくれるのは嬉しいが、出来るだけ彼の背後には立たないようにしようと心に決めた。
パク、ゴクリ、パク、ゴクリが何度か続き、鈴木のおじいちゃんに貰った桃があらかたドラゴンの腹に消えた時、男性を寝かせている部屋から物音が聞こえた。
慌ててそちらに向かうと、男性が肘をついた状態で倒れこんでいた。どうやら枕元に置いていた装備品に触ろうとして、そのまま体制を崩してしまったらしい。
「よかった、目が覚めたんですね。体調はどうです? まだ横になっていた方が……」
「あなたは……、あの時の」
一瞬目元に鋭い光を宿した男性は、しかし私の姿を確認すると安心したようにふっと息を吐いた。
「ここは一体……」
「私の家です。あ、ここまでは真っ黒なドラゴンが運んでくれたんですよ。お知り合いっぽかったですが……」
「黒いドラゴン……。まさか、ヴァイスハイトがこちらに⁉」
男性は早くドラゴンの元へ駆け付けたいと言わんばかりに体を動かそうとする。が、体調は未だ万全ではなく、がくりと膝をつく。
ゆっくりと眠っていた方がいいが、この様子だとドラゴンと顔を合わせるまで安心できないだろう。私は男性に肩を回し、裏口の方へと向かった。
裏口の向こう側には雪景色の中でおとなしく待機していたドラゴンがいたが、男性の姿を見るや否や勢いよく首をくぐらせてこちらに向かって来ようとした。
ミシミシっと扉が軋む音が聞こえ、慌てて静止を促す。
「ちょ、ちょっと待って! そのまま君が進んじゃうと扉が壊れちゃう! 扉が壊れるとこの人も戻れなくなっちゃうかもしれないし、ちょっと落ち着いて!」
すると途端にドラゴンは興奮状態から落ち着き、何とか進行状態を止めてくれた。
あ、危ない。これは唯一異世界に通じる扉なのだ。破壊されてしまえば、最悪男性が元の場所に帰れなくなってしまうかもしれない。扱いには注意した方が良い。
私とドラゴンのやり取りを見ていた男性は、驚いたような表情を見せた後、ドラゴンに対し酷く柔らかい笑顔を浮かべた。
「ヴァイスハイト……、まさかここまで迎えに来てくれたのか?」
「グルゥ」
「すまない、心配をかけたな。……あなたも、助けてくれてありがとうございました」
ドラゴン――ヴァイスハイトの鼻先を撫でながら、男性は私に礼を言った。
拳を胸に当て軽く頭を下げた男性は、現在軽装であるにも関わらずやはりどこか騎士っぽい。
「私の名前はマティアス・ガウェイン。ミズガルズ王国の王国直属竜騎士団に所属しているドラグナーです」
あ、やっぱり騎士なんだ。心の中で一つ呟く。色々と聞きなれない言葉が飛び出したが、それはひとまず置いておいて。
「私は春夏冬 秋と言います」
「アキナシトキ? ……聞きなれない名前ですね、やはり精霊だからでしょうか?」
急におかしなことを言われ、思わず目を瞬かせる。
「せ、精霊? 私は人間ですが……」
「え? しかしここは≪精霊の落とし穴≫ですよね?」
≪精霊の落とし穴≫?
あの雪原地帯のことを異世界ではそう呼んでいるのだろうか?
「実は私にもいろいろと分からないことがあって……。あなたが分かる範囲で構わないのでいくつか教えてもらいたいことがあるんですが」
「あぁ、それは勿論構いませんが……、っ……」
マティアスさんはぶるりと肩を震わせて腕をさする。裏口は全開なので、ガンガン入り込んでくる冷気で体を冷やしてしまったようだ。せっかく良くなりかけていた顔色が、また真っ青になりつつある。
「とりあえず体を温めましょう」
「す、すみません……。重ね重ね申し訳ないのですが、ヴァイスハイトも家の中に入れていいでしょうか?」
「え? えーっと、サ、サイズ的にちょっと無理が……」
すると、マティアスさんはヴァイスハイトの額に手を当て、小さな声で何かを呟いた。マティアスさんの額とヴァイスハイトの額に不思議な光る模様が浮かび上がり、シュルシュルと扉から覗いていたヴァイスハイトの顔が縮んでいく。
……ち、縮んでいく??
呆然とその光景を見ていると、ヴァイスハイトはあっという間に小型化した。
サイズ的には鷲ぐらい? 小さくなったヴァイスハイトはマティアスさんの肩に乗り、嬉しそうに頬を摺り寄せている。
これならどうか、というマティアスさんの表情になんとか頷きを一つ返す。
くしゅんとくしゃみを零したマティアスさんを毛布ぐるぐる巻きの刑に処したのは、動揺していたせいだと許してほしい。
その後再び布団の上で横になったマティアスさんは、数秒もしない間に眠りについた。どうやらかなり疲労が溜まっているらしい。
枕元で横になってマティアスさんを心配そうに見つめるヴァイスハイトの頭を撫で、私は部屋を後にした。