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35.兄弟の絆と母の愛

「……マティアスさん。なんだか私が描いた絵に対して皆さん結構過剰反応な気がするんですが……」


 テオ君はまだ子供だからって事で納得出来るが、カミラさんまで感動したように私が描いた絵を眺め続けている。不思議に思いマティアスさんに小声で聞いてみると、マティアスさんはあぁと一つ頷く。


「私達の世界で絵というものは一般的なものではありません。王族や貴族が自画像を描かせる専門の画家はいますが、絵は非常に高価なものですし、目の前にある物をそのまま描き写す、と言った手法が主流です。なので、貴女が描いたような絵というのは、私達にとって非常に目新しい物に映りますね」


 私が描いたイラストは、全員二〜三頭身の所謂デフォルメ化されたものだ。それに対し、この世界では絵と言うものがそもそも普及していないし、あったとしても写実的なものが主流ということか。なるほど、それなら確かに私が描いたイラストが珍しい物に見えても仕方ない。


 この世界で絵の文化が発展していないのは、絵を描いてもらうと言うことが一種のステータスになっており、それを貴族や王族が独占しているからなのだろうか。それとも、絵を描くための画材が高額で、金銭援助をしてくれるパトロンでもいないと生計が立てられないから画家を目指す人自体が少ないのか。あるいはそのどちらもなのか。


 あと考えられる理由としては、やはり魔物の存在だろうか。魔物の脅威に晒され続ける市民達は、娯楽に力を注ぐ余力がないのかもしれない。料理の件と同じ理由だ。


 そう言えば、街中を歩いた時も、看板を見ておかしいなとは思ったんだよね。分かりやすいイラストを一つ描いておくだけで、何のお店かわかりやすいのにって。商業ギルドや竜騎士団のシンボルマークはあるみたいなので、マークは普及しているけど、イラストは普及していないってことなのか。


 なんだかややこしい話だけど、世界がどう発展して、今の状態になっているのかなんて具体的な事私には分からないので、そういう物なんだと納得しておく。


「あ、そうだわ。申し遅れました、私はカミラ・ファクナーと申します。あなたもマティアスさんと一緒にテオを助けてくださったみたいで……、本当にありがとうございます」

「いえいえ、テオ君が無事で本当に良かったです。私はトキと言います。よろしくお願いしますね」


 今は金髪青目の人族仕様なので、普通に言葉を話しても問題ない。ずっと被ったままだったフードを脱ぎ、テオ君ママことカミラさんに挨拶をする。

 カミラさんは私の顔を見て何度か大きく瞬きをしたかと思うと、薄っすらと頬を染めた。片手を頬に当て、「あらあら、まぁまぁ」とマティアスさんと私を交互に見やる。片手を頬に当てる仕草は、カミラさんの癖みたいだ。


「若いお嬢さんだとは思っていたけど、こんなに可愛い方だったなんて。ガウェインさんも隅に置けませんね。それで?ご結婚はいつ?」

「……いえ、私達はそういう関係ではありませんので」

「まぁまぁ。私知っていますのよ。ガウェインさんが年頃のお嬢さんとは人一倍距離を取ろうとするお方だってこと。そのガウェインさんが可愛いお嬢さんを連れてるなんてそれはもう……ウフフフ」


 私はカミラさんの表情に、精霊さんの姿が見えた気がした。近い年の男女が揃っていると、皆そういう方向に考えたがるんだねぇ……。

 少し顔を赤くしたマティアスさんが非常に気まずそうだったので、私は助け船の意味も込めて話しを変える。


「そういえば、テオ君は一人だったみたいですけど、一人で出掛けることってよくあるんですか?」

「あぁ……いえ、テオが一人で出掛けたのは今日が初めてなんです。お気づきかと思いますが、テオは耳がありません。半年前、魔物に襲われてその時に……。音が聞こえなくなってしまったテオを一人で外に出すのは心配だったのですが、今日で六歳になりますし、本人も自分に何か出来ることがないか必死に探していましたので、お使いを頼んだんです。……まさか、初めてのお使いでこんな目に遭ってしまうなんて……」


 やはりテオ君は魔物に襲われて耳を失ってしまったらしい。そして、耳を失い、生活に戸惑うこともあるだろうに、そんな中でもテオ君は必死にお母さんの手伝いをしようとしていたと。


 突然だが、私は初めてのおつかい系の番組に滅法弱い。子供が必死に頑張っている姿を見るとそれだけで泣きたくなってくるし、子供が泣きながらお使いを果たそうとしている姿や、妹を鼓舞する兄の姿を見ようものなら、泣きながら「頑張れ!」と応援するような人間だ。涙腺が弱いことは自覚している。私の最大の弱点は、子供と動物の二強だ。


 ……つまり何が言いたいかと言うと、カミラさんの話は私のHPをゴリゴリ削ったと言うことだ。


「……半年前というと、レオが竜騎士団に入団した時期と同じですね。そういえば入団を希望した理由が『一人でも多くの人を助けるため』でしたが……」

「……テオが魔物に襲われた時、近くにレオもいたんです。ですがレオ一人ではどうすることも出来ず……。レオが竜騎士団に入ると言い出したのはその直後のことでした」


 そう言うと、カミラさんは優しい笑みを浮かべる。


「ガウェインさん、半年前近くの森でオーガの集団を討伐されたでしょう? ……二人ともあの時ガウェインさんに助けられたんですよ」

「……え?」

「目の前で弟が襲われているのに助けることが出来ず、自分の無力さに嘆いていた時、竜騎士が助けてくれた。真っ黒なドラゴンから飛び降りたその人は背中の大剣をたった一振りしただけで、周囲にいたオーガ達を全て倒した。その後現れた部下に現場を任せ、またすぐにドラゴンに乗って行ってしまったと……それはもう何度も何度も繰り返し聞かされました」

「……あぁ、確かその時他にも魔物が発生したと聞き、すぐ次の現場に向かったんです。あの時の被害者の中にレオ達がいたとは……。……申し訳ない、私がもっと早く現場に駆けつけていれば、テオは……」

「いいえ、いいえ。命があった、それだけで良いのです。耳が無くても、あの子は私達の可愛い子です。……ガウェインさんがいなければ、あの子は間違いなく魔物に殺されていました。耳だけで済んで良かったと思うべきでしょう」


 カミラさんは穏やかな笑みを浮かべながら、ウフフと声を漏らす。


「レオに知られたら怒られてしまうから、今の話は内緒にしておいてくださいね。あの子ったら、ガウェインさんに憧れて竜騎士団に入ったってことを本人に知られるのは恥ずかしいみたいで。当時のことを知っている竜騎士の方にもわざわざ口止めしてるみたいですよ」


 私が見た限り、レオ君のマティアスさん大好きっぷりは全然隠せていなかったんだけど……。レオ君は多分、嘘とか隠し事とかが苦手なタイプだと思う。


 ちなみに、私は大人しく話を聞きながら、涙腺が緩まないように必死に堪えている。


 体の一部を失いながらも、自分に出来ることは何かないか模索し続け、明るく素直な気質を失わない向上心のある弟と。

 弟を助けられなかったことを悔やみながらも、助けてくれた竜騎士に憧れ、もう弟のような被害者を出さないようにと険しい竜騎士の道へ進んだ兄。


 なんなんだ、この兄弟。二人ともいい子過ぎない?


 カミラさんもカミラさんで、正直後一歩マティアスさんが早く助けに入っていれば、と思う気持ちが全くないとは言い切れないと思う。

 しかし複雑な心境はおくびにも出さず、愛する子の命が助かったのだからそれでいいのだと。それだけでいいのだと言い切れるのは、母親としての母性なのか、カミラさんが持つ包容力の賜物なのか。


 つまり何が言いたいのかと言うと。

 ファクナー家、尊いです。


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